“めい”探偵 森繁悟史
アルバイトと調査をせっせとこなしていたらあっという間に時間は流れ、約束の土曜日を迎えた。
今夜は唐澤達との肝試し。夜勤のバイト終わりなので眠ろうとも思ったが、今日は朝から暑くアパートの部屋に入ると熱気が籠っていた。
「これじゃあ寝れん」
ムワッとした空気が充満し、まるでサウナ風呂状態だ。換気やエアコンで室内から熱気を取り除き、眠りにつける温度になるには時間がかかりそうだ。
とりあえず俺は窓を開け、室内の熱気を取り除く。
「そういえば、一個アイスが残っていたはず」
俺は冷蔵庫に向かい、棒アイスを取りだしかぶりついた。この暑さの中で食べるアイスは特別に旨く、アイスながら噛み締めて食べる。
「く~、最高!」
夏と言えば花火やら蛍だとか言うが、俺にとってはアイスを美味しく食べられることが夏の醍醐味であると思っている。ちっちぇ~男と思われるかもしれないが、それがどうした。自慢じゃないが、俺は誰よりもアイスを美味しく食べられる男だ。これほど感情剥き出してアイスを食べれる男は他にいないだろう。
「やっぱ夏と言ったらアイスだよな、レイ」
ソファーの傍らに立つレイにそう声をかけたが、彼女はそっぽを向いたまま反応しなかった。
「お~い、いつまでふてくされてるんだよ」
俺が唐澤と肝試しの約束をしてから、レイはずっとこの調子だった。声をかけるが無反応、もしくは近付けば姿を消す。そのどれかだった。
「だいたい、お前何がそんなに気にくわないんだよ?」
『......』
「いい加減何か答えろよ」
そう言うと、レイは壁にかけてあるコルクボードに近付いた。ボードには友達、景色、動物といった写真が貼られているが、その中に明らかに仲間外れがあった。左下に貼られてある『ひらがな表記』だった。
なぜこんなものがあるのかというと、喋れないレイと意思疏通をするため俺が作ったのだ。身体の動きだけで自分の気持ちを伝えるには限界があり、レイが一文字ずつ指を差し言葉を作る。俺とレイの会話の必需品だ。
レイはひらがな表記の文字を指差していく。
『随分機嫌がいいじゃない?』
「そりゃ、旨いアイスを食ってるからな」
『そこじゃない』
「じゃ、どこだよ?」
『今夜の肝試しよ』
「ああ、そっち」
やっぱそのことにずっと怒ってたのか。
『悟史、いつからオカルトに興味なんか持ったのよ?』
「いや、元々はあるぞ」
『初耳よ』
「初耳も何も、お前と一緒にいるんだから少なからずあるに決まってんだろ?」
レイは幽霊。もう何ヵ月も共に過ごしているのだ。興味がなかったら一緒にいることなど出来ないだろう。
『そりゃそうかもしれないけど、肝試しに行くほどの興味は持ってないでしょ?』
「ん~、まあそうだな」
『だったら何で?』
「そりゃ、あんな可愛い女子に誘われたら誰だってぇぇぇぇい!」
コルクボードに貼っていた写真と、それを留めていた画鋲が矢のごとく俺に襲いかかってきた。慌ててソファーの裏に避難し、後ろの壁に画鋲がカカカカッ、と音を立てて突き刺さる。
「あぶねえな! 鋭利の物を飛ばすなよ!」
『じゃあ、鈍器ならいいのね』
そう言うと、レイは棚に飾ってある花瓶に近付いた。
「そういうことじゃねぇ、やめい!」
俺は慌てて花瓶を手に取る。
「はぁ~。何だよ、肝試しがそんなに気にくわないのか?」
『そうじゃないけど......』
「じゃあ、何だよ?」
『だから、その......ち、ちょっと浮かれすぎじゃない?』
「そうか?」
『そうよ。ま、まあ、たしかに唐澤って子は私から見ても可愛いと思うし、気持ちが分からなくはないけど。でも忘れないでよ? 行くのは肝試しであって、あの子と云々じゃないってことを』
「云々ってなんだよ?」
『だ、だから! そ、その~、デ--』
「で?」
『な、何でもない!』
慌てて手を振るレイ。
「何だ、肝試しに行くことに怒ってるんじゃないのか」
首を傾げるレイ。
「いや、てっきり肝試しに行くんだったら調査に行け! って考えているんだと思ってたから」
レイにとっては一日も早く犯人を見つけ出したい。肝試しなんかに時間を潰されたくないと思っているのではないだろうか。
『ううん、私は別に気にしてないよ。それに、悟史ここんとこずっと調査を欠かさずしてくれてたから、たまには息抜きもしてほしいと思っていたわ』
意外にレイが俺の身体を気遣ってくれていたことに少し驚き、また感謝もした。
「そっか。サンキューな」
だが、それだと一つ気になることがある。
「んじゃ、何でレイはそんな怒ってたんだ?」
そう聞くとレイはあたふたと慌て始め、最後には人差し指の先を合わせてふてくされた態度を取った。
肝試しに行くことには反対しない。けど何か引っ掛かるって感じか?
俺は頭をフル回転させ、レイの態度や言葉を思いだし、ある結論に達した。
「まさか、ひょっとしてお前......」
そう言うとレイが目を見開き、気づかれたと思ったのだろう、言わないでというように手を大きく振り始めた。
間違いないな。この慌て方、ズバリ......!
俺はレイを指差して答えを言った。
「レイ、お前怖いんだな!」
ピタッ、とレイの動きが止まった。
「だからお前あんなに怒ってたんだな。俺が行くということは必然的にお前も参加することになる。肝試しに行くことに躊躇っているんだろ?」
俺は自分の“めい”推理を披露する。
「俺に息抜きをしてほしいから無理矢理止めるわけにはいかない。というよりはバレたくなかったんだな。引き留めたら気付かれる。そう、幽霊が怖いと!」
俺は得意気にレイに聞かせる。
「お前の態度や言葉を繋げばそう語っている。レイ、お前は幽霊でありながら幽霊が怖いんだ!」
ビシッと再びレイに向かって指を差した。
決まった! 我ながら名推理。レイはさぞや驚いているだろう。チラッと顔を窺う。
しばらく固まっていたレイだが、次の瞬間脱力して項垂れた。
「あれ、違うのか?」
そう聞くと額に手を当て落ち込むレイ。何だかホッとしたような、ガッカリしたような態度を取っている。
「バカな......俺の推理が外れただと」
『そうだよね、悟史だもん。気付くはずないわ』
「何だと? 俺の鋭さは切れ味抜群の剣のごとく、名剣エクスカリバー並みだぞ」
『どこがよ。せいぜい爪楊枝程度じゃない』
「それ酷くね!?」
剣と爪楊枝ってもう比較にもならない。凶器とゴミじゃないか。
「とか言いながら、本当は図星なんじゃないのか?」
『あ~、うん。それでいいよ』
「何その面倒くせえ感!?」
既にレイはこの話に興味を失ったようで、面倒くさそうに手を振っている。
『それより、大事なことあるんじゃない?』
「俺の推理より大事なことだと? 何だそれは?」
『虫除けスプレー買っといた方がいいんじゃない?』
「そんなもの必--絶対要るな」
肝試しは林の中でやると唐澤は言っていた。ならばこの時期虫除けせずに入るのは裸でライオンの檻の中に入るのと同義だろう。
あっさり自分の推理より重要なことを指摘され、落ち込みはしないが何か胸に籠ったものを引き連れて、俺は虫除けスプレーを買いに部屋を出た。
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