四.
授業が全て終わり、ホームルームも終わると蓮子は早々と教室を後にする。二人が上級生であることは分かっているので、二年ないし三年生の教室へ試しに行ってみることにしたのだ。下級生が先輩の教室に行くこと自体、随分躊躇われることなのだが、自分の使命、という名の身の安全には代えられない。やや緊張しながら廊下を歩いていると、目の前に一組の男女が現れた。蓮子は反射的に足を止める。
『…あの二人だ! 結構強い妖気だね…!』
お紺はいつになく鋭い声で言った。脳から足のつま先までその言葉が響き渡ると、蓮子自身も目には見えない〝妖気〟をびりびりと、遠方でとどろく雷鳴のように感じる気がする。蓮子は冷静を何とか装いつつも、二人を追う。二人はそのまま玄関から校門を抜け、肩を並べて歩いて行く。蓮子は離れつつも、見失わないように何とか距離を保ち、尾行を続けた。
『ねえねえ、二人の会話とか聞こえないの?』
『無理だよ、これ以上近付いたらバレちゃう…っていうか尾行なんて初めてだからこれで一杯一杯だよ! それより、前にやった時みたいに、あんたの力で聴覚なりなんなり、妖怪並みにすることは出来ないの?』
『こっちも気配を消すのと、二人の妖気を追うのに精一杯さ!』
『なんだ…やっぱ大したことないね…』
『うるさい! もう、集中するから黙ってて!』
『そっちこそ静かにしててよ!』
蓮子とお紺が心の中で互いに言い合っている内に、景色はどんどん変わっていく。夕陽の光も弱々しくなり、寒風が容赦なく肌を叩いてくる。幸い、二人は蓮子に気付く様子はない。ふと、蓮子はあることに気が付いた。
『…あれ? なんか、ここって…』
二人は、蓮子のよく知る道を歩いているのである。そして、そこから蓮子の仲である憶測が生まれた。――もしかすると、あの二人はまさか、あやかしの里へ向かっているのではないか――という憶測が。
その憶測が確信へと変わったのは、比熊山神社の鳥居をくぐったときである。これにはお紺も驚いたようであり、
『やっぱり、里へ行くつもりなのかい!?』
とにわかに叫んだ。そうして、二人は神社の裏手へ姿を消す。蓮子も二人を追い、里の入り口である〝鬼灯の小径〟に入った。
「…あれ!?」
しかし、小径に入った途端、二人の姿が見えなくなり蓮子は思わずその場で立ち尽くす。一年中咲いている鬼灯が、鬼火で濃い群青色に染まる小径を柔らかな橙色で照らしている。
「でもさあ、二人の妖気はここから感じるんだよ」
既に妖怪の世界に足を踏み入れているので、お紺は蓮子の体から出てくると、肩に乗った。
「でも、消えたのはどういうこと?」
「なんじゃ、怪しい奴らとはお主らのことじゃったのか」
音もなく、茂みから小径の番人である〝鬼灯婆さん〟が連子たちの目の前に現れた。神出鬼没の老婆に蓮子は少々驚く。まだこの老婆には慣れていない。
「怪しい奴ら?」
お紺は鬼灯婆さんの言葉を繰り返した。
「そうさ。
「ええ…すみません」
どうやら男の方は〝鏡時〟という名であることと、鬼灯婆さんとは顔馴染みであることは分かった。
「あの二人の姿が見えないけど?」
お紺は質問を続ける。
「ああ、術を使って消えてから、近道を行ったのさ。ところで、あんたたちは何であの二人の後をつけていたんだい?」
今度は鬼灯婆さんから尋ねられた。蓮子はお紺に言われたことを大体そのままで答え、鬼灯婆さんもそれで納得した。
「ああ…鏡時は特に強い妖力を持っているからね。あんたたちじゃ敵わない妖怪さ」
「あの二人、やっぱり妖怪だったんですね」
蓮子がそう言うと、鬼灯婆さんは僅かに首を傾げる。
「いいや、娘の方は妖怪…というには少し語弊があるねえ。まあ、詳しいことは神野様に聞いておくれよ。あの二人も神野様のお屋敷に行ったからさ。あんたたち、どうせ神野様のお屋敷に報告に行くつもりなんだろう?」
「あ、はい」
「それじゃあ、あたしは見張りに戻るからね」
蓮子とお紺の返事を待たず、鬼灯婆さんは来たときと同じように茂みの中へ静かに消えて行った。小径には蓮子とお紺だけが残される。
「はあ…実はここの関係者だったんだねえ…」
「とにかく、悪い妖怪じゃなくて良かったよ…」
蓮子はそう言って安堵すると、神野の屋敷へ向かう為に歩き出した。
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