第5話 たのしい訓練はまだ続く
超自然生命体対策局。
ホワイトボードに勇気が大きく書く。
「そう、これが私達の所属している組織の名前ね」
横に迷彩服を着た人と、ヘルメットを被り防弾チョッキを着た人と、恐らく光輝なのだろう、制服を着た長髪の高校生の絵が描かれる。
「そして日本で魔物と戦うのは主にこの三つの組織。自衛隊と、警察。そして私達対策局のメンバーね。この中でフットワーク軽くメインで戦うのは、やっぱり警察かなぁ……。自衛隊が出る時ってのはよっぽど酷い時位ね」
「あの……」
千夏が手を小さく挙げる。
「では、私達が出動するのはどんな時ですか?」
「私達? 私達はー……滅多に無いよね、出動かかる事」
「そうなんですか?」
「所詮はアルバイトだからねぇ……。何かと信頼されてないのよ私達」
そう、命がけで戦う彼女達だが、実は超自然生命体対策局に所属している者の大半はただのアルバイトなのだった。
「民営化してから出動が減ったー、とか年齢高い人達が言ってるから昔は今より出動回数多かったのかもしれないけど、私達はその時代知らないしね。と言うか私達の仕事ってその出動をしない為の活動がメインだから。出動するしないの前に開門される事自体がイレギュラーって感じ」
「あの……」
「ん?」
「それ気になってたんですけど。どうしてこの対策局は民営組織になったんですか?」
「あー、それねー……。色々あるのよ、色々とねー……。実際対策局の運営費用は今もほとんど国から出てる訳だし、国営の頃と実質ほとんど変わらないようなもんなんだけど……。名目上だけでも変えておく事に意味があるのよ。でもちょっと面倒な話も多いし。ここら辺の話はまたいずれね」
「わかりました」
何やら気になるところではあるが、いずれ話してくれるというのであればそれを待とうと、千夏が頷く。
「はい、じゃあ復習はもうおしまい。ちょっと長引いちゃった、時間無いのに……。では、今日は『魔力』についてです。魔力保持者である私達が魔物と戦う為の大事なお話だから、ちゃんと聞いておいてね」
「はい」
勇気がプリントを千夏に渡す。
「前にも一度、魔力については簡単な説明をしてもらいましたよね?」
「ええ、したわね。だから今日は、前よりもう少しだけ詳しい説明をしたいと思います。まず、私達のように魔力を持った人間の事を、魔力保持者と呼びます。この魔力という力は誰でも持っている訳ではありません……と、ここら辺の説明はいいわね?」
うんうんと千夏が頷く。
「魔力は地下水みたいな物で、そこに埋まっていてもそのままでは使う事が出来ません。ある日突然湧水が湧くように魔力が使えるようになる人も稀にいますが、基本はそのままじゃ使えず、井戸を掘らなければいけません。勿論井戸を掘るってのは例え話ね? 青山さんもやったでしょ? 魔力解放の為の手術みたいなの」
「はい。麻酔してたので全然何されたのかはわからないんですけど。傷とか体調の変化も無いですし」
「それでいいのよ。魔力のチェック方法と魔力を使用出来るようにする為の処置の方法については秘密にされてるの。悪い人達に使われて世の中が魔人だらけになっても困るしね。だから方法だけじゃなく魔力のチェックと魔力解放の処置自体も、許可を得た人にしか行われない。その許可を得る為の基準も色々あって基準項目も秘密なんだけど、とりあえず本人とか身内に前科がある人は駄目らしいってのはよく聞くわね」
何か描きたいらしいのだが特に描く物も無いらしく、ホワイトボードをコツコツと蓋をしたマーカーでつまらなそうに叩く。
「えー、では。次に魔力ランクについての話をしましょうか。魔力はその量によってそれぞれランク付けがされているの。多い順からA~Eまでで五段階」
ホワイトボードにアルファベット、A~Eを縦に並べて書く。
「………………」
そこの話以前に聞いたなと思いながら、あえて何も口を挟まず千夏は話を聞き続ける。
「更に、B~Eではその中で更に三段階に分かれて、そのランク内での平均より多い魔力にプラス、少ない魔力にマイナスが付くの」
勇気がホワイトボードのアルファベットの右上と右下に、小さくそれぞれ+と―を書きこんでいく。
「するとプラスマイナス含んだA~Eまでの全部で、十三段階。……けどこれだと数字が不吉だとの事から、魔力が無い人をFとして追加して、全部で十四段階が正式な数に……って、意味がわかんないわよね、これ。このランク付け考えたの外国の人達だから仕方ないんだけど」
一番下にFと書きこむ。
「そして、魔力には個々人によって色々特性があるの。人間の才能と同じね。サッカーが得意だとか将棋が得意だとか。そんな感じで魔力にも人によって得意な事不得意な事があるの。手元のプリントを見てみて」
そこには千夏と同じ隊の人間の名前と、それぞれの持つ簡単な魔力の説明が書いてある。
「うちはちょっととんがってるメンツが揃っちゃってるからわかりにくいけど、普通は皆Dランク以下なのよ。全魔力保持者の七割以上はDランク以下って位なんだから。だから本来は千紗ちゃんのCランクだって十分凄い筈なんだけど……。……宮本がいるからね、うちには。わかりにくいわよね」
千夏がプリントを見る。
ランクは上から順に、宮本鈴子がBランク。
関千紗がCランク。
加賀峰芳香がD+ランク。
青山千夏がDランク。
木田勇気がD-ランクとなっていた。
「あと、理由ははっきりとしないんだけど、魔力保持者っていうのは何故かほとんどが女性で、男性の魔力保持者は全体の三割から二割程度しかいないって言われてる。しかも男性の魔力保持者は女性よりも更に高ランクの割合が少なくて、ほとんどがEランク。基本的に魔力保持者で戦力になるのは女性だけっていうのが一般常識ね」
ホワイトボードに底辺が物凄く長い三角形を書く。
「とは言え、さっきも言ったけど女性の魔力保持者だってほとんどがEとかDばっかりで、Cランクっていうだけでかなり希少、Bランクなんて一国に何人いるかって感じなのよ。だから自衛隊とか警察が銃火器を持って戦うの。魔力保持者だけじゃ戦力になる人数が少な過ぎるもの」
「あの……」
「ん?」
「Aランクは?」
「あぁ、Aランクなんてもういない物と考えていいわ。AなんかBランクより更に少なくて、世界でもほんの数人ってレベルなんだもの」
ホワイトボードの三角形は、どうやら魔力保持者の割合を意味していたらしい。
「じゃあ、実際に魔力量って、ランクの差でどれ位違うものなんですか?」
「そうねぇ……魔力なんて簡単に数値化出来るものじゃないし、かなり大雑把な説明になるけど……」
ホワイトボードにまた何かを書き始める。
「あくまでニュアンスとして捉えてね? 実際はこんな簡単に示せる物じゃないから。で、仮に、魔力を水、ランクを入れ物で例えるとすると……」
小さいコップを描く。
「まずこれがEランク。コップ位の魔力量。これだと魔力だけを使って戦うにはちょっと足りないから、魔力には頼らず銃火器を使うのがほとんどね。だからEランクで魔物と戦う人達は、ほとんどが警察とか自衛隊に入ってる。私達の対策局は民営化されてから銃火器を持つ事を禁止されてるから」
次に持ち手の付いた小さい鍋、ミルクパンを描く。
「次はDランク。これはミルクパン位の魔力量。これだけあれば魔力だけを使って戦う事も可能だけど、無理は禁物。戦闘に夢中になって油断すると、すぐに魔力が底をつくから。くれぐれも注意してね」
今度は普通の鍋の絵を描く。
「Cランク。これは普通のお鍋位ね。Cランクが一人いるだけで大分戦況が有利になると思っていいわ。ここからは別世界だから」
「千紗ちゃん、凄いんですね」
「勿論。凄いなんてもんじゃないわ。今だってあちこちから声がかかって引っ張りだこ状態だもの」
言いながら、勇気が今度は大きな寸胴鍋を描く。
「そしてこれがBランク。ラーメンのスープとかを作る、業務用の寸胴鍋ね」
「急に増えましたね、容量が」
「そうね。BランクっていうのはCランクまでのくくりじゃ収まらない、はっきり言って規格外の魔力を持つ人達の事なのよ。私達DランクやCランクが何部隊か集まるよりも、Bランクの人が一人いたほうが強い位」
「……じゃあ、宮本さんて」
「千紗ちゃんの比じゃないレベルで引っ張りだこよ。だからその事で大宮君に苦情のメールが毎日あらゆる場所から届いてる。早くBランクをもっと適した場所に移せって」
定例会議のあの言葉は、どうやら冗談ではなく本気だったようだ。
「ん?」
そこで千夏があれ? と首を傾げる。
「でも、それでBランクなんですか? じゃあ、Aランクは?」
「あぁ、Aランクはね……」
勇気がホワイトボードに長方形を描く。
「四角? ……それは何ですか?」
「プール」
「プール?」
「そう。Aランクの魔力量はプール。私達と比較するなら、もう無尽蔵に使える魔力を持っているようなもんね」
「一応確認しますけど、プールって泳ぐやつですよね?」
「そうね、泳ぐやつね」
「そんな、無茶苦茶な……」
「そういう無茶苦茶な魔力を持つのがAランクなのよ。規格外のBランク。そして、そもそもの次元が違うAランク。AとBに関してはそんな認識で良いと思うわよ」
するとそこで、ドアがノックされた。
「はい」
ドアを開けて入って来たのは事務のお姉さんだった。
「お勉強中なのにごめんね。勇気ちゃん、そろそろ時間よ」
「え、もうそんな時間ですか?」
「そうなのよ。どう? すぐ抜けられる?」
勇気が申し訳なさそうな顔で千夏の事を見てきたので、千夏が笑顔で頷く。
「ごめんね、青山さん」
「いえ」
頭を下げると、ホワイトボードの文字と絵をガシガシと消して、慌てて荷物をかき集める。
「じゃあ残り時間はプリントの方読んでおいて、予習って事で。明日今日の続きをしましょう」
「はい、わかりました」
「それじゃ、行ってきます!」
「はい、今日はありがとうございました」
バタバタと駆けていく足音が遠くなっていく。
「…………」
シンと静まりかえった会議室。
「なんか、ここに一人でいるのは嫌だな……」
一人ポツンとここでプリントを読んでいるのも嫌だったので、次の訓練場所に早めに向かって、そこでプリントを読む事にした。
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