マスターシーン
神山詩織 ~京一の親
街に出て京一は人を探していた。
外は少しずつ冷えてきている。それが
自分がやらなければならないことは何か。
自分が何をしなくてはいけないのか。
自分はこれからどうすべきなのか。
わかっている。草間に憑いている怪物を討つ。それは最優先だ。だが――
(だが、あの三人はどこか目的が異なる気がする)
輝彦は怪物そのものに消極的すぎる。
光正は草間の命を二の次にしている。
則夫は……そもそも怪物を見ているのかすら不明だ。
そしてそんな三人とは別に、明らかに怪物を討つと明言している人物がいる。
『アテナの執行者』――神山詩織。
ネイビーのブレザーの下には白いシャツ。。首には赤いリボンをつけて、膝までのチェックの入ったスカート。この近くではないだろう学校の制服姿。それが目の前に立っていた。
「話がある」
「話があるわ」
二人同時に切り出した。その内容は――
「「ヘルに憑かれている少女の事で」」
「
「ああ。ヘルに取り憑かれている草間さんとヘルの境遇がリンクしている、と尾崎さんは言っていた。そしてもうすぐ氷の
京一は知っている情報を詩織に話す。詩織はその言葉を受けて、思案し始めた。とはいえ、それに関しての結論はすぐに出る。
「……なら、その虐待から遠のけることでヘルの影響を軽減することができるはずよ。少なくとも、その子は神話災害から解放される」
「……それは……どういう……?」
含みを持たせた詩織のセリフ。何かを恐れるように言葉を返す京一。
「貴方は
「つまり……俺は神子じゃなく……」
「貴方が
「親神の悲劇……それはつまり――」
「親からの虐待。凍えるような極寒。人の優しさを得られぬまま死にゆく。そうったことに関わり続ければ……ああ、ごめんなさい。前橋君は自分の親神をまだ知らないんだったわね」
「いや……もうわかってる」
京一は目を閉じて、ゆっくりと口を開く。
瞼の裏に移る炎の記憶。そこから伝わる淡い幻影。
「『マッチ売りの少女』」
京一の口から出た言葉に、詩織は無言で首を縦に振った。
『マッチ売りの少女』
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話の中でも有名な物語だ。
大晦日(あるいはクリスマス)の夜に義父にマッチを売るように言われた少女は、極寒の街の中で必死にマッチを売る。しかし町の人はそんな少女に見向きもせず、ただ少女は凍えていく。
暖を取ろうとマッチを擦った少女は、マッチの火の中に暖かい料理や家族の幻影を見る。そして優しかった祖母の幻影に抱かれ、少女は天に昇っていった。そして次の日の朝、雪に埋もれて凍死している少女が発見される――
これら童話や物語も、神話の一つ。その主人公が神格化されるという事もあるという。
「そうね。わかっているのなら、この
『親からの虐待』『凍えるような極寒』……これらはこの
そして最後の条件『人の優しさを得られぬまま死にゆく』……京一が『人の優しさ』を得られれば、問題はない。だが、得られなければ怪物となる。
「質問だ。ここで俺が事件から手を引いたら……草間さんはどうなる?」
「……残念だけど、彼女とヘルを分離させる手段はないわ。彼女ごと斬るしかない。私が彼女に言葉を伝えても、その胸には届かないから」
草間千早とヘルの関係は『同じ傷を持っている』事である。簡単に言えば、父親に虐待されている事実のみが接点なのだ。父親と距離を取るなりすれば、その影響は薄まる。
だが、力づくで離しても意味はない。『同じ傷』を持っていることには変わりないのだ。傷は深まらないが、癒えたわけでは無い。そして心の傷は、他者だけが動いても意味はないのだ。自分でも『癒したい』と思わなければならない。彼女自身から『距離を離す』などの行動を起こさせるように説得しないといけないのだ。
そして詩織にはそれができない。彼女は草間と何ら関係のない者同士なのだから。
「じゃあ決定だ。俺はこの神話災害を解決するために動く」
「……その為に、貴方が怪物に堕ちるかもしれないのに」
「ああ、理解している」
「その結果、私は
「ああ、知ってるな」
「……尾崎輝彦の目的は、怪物化した貴方を捕らえることなのよ」
「ああ、そうだろうな」
京一は静かに頷く。輝彦の優しさの裏に、さらに裏があることを知っていた。
否、知ってはいなかった。だが初めから信じていなかった。
だから裏があるのだろうと疑っていた。
今まで生きてきた人生が、京一に『優しさには裏がある』と教え続けていた。
『人の優しさを得られぬまま死にゆく』……その運命に振り回されるように。
京一と詩織は何も言葉を交わさずに別れを告げる。
詩織は一度戻り、戦いの準備をするために。
京一は草間の元に向かい、ヘルの憑依を解くために。
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