冒険フェイズ ~第二サイクル
尾崎輝彦 ~最年長者として
「……すまない」
「気にするな。君の行動で得られたこともある」
拠点としているマンションに戻ってきた京一は、開口一番輝彦に謝罪する。感情的な行動で警察の世話になり、足を止めてしまったという自覚はある。
「キミはまだ若い。思うままに行動することも大事なことだ。真に恐れるのは、失敗を恐れて行動を放棄することだよ。お茶でも飲むかね? 飛山クンの淹れたお茶は美味しいよ」
輝彦は言って京一の肩を叩く。そのままカップをテーブルの上に置いた。暖かそうな湯気が立ち上る。
「それよりも君の親神の記憶が僅かに戻ってきたと聞いた。私としてはそちらの方が重要だ、詳しく聞かせてもらえないか?」
「え……? ヘルの事はいいのか?」
「指揮官として、仲間の戦力を把握することは重要だからな。いざヘルと相対することになった時、打てる作戦が変わってくる……と言うのもあるが」
輝彦は咳払いをして、穏やかな声で告げる。
「巡り巡って
「尾崎さん……」
「話してくれ。何を見て、何を感じたのかを」
京一は輝彦に促られるままに口を開く。あの時見た炎。その炎が見せた真実。そして――
「炎……それが君に真実を告げたという事か?」
「前にも似たようなことはあったんだ。ああいった……
「飛山クンに神の
京一の言葉に思案するように口元を押さえる輝彦。数秒そのまま固まり、大きく息を吐く。
「残念だが炎と言うだけでは特定は難しいな。炎を扱う神は多い。単純な火神だけではなく鍛冶の神やかまどの神、ましてや太陽神を入れればさらに数も増える」
火や炎は古来から信仰の対象として人々に崇められてきた。それは生産に欠かせない物でもあり、同時に扱いを誤れば破壊の力となるからである。
「そうか……」
「だが、その一端が知れたというのは一つの進展だ。このまま我らと行動しているうちに、さらに記憶が戻るかもしれん。戻らないかもしれん。すまんね、こういうアドバイスしかできなくて」
「いや、いいんだ。こんな話を親身になって聞いてくれるだけでも。それだけでだいぶ気が楽になる」
言ってお茶を口にする京一。乾いた喉に
「……もし前橋クンが良ければ、だが」
輝彦は京一の目を見ながら口を開く。京一の意識がこちらを向いていることを確認して、言葉を続けた。
「この
「いや、それは……」
「無論、下心はある。神話災害を解決するための要員を確保したいのだ。
「なるほど……どちらかと言うと雇用したいと」
苦笑する京一。否定はしないよ、と同じく苦笑する輝彦。
「だが、君の事が気にかかるのも事実だ。折角結ばれた縁だからな。中途半端な所で別れるのは気分が悪い。できうる限りは面倒を見たいというのが年配の気持ちだ」
「考えておくよ。将来の事なんて何も考えたことはないし、一つの選択肢として」
京一は会話を打ち切るようにそう言った。言った後で将来の事を思う。
養護施設は高校卒業と同時に卒園と言う形になる。卒園後の子が歩む道は大きく三つだ。『家庭復帰』『里親に出る』『自立する』……最初の選択肢は京一にはない。故に番目か三番目という事になる。
そして親や社会的な後ろ盾もなく競争社会に出れば、想像を絶する苦労が待ち構えている。住居やライフラインの確保、自炊や仕事。何よりも、学力や資格不足による社会を乗り切るための『武装』不足。
(自立するにしても、誰かの援助があるに越したことはない。悪くない誘いなのは確かか……)
京一とて、それは理解できる。この申し出がありがたいことを。危険な仕事が待っているとはいえ、ある程度の金銭的な援助があるのだから。
(今はこんな所か。無理強いして怪しまれればそれで終わりだからな)
京一がマンションから出た後で、輝彦は一人静かに思う。
(前橋クンを吾輩の手駒にする……。その為の足掛かりになればいい。じっくり時間をかけて、吾輩の元に来るように仕向ければいい)
輝彦が京一の事を気にかけているのは事実だ。その裏に神話災害に対する戦力と言う裏があるのもまた事実だ。だが、さらにもう一つ裏がある。
(前橋クン……君の親神に対する記憶は早く戻ってほしいよ。そうしないと、吾輩の任務は達成できそうにないからね)
尾崎輝彦は前橋京一の親神を知っている。
そしてそれが輝彦がこの街に来た本当の目的に関わっていた。
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