第44話 裏庭で……

 ロイヤルミルクティ国のお城は、裏庭まで、しっかり手入れがされていた。


「おまえ、バラは好きか?」

「え? うん?」


 突然そんなことを聞かれて、戸惑ってしまう。


「なら、帰りに中庭によろう。今が見頃らしいからな」

「そうだね」


 なに、これ!? なんか本当にデートっぽいんだけど?


「本当は、おまえに稽古なんて必要ないんだ」


 そう言いながら、ジョシュアさんはおもむろに剣をふった。風を切る音がして、あたしは自分の耳を疑う。


「この城を出る頃には、おまえにも、ユイニャンにも、それぞれ護衛がつく。……本当は秘密なんだけどな」


 秘密の情報を教えてくれるって、どういうこと?


「おまえは勘がいいから気づくと思ってな。……また、レモンティの小屋に戻るのか?」

「ううん、ユイニャンが実家に帰るって言うから、あたしも実家に戻るわ」


 こんな話をしていると、なんだかさみしくなってきて、あたしもレンチを取り出して縦にふった。


「……って、やっぱり武器がレンチだなんて、おかしいよねぇ!?」


 あたしの口は、なぜだか思ってもいなかった言葉を吐き出した。あきらかに、あせっている。


「そうだな。でも、おまえにはレンチがお似合いだぞ?」

「そ、そうかなぁ?」

「父上も、まさかおまえが本気でレンチで戦うとは思ってなかったのかもしれないな」


 そんなふうに言うと、険しかった表情がやわらかくなる。


「まぁ、一応、護衛はつくが、たまにはそうやってレンチをふるうのも、ストレス解消になるかもしれないな」

「イヤだよ。家族から変な目で見られるもん」

「だったら、時々レンチをふるいに城に来ればいい」

「そんなっ、図々しい」

「図々しくなんてないさ。おまえは、おれたちと共に、この島を救った救世主の一員なんだからな」


 日射しのあたり具合のせいか、ジョシュアさんがまぶしそうに目を細めた。


「たまには城に来い。それだけでいいんだ」

「それだけって……」

「シャノンもなついてるし、おれも、おまえと剣の稽古ができてうれしい」


 どうしてだろう。素直に喜べないよ。


 それだけ言うと、ジョシュアさんは、真顔になって、剣をふり始めた。あたしも、なんとなく気まずくて、レンチをふった。


「……なぁ、おまえ、兄弟いるのか?」

「え? うん、六才年下の弟がひとり」

「六才っていうと、今十才か?」

「そうなの、もうやんちゃ盛りで困っちゃうのっ!」

「やっぱりな」

「なにが?」


 あたしが問いかけると、ジョシュアさんは、いたずらっぽく笑う。


「おまえのレンチさばき見てると、そんな感じがする。弟のこと、いつも殴ってただろう?」

「い、いつもじゃないもんっ。いたずらした時だけだもん」


 と、答えつつ、ああ、いつもか、と上を向いてとぼけた。


「シャノンもそうだが、兄弟がいるとにぎやかでいいよな」

「そうだね。でも、シャノン様は大人しいじゃない?」

「とんでもないっ。旅に出る前のことだがな、リリーは牛に、おれは牛ガエルに姿を変えられて、散々な目にあった」

「牛ガエルって、すごい」

「だろう?」


 剣をふるのをやめたジョシュアさんは、またまぶしそうに目を細めた。あたしは、おもわず見とれちゃう。


「でも、それでも可愛くてしかたないんだよな」

「……わかる」


 ため息まじりに答えたあたしを、ジョシュアさんが見つめる。


「どうした、ミカリン? 顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」

「そ、そんなことない。ただ、ちょっと暑くて」

「ああ、たしかに。では、稽古はここまでにして、バラを見に行くか?」

「え?……うん」


 なんだろう。もう少し、こうしていたかったな。


「なんか、いろんなことがあったな。おれ達、最初はうまく話もできなかったし」


 笑いながらジョシュアさんが言う。


「本当、王子様に敬語はやめてくれ、なんて言われてあせったわ」

「あれは、心の距離感というかだな」

「ユイニャンとエリオット様は、ことあるごとにいちゃついていたし」

「ジェインのやつは、常に飄々としてたしな。でもくっつくヤツはくっつくもんだな」

「くっつくって……」


 あたしは、エリオット様への思いをあきらめた、カナミア様のことを思い出した。


「おれの初恋も、なんとなく消えたしな」

「うそっ。カナミア様のこと、あきらめちゃうの?」

「ああ、お互いに、恋愛どころじゃないっていうか、気持ちが他にあるっていうか」

「え? 他に好きな人ができたの?」

「……まぁ、気になる相手というか」


 予想外の言葉に、あたしは声を失う。


「こ、ここだけの話だからな。だれかに話したら承知しないぞ」

「ああっと、うん、わかった。でも、だれのことを?」


 あたしが聞くと、ジョシュアさんは、ぷいっとそっぽを向いた。


「気になる相手じゃなければ、バラなんて見に誘わな……」

「うわぁ~。すっごいきれいなバラ!」


 うん?なにか聞き逃したかも?


「えっと、なに?」

「な、なんでもないっ」

「そうっ?」


 あたしはそうして、薫りたつバラをいつまでも眺めていた。



 ◆◆◆


 それから数日後、あたしとユイニャンはロイヤルミルクティのお城を後にした。


 つづく

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