第36話 決断

 アイシアさんは、力なく、その場でしゃがみこんだ。ジェインさんは、その機会を逃さず短剣を拾い、ジョシュアさんの両手に巻きついたロープを切った。


 アイシアさんは、だだっ子のように頭を左右にふる。


「早くあたしを檻に入れて」

「その前に、魔力をいただきましょう」


 この期に及んで抜け目なく、ジェインさんが言った。


「いいわ。受け取って」


 すっくと立ち上がったアイシアさんは、ジェインさんの方を向いた。両手には魔力がうごめいている。


「はい、受け取ります」


 アイシアさんは、ジェインさんに魔力を渡した。魔力はすぅっと、ジェインさんの体の中に吸収されてゆく。するとまた、ジェインさんが苦しそうなうめき声をもらした。


「さぁ、早く後ろ手に縛って。それから檻に入れて。じゃないとあたし、なにやらかすかわからないから」

「承知しました」


 ジェインさんはうめきながらも、アイシアさんを後ろ手に縛り上げる。


「さぁ、ご要望に応じて縛りましたよ」

「アイシア、よく決断してくれたわ。ありがとう」


 カナミア様がやさしく微笑む。あたしも黙っていられない。


「アイシアさん、あたしからもお礼を言います。ありがとうございます」

「これで、ユイニャンは救われるのね」


 アイシアさんは、肩を落として言った。その言葉にはほとんど力がなかった。


「お礼なんて、言われる覚えない。だってあたし、王子様を人質にしたんだもの」

「しかたないさ。感情に負けただけのことだ」


 ジョシュアさんは意外にもあっさりと答えた。それに対して、アイシアさんは苦笑する。


「あきれた。あんなことしたのに、あたしをゆるすの?」

「おまえじゃなくても、魔女であることが苦痛な者なら、おなじことをしたかもしれない。おれ達はそれだけ、魔女を追いつめていたんだから」

「あははっ。どこまでもお人好しな王子様。でも、ありがとう。ゆるしてくれて」


 アイシアさんの表情は、涙でぬれていた。


「ほら、泣かないの!」


 カナミア様が、アイシアさんの涙をきれいなレースのついたハンカチでぬぐってあげる。


「泣いてなんかないわよ……。ぐすっ」


 この期に及んで強がりを言っている。でも、なんか、可愛い。


「さぁ、地下の檻まで案内して」


 ひと通り泣き終えたのか、アイシアさんがケロリとして言った。


「あれ?そういえば、エリオットはどこだ?」


 ひと足先に着いているはずのエリオット様が見あたらない。あたしは、てっきりユイニャンのところにいるんだと思ってた。


「エリオットは、実験室の扉の前よ。彼は、本能的にアイシアの裏切りを予測していたの。だから、薬草を守るために、扉の前で剣を構えているわ」


 さすが。恋の力でそんな予測ができるなんて、やっぱりエリオット様はすごい。


「なら、そのままにしておくか。さて、アイシア、行けるか?」

「ええ、いつでもどうぞ」


 こうして、アイシアさんは素直にとらわれの身になった。さっきまでと立場が逆転していて、変な気分だ。


 湿り気を帯びた地下牢までの階段を一歩ずつおりてゆく。ユイニャンはまだ、苦しんでいるだろうか?


 ジェインさんに縄をひかれて、アイシアさんがとぼとぼと歩いて行く。そのすぐ後ろをジョシュアさんが続き、カナミア様へとつながる。そしてあたしは、一番最後。


 薬草はどのくらい調合すれば、ユイニャンに使えるんだろうか?それに、薬草のクローンのことも気になる。本来、自然に生えてくる薬草と、クローンとで、おなじ働きをするんだろうか?


 こんな時に限って、だれも口を開かない。不安でたまらないのは、あたしだけじゃないんだ。


 やがて、檻が見えてきた。


「あんたって子は」


 すべてを予言していたルーさんは、檻にしがみついてアイシアさんに怒鳴った。


「気持ちはわかりますが、どちらさんもさがってくださいよ」


 ジェインさんに言われて、ルーさんは渋々後ろにさがる。あたしは、背伸びをしてユイニャンの様子をうかがった。どうやら、まだ体が痛むらしく、ベッドで横になりながらこっちを見ていた。


「ではまず、アイシアさんに檻に入ってもらいましょう。縄はほどきますか?」


 ジェインさんに問われて、アイシアさんは力なく首を左右にふる。


「このままでいいわ。あたし、なにするかわからないから」

「そうですか。では、檻を開けますよ」


 どこから持ってきたのか、ジェインさんは扉の鍵穴にカギを入れた。重そうなガチリという音と共に、なにかの魔法がとけるのを感じる。扉が開くと、アイシアさんは自分から檻の中に入って行った。ジェインさんは、すぐに扉を閉めて、カギをかける。


「ユイニャン、体は平気?」


 あたしは、檻をつかんだ。体が小刻みに震えているユイニャンが、あたしを見て、力なく微笑む。


「ミカリン。大丈夫です」

「……薬草、見つけたよ」


 ためらいがちに報告すると、ルーさんから話を聞いていたのか、ユイニャンが苦笑する。


「どうもありがとうございました」


 それは、この場にいる全員と、もちろん、エリオット様に向けられた言葉だろう。


 つづく



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます