第34話 人質と愛する心

 馬車はロイヤルミルクティ国のお城に着いた。ジョシュアさんは、まだ喉元に短剣を突きつけられている。


 馭者をやっていたジェインさんが、うやうやしく馬車の扉を開ける。


「さがりなさい」


 アイシアさんは、厳しい表情でジェインさんをさがらせた。そしてまた、乱暴にジョシュアさんを馬車からおろさせると、アイシアさんも続く。


 手も足も出ないあたしは、ジェインさんの後について、アイシアさんを追う。門番もこの状況に驚き、通すことしかできない。


「国王はどこにいるの? 連絡しなさい」


 アイシアさんは、門番に要求した。


「ムダだ。そいつに聞いてもわからん。おれが案内する」

「罠じゃないでしょうね、王子様?」

「今更あがいてどうなる? 」

「それもそうね」


 アイシアさんは、ジョシュアさんの喉元に短剣を突き立てたまま、歩かせることにした。


 長い廊下を歩いていると、可愛らしい、小さな足音がパタパタと音をたてて近づいてくる。


「おにいちゃま~!」

「シャノンだ。さっきの約束は守れよ?」

「わかってるわ」

「おにいちゃま、どうしたの?」

「さぁ、お姫様。ねんねの時間よ」


 アイシアさんは、小首をかしげるシャノン様に子守唄を歌った。シャノン様はすぐに眠ってしまい、その場でたおれた。


「シャノン様!?」


 後からかけつけてきた侍女長のリリーさんが、血相を変えてシャノン様の小さな体をゆする。


「心配しないで。魔法で寝かせただけよ」

「リリー、シャノンを部屋で寝かしつけてやってくれ」


 えらくかっこつけて言ってるけど、ジョシュアさん人質だから。


「……かしこまりました。ですが、ジョシュア様? それはどういうことなのですか?」

「心配するな。なんとでもなる。さぁ、シャノンを安全な部屋から出すんじゃないぞ」

「……はい、ジョシュア様。どうかお気をつけて」


 リリーさんは、シャノン様をお姫様抱っこすると、シャノン様のお部屋へと向かった。


「さぁ、約束は守ったわよ。今度は王子様の番。国王はどこにいるの?」

「おれについて来い。きっとそこにいるはずだ」

「時間稼ぎなんて考えないでよ?」

「そんなムダなことはしない。だが、そこまで言うのなら、ジェイン、父上がどこにいるか端末で見せてくれ」


 ジョシュアさんは、額に青筋をたててジェインさんに言った。ジェインさんは、端末を取り出すと、液晶のパネルをアイシアさんに向ける。


 画面には、お城の見取り図のようなものが映っていて、白い丸がひとつ、見えた。ここからだいぶあるみたい。


「いいか、この白い丸が父上だ。おそらく今、薬草を調合しているところだ」

「そう。なんで国王の居場所が端末機に出るの?」

「この端末にしか現れない。この端末機はジェインでなければ操作ができないからな。それだけこいつが、信用されているってことだ」

「そうなの?」


 アイシアさんに念をおされたジェインさんは、自慢げに胸をそらせる。


「はい、もちろんでございます。すべては、いかさま、ジェイン様におまかせください」

「わけわかんない。なによ、いかさまって。国王って、いかさまを信用してるの!?」

「ただのいかさまではございませんよ。道化師も魔法教師もお茶会の執事も兼任してますから」

「ますます、わけわからないんだけど」

「わからない? わからせないのが道化師の技」

「技なの?」

「さぁ? なんのことやら?」

「はぁあ!? まあ、いいわ。とにかく、国王のところまで案内しなさい」

「できません」


 ジェインさんは、深々と頭を下げた。


「だって、その端末で場所がわかるんでしょう?」

「だからこそでございます。陛下は今、薬草を調合するために実験室におります。実験室には特殊な鍵と、魔法がかかっていて、外から開けることはできません。むろん、調合に集中しておられる陛下には、外の音は聞こえません。実験室は厳重な扉で覆われていますから」

「じゃあ、どうすればいいの!?」

「おろかな振る舞いをやめて、大人しく檻に入ればいいのよ」


 緊張していてまったく気づかなかったけど、あたし達の後ろからカナミア様が現れた。


「まったく、とんだ恥さらしだわ、アイシア」

「なんの用ですか、カナミア様。今は新しいドレスを作ってあげる余裕はないんだけど」

「言ってくれるじゃない。でもね、これは見逃せないわ。あなたの裏切りは、カイル・アップルティから事前に聞かされていたけど。……まったく」


 カナミア様は、深くため息をつくと、なんのためらいもなく、アイシアさんの元へ近づいた。


「だって、あたし……」

「限度ってものがあるでしょう。……わたくしはね、最初はあの薬草のこと、わたくしだけの秘密にしようと思っていたの。だって、おばあ様がおっしゃったように、島を滅ぼすような魔女なんて、つかまえて処刑しちゃえばいいんだって、そう思っていたから」


 カナミア様は一度目を閉ざし、それからはっきりとした微笑みでアイシアさんに向き合う。


「でもね、事情が変わったの。最強の魔女は、エリオットが愛したあの女と、そしてあなたの二人いた。ユイニャンが処刑されたら、エリオットはきっとそのまま心を閉ざし、永遠にわたくしが好きな彼ではなくなってしまう」

「わからないわよ。エリオット様は、カナミア様と結婚するかもしれない」

「それはないわ。だって、そうなったら、わたくしがエリオットを拒絶するもの」

「なんで? 好きなんでしょ? 手段なんて選んでる場合じゃないじゃない」

「だからこそ、エリオットのしあわせを願うの」


 カナミア様の微笑みは、深い慈悲に満ちていた……。


 つづく













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます