第32話 裏側

「おまえは、手を出すな」


 あたしがレンチに手を伸ばすのを察して、ジョシュアさんが釘をさした。そこまでフェアにこだわるのなら、と、しぶしぶレンチから手を離す。


「あら? いいのよ。何人でもかかってきなさい」

「そんなの、フェアじゃないだろう?」

「驚いた。今更、フェアも、アンフェアもないじゃない」


 笑いながら、アイシアさんが斬りかかる。ジョシュアさんは、アイシアさんに加減をしてか、防戦一方だ。しかも足元のぬかるみが半端なくて、ちょっと失敗したら、滝に落ちそうだよ。


 ジェインさんはなんとか、立ち上がれるまでに回復していた。


「先に剣を抜いておいて、手加減するとか、冗談じゃないわよ」

「剣を抜いたのは、おまえの気持ちを冷ますためだった。だが、まちがいだったようだな」

「男って、コレだから。ねぇ、あんたもそう思わない?」


 突然話をふられたあたしは、足元を気にしながら言いよどむ。


「あたしは、アイシアさんほど男の人の知り合いはいませんから」

「あら、ひどい皮肉」


 その瞬間も、休むことなく、アイシアさんは剣をふるう。その剣さばきが独自なのか、ジョシュアさんが苦戦している。


 これが、魔女狩りとたったひとりで戦ってきたアイシアさんの強さだ。あんなに毎日剣の稽古をしているジョシュアさんでさえ、切り傷ができている。


「もうやめたらどうだ? たった一年、城の中で暮らすだけではないか。不自由な思いはさせない、それでもイヤなのか?」

「だって、なんか悔しいんだもん。わかっているわよ、これは自業自得だってことぐらい。でもね、心の中がモヤモヤして、晴れないの。あの子のためにがんばってるあんた達を見てると、あたしなんか、忘れられてもしょうがないって思えて」

「それは被害妄想だ。おれ達は、おまえのこともきちんと考えている。そのために、城に住ませるんだ。城の中でなら、魔女狩りにあうこともないからな」

「そうなの?」

「ああ。それに、今回のことで、父上ともよく話をしたんだ。魔女狩りは法律で禁止することにした。あまりにも身勝手な魔女狩りが増えてしまったからな」


 そんなの、遅いぐらいよ、とアイシアさんが叫ぶ。そしてまた、ジョシュアさんに斬りかかる。端正な顔だちのジョシュアさんの頬を一筋の血がしたたる。


「それぐらいにしたらどうよ? 全部あなたの思いこみじゃない」


 あたしはつい、声をあらげた。こんなに理不尽な戦いなんて、見ていられない。


「そうね、あたし、ひねくれてるから。でもまだ、気持ちがおさまらないのっ」


 あたしはついにレンチを抜いた。女の子に攻撃できないジョシュアさんが、このままだとやり込められちゃう。


「やめろ、ミカリン。黙って見ているんだ」


 そう言われても、手を挟む隙もない。更に足元はぬかるんでいて、ふんばることもできない。それなのによく二人は剣を構えて戦えるな、と感心した。だってあたし、レンチひとふりで滝に落ちそうだもん。


 そんなぬかるみの中、アイシアさんはこりずにジョシュアさんに斬りかかる。いい加減にしなさいよって思っていたら、復活したジェインさんに肩を叩かれた。どうやらあたしに、後ろにさがれということらしい。


「えいっ!」


 ジェインさんは攻撃魔法をアイシアさんに放つも、片手で受け流されてしまう。


「あんた、よくあたしに攻撃できるわね」


 アイシアさんの口調はルーさんによく似ていた。


「まぁ、いいわ。今はこのぐらいでやめてあげる。その代わりに……」


 アイシアさんは、ジョシュアさんの剣を手から振り落とし、ジョシュアさんの腰に下がる小型の剣を素早く抜き取った。そして、ジョシュアさんの喉元へ剣の先をあてがう。


「お城に戻ろうか? 今ならまだ、薬草をあたしのモノにできるかもしれない」

「そんなことさせるか!」

「黙りなさい、王子様。あんたには人質になってもらうんだから」


 厳しい声で怒鳴ると、アイシアさんは、ジェインさんを見た。


「さぁ、下僕。さっさと王子様の手を縛ってちょうだい。そして、お城まで馬車を飛ばすのよ」

「これが、どういうことか、わかっているのか? アイシア・アップルティ」


 喉元に剣を突き立てられたままジョシュアさんが言うも、すっかり自分の世界にひたってしまったアイシアさんには通用しない。


「さぁ、早く縛りなさい。ゆるめたら承知しないわよ」

「わかりました。ジョシュア様、申しわけありません」

「構わんさ」


 そうは言っても相手は王子様。さぞや遠慮して縛るんだろうと思っていたら、ジェインさんはなんの遠慮もなく後ろ手にジョシュアさんを縛りあげた。


「馬車まで行くわよ」


 アイシアさんは喉元の剣を突き立てたまま、乱暴にジョシュアさんを歩かせた。


 あたしは、ハラハラして、とても見ていられなかった。


 つづく


















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