第8話 計測前夜

「エリオット様、お見送り、どうもありがとうございました」


 あたしが頭を下げると、あわあわとユイニャンも頭を下げた。


「気にしなくていいよ。本当は、毎日こうやってユイニャンを見送りたかったんだけど」


 そう言って、エリオット様は爽やかに笑った。きっと、ユイニャンが断り続けているんだろう。おっとりしているように見えて、結構頑固だから。


「あの。今日は本当にありがとうございました」


 ユイニャンはまた頭を下げた。それに対して、エリオット様はやさしく微笑む。


「お礼を言いたいのは、ぼくの方だよ。きみがあれほど情熱的に、ぼくへの気持ちを語ってくれたんだから」

「そんな。はずかしいですぅ」


 うぬぅ。家に帰りつくなり、いちゃつくのかい! まったく、初々しいカップルはこれだから困るんだ。いいですよ、あたしは少し後ろで見守ってるから。


「明日はがんばって。さっきも言ったように、ぼくも応援に来るから」

「はいぃ。ありがとうございます」

「じゃ、おやすみ。素敵な夢を」

「おやすみなさい、エリオット様」


 あたしも、小声でおやすみなさい、エリオット様って言ったよ。


「ミカリンもおやすみ。では、二人とも、また明日ね」


 エリオット様はうっとりするほど爽やかな笑顔を残して、帰って行った。あたし達は、エリオット様の後ろ姿が見えなくなるまで見守る。なにしろ、レモンティ国の王子様なのに、お供のひとりもつけずにいるんだから。


 ◆◆◆


 さてさて、晩御飯はユイニャンが作って、あたしが味見係り。今日は大好きな肉じゃがだよ~ん。もう、おいしかった。ごちそうさま。


 食後の紅茶を飲みながら、ぼんやりと明日のことを思う。ユイニャンの魔力をなんとか安定させられたらいいのに。今日なんて、コーダー婦人の測定器を一回ふり切っちゃったもんね。あの時はもうおしまいだと思ったよ。


「ミカリン」


 ひかえめな声で、ユイニャンがあたしを呼ぶ。こんなに深刻な表情をしている時は、決まってネガティブが顔を出すことを、あたしは知っている。


「なぁに?」

「今日は本当に、ごめんなさいでした」

「なんで? 目の前でいちゃいちゃのろけてたから?」


 あたしはわざと、話をそらせた。あんたに今、大切なことは、希望だよ?


「そうじゃなくて」

「そこは否定しないのかいっ! まったく、つっこみどころが満載なんだから。いいんだよ、気にしなくて。魔女狩りも、魔力が不安定なのも、ユイニャンのせいじゃないんだからさ」

「でも……」

「うじうじ考えない! でも、どうしてもなにかしたいっていうなら、あたしの人生初ドライブにつきあってみる? 」

「え? 」


 あたしは、ひょいと腰にぶら下げていたレンチを取り出した。


「あたしに命、預けてみる?」

「うわわっ。はいっ!」

「よし! それ飲んだらドライブ決定!」


 あたしはいそいで紅茶を一気に飲み干した。


 中古のオープンカー。ボディはぼこぼこで、まるで失恋したての乙女の心みたいだけど、そこが気に入って買ってもらったんだ。


 この車でユイニャンとドライブするんだって、決めてた。そしてついに、その時がきた! ユイニャンは緊張した面持ちで助手席に座った。あたしも久しぶりの運転に、心臓が飛び出しそうだよ。だけどさ、なんとかしてユイニャンの気持ちを楽にしてあげたいんだ。そのために、がんばる。


「よし! 行くよ、ユイニャン」


 夜だから、からぶかししません。ただでさえ、自然が一杯のレモンティ国で車を走らせるのは躊躇するんだ。


 お互いのシートベルトを確認して、そろそろと出発進行!


 オープンカーだから、風が気持ちいい。このまま、どこまでも走っていけそうだけど、ちょうどいい場所で車を止めた。


「ユイニャン、空を見て」


 ずっと身を縮ませていたユイニャンが、そろそろと顔を上に向ける。


「……わぁ。きれい」


 あたしたちの頭上には、今にも降ってきそうな満天の星空が輝いていた。これだよ!これを見せたかったんだ。


 あたしもよく、いろんなことで失敗するからさ。そんな時はこうやって、星空を眺めていると、気持ちが安らぐんだ。おなじ思い、ユイニャンも感じているかなぁ?


「ありがとう、ミカリン」

「うん。それだけでいいんだよ」


 卑屈にならなくていい。魔女になったのは、しょうがないことなんだから。……なんて、のんきに星なんか眺めてたから囲まれてた。なんにって、そりゃ……。


「よぉー、おじょーちゃん? 魔女じゃねー? ちっと、おじさんたちに小遣い稼ぎさせてくんねーかなぁ?」


 にひひと不気味に笑うおっさんどもは、非公認の魔女狩り連中。こいつらは魔女を見つけると、闇で売り買いしちゃうような連中だ。こいつは、まずい。


「ユイニャン、歯を食いしばってなさい!」


 それだけ言うと、アクセルをふかした。二、三回クラクションを鳴らしてライトアップ!こんなこともあろうかと、通常の3倍は明るいヤツに取り替えておいたんだ。


「どきなさいっ!レンチでぶっとばすわよっ!」


 明かりで目をやられた男たちは一瞬ひるんだが、すぐに手を伸ばしてくる。


「ええいっ、ひかれても文句言わないでよっ!」


 強がってみるものの、本気で男達をひき逃げできるか、と言ったらムリだ。できるわけない。そのうちに男のひとりがユイニャンの腕をつかんだ。


「きゃー!」


 ユイニャンの悲痛な叫びは夜の闇に響き、男達の闘争本能に火をつけた。ああ、星なんて見に来るんじゃなかった。バカみたい、あたし。ユイニャンを危険にさらして……。


 つづく









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