第6話
ひなは母子家庭で育った。
物ごころついてから、一度も父の顔を見た
ことがない。
「お星さまになっちゃたのよ」
母の明子に言われ、夜になると戸外に出て、
空ばかり見た記憶がある。
ひなは今年の春で、成人になった。
明子がちょうど二十歳の時に産んだ子だ。
実際、彼女の父は定職をもたず、パチンコ
やスロットをして過ごしていた。
口うるさい明子に愛想を尽かしたのか、ほ
かに女をつくり、姿を消してしまった。
明子はひなを育てるのに、必死だった。
女の身でできることはなんでもやったが、大
してふところに入らない。
水商売に手を染めるのに時間がかからなか
った。
「ちょっと友だちのうちに行ってくるわ。し
ばらく帰らなくっても、安心していて。警察
になんか、ぜったい知らせないでね」
そう母親に連絡を入れたきり、ひなはここ
三年家に帰っていない。
初めのうちは、明子は心配して何度も電話
やメールをよこしたが、今は週に一度、ひな
のスマホに、ねえ、元気してるとメールして
くるだけになった。
ひなはがんばって体調を良くしようとして
いたが、昔のスリのリーダー、やすじにしっ
ぽをつかまれていたことを知って、元気を失
くしてしまった。
いつも監視されてるんだと思うと、定職に
つく気も起こらない。
ついつい、黄金の左手が動き出すのだった。
一日に二度、朝と夕方に、彼女は後藤ゆう
たと出逢った駅に向かった。
ちょうどラッシュ時である。
改札口付近は多くの乗降客でごった返す。
これじゃ、彼とは永遠に会うことはできな
いわとあきらめの気持ちばかりがつのった。
ある日のこと。
人いきれで息苦しく感じ、地下にある改札
口から地上に出た。
通りをはさんだ歩道から、地下鉄の駅への
出入り口を観察することにした。
春の夕暮れである。
一日が長い。
それが彼女に幸運をもたらした。
ゆうたが長い階段をのぼって出て来たので
ある。
まぶしいのか、ひなの方を見て、目をほそ
めた。
ひなは彼を認め、嬉しさのあまり、手を振
ろうとしたが、彼は次の瞬間走り出してしま
った。
追いつけないのは覚悟の上だが、ごめんな
さいの一言がいいたくて、彼女は彼を追いか
けはじめた。
(了)
ひなとゆうた 菜美史郎 @kmxyzco
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