第4話

 いつも辺りを警戒するひなだが、この時は

まだベンチにいる男の存在に気づかない。

 目立たないように、きちんと背広にネクタ

イといったスタイルをしているが、どことな

くカタギを外れている風情だ。

 目つきが鷲に似ている。

 まるで狙った獲物はのがさないぞといって

いるようだ。

 今はやりのスタイルだろう。

 頭髪がまるで爆発したようだ。

 彼はしばらくこきざみに右ひざを揺らして

いたが、新聞を折りたたみはじめた。

 それをまるめてこわきに抱えると、煙草を

取り出し、火をつけた。

 深く吸い込み、ドーナツ型の煙をつくって

吐き出す。

 それを二三回くり返した。

 その間も、ひなから視線をはずさない。

 背広の内ポケットから、濃いブルーのサン

グラスを取り出してかけたから、余計に人相

がわるくなってしまった。

 ひなと年輩の男はショッピングを終え、売

店から離れて行く。

 ひなはさっそく缶コーラのふたをあけ、飲

みはじめた。

 連れの男も彼女をまね、ゴクゴク喉を鳴ら

して一気に飲み干したが、げっぷをひとつ大

きくしたので、ひなが笑った。

 「おかしいかい。おら、しょっちゅうこん

なふうなんだ。三郎っていってね、農家のバ

ッチなんだ」

 「バッチって、何なの。聞いたことないわ

よ」

 「一番しまいっ子ってことさ」

 「面白そうね。一度機会があったら、おじ

さんの住んでた所に行ってみたい」

 「そうか、いいぞ。都会と違って自然がい

っぱいで。花が咲き、鳥が歌って」

 話が弾みそうになる。

 気持ちがふんわかしたが、今はそれどころ

じゃないと、ひなは歯をぐっとかみしめた。

 三郎は、たちまち、不安げな表情になる。

 両の手をもじもじさせ、ポケットに突っ込

んだり、出したりした。

 「もっと落ち着いていていいわよ。あたし

が案内してあげるって言ったでしょ」

 「ああ、うん、だどもな」

 「任せとけばいいのよ。ほら、お金だって

こんなにあるんだから」

 ひなは、三郎の黒い財布を取り出し、見せ

びらかした。

 「あっ、こいつ、俺の財布、盗ったな」

 かっと来たのか、紅い顔で大声をあげた。

 「なに言ってんの。違うわ。床に落ちてた

のをあたしが拾ってあげたのよ」

 「うそだろ。落としてなんかいないぞ」 

 「落としました。あんたが気づかなかった

だけよ。ほら、この混雑じゃないの」

 三郎は素直で正直だった。

 「そうか、そりゃよかった。拾ってくれて

ありがとう」

 三郎は受け取ろうと、右手を差しだしたが、

ひなはそれを渡さない。

 「案内するのに、お金、いるでしょ。わか

るでしょ、あたしが持ってた方が、都合がい

いでしょ」

 「まあ、そうだな、でも・・・・・・」

 「都会は怖いところよ。もう少しで誰かに

持って行かれるところだったの。あたしにあ

ずけておいた方が安全でしょ」

 筋が通っているような、通っていないよう

な不可思議なことをひなは言い、彼を下から

見つめ、ちょこっとウインクすると、三郎は

うなずいた。

 電車が入って来る。

 「ほら、来たわ。これに乗ると、都心に行

けるわ。カルチャショックを受けるから気を

付けてね」

 「なんだ、それ。言ってることがいちいち

わかんねえ」

 三郎はそう言って、頭をかいた。

 電車が停まった。

 「さあ、乗るのよ」

 ひなは命令口調で言い、彼の背中に左手を

あてた。

 入口が違ったが、丸めた新聞紙を持った男

も、同じ車両に乗った。

 

 

 

  

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