第30話

 その後、何事も起こらずに時間だけが過ぎていき、とうとう制限時間オーバーとなっていた。

 終了を告げる高音の電子音が、目覚まし音のようにけたたましく辺りに鳴り響くと、それに合わせるかのように構内の車両専用の扉が開き、どこでも聞いたことがあるような救急車のサイレン音と共に、三台の大型車両が連なって入ってきた。事後処理の目的でやって来たものと思われた。

 どの車両も黒塗りのワンボックスカーで、車体の両サイドと上部に白い十字の印があった。何となく見慣れない配色だったが、救急車両のサイレンを鳴らしてきたところを見ると、やはり救急車なのだろうと思われた。

 三台の車両の内、前列の二台がもちろん向かった先は、無残な姿となったキャロットとうずくまったまま動かない男の元だった。

 それぞれ一台が二人の元へ到着すると、車のバックドアが開き、誰もが白帽・白マスク・白衣と、上から下まで鮮やかな白色で統一した性別不明の人影が、中から三名下りて来た。服装から見て看護師の一団のようだった。

 彼等は、キャスター付きの担架を車から下して運ぶ者、応急処置の備品が入る大きなバッグを持って駆け付ける者、指図を出す者、と役目がそれぞれ決まっていた。

 キャロットの方へ向かった側は、仰向けに倒れたまま、食べ散らかした後のように放っておかれて、ぴくりとも動かない変わり果てた彼女を、ものの一分もしないうちに回収すると、元来た場所へと戻って行った。

 もう一方の、男の方へ向かった側は少し遅れて帰っていった。当の男と立ち話をしていた間だけ遅れたのだ。男は何もなかったかのように自力で歩いて行くと、車の後部へ乗り込んでいた。

 ちなみに別行動を取った残りの一台は、その間周辺をゆっくり周回していた。 何をしていたのかは定かではなかったが、二人が攻防を繰り広げた地点や追いかけっこをした辺りへ重点を置いて、そこへ立ち寄っては同様の白い服装をした者達数人が下りてきて、計測機械のようなものを持って辺りを徘徊していたところを見ると、何かしらの調査をして情報を集めていたのはほぼ間違いなかった。 そうして作業も一段落したのか、間もなくしてその車両も姿を消し、改めて次の対決が開始されようとしていた。


 そして、まさしくそのとき、一定距離を措いて、二人の若者が対峙していた。 髪・瞳の色、服装は明らかに違っていたが、肌の色、年恰好、背丈、体型はほぼ似通っているように見えていた。

 最後の車両がまだ居残っていたとき、ちょうど反対側の壁の扉から入って来ていた二人は、試合開始を今か今かと待っているところだった。


 二人の内、グレイの髪の若者は、黒いニットシャツの上から髪と同じ色のミリタリーブルゾンをラフに着こなし、首には金の鎖が光る。更に下は、オーソドックスなレザー風味のパンツと、都会に行けばどこにでもごく普通に見かける若者の格好だった。それでも、強いて変わったところを上げれと言われれば、拳闘士スタイルのストリートファイターが着けているような黒い革のグローブを両手に着けていたのと、靴紐のないタイプのコンバットブーツを履いていたぐらいで。 一方、ブロンドの髪を丸坊主一歩手前といったかなり短く刈り上げた若者は、薄青の作業着にズック靴姿だった。

 登録名はそれぞれ、ロンドとフレーニィになっていた。フレーニィは何のことはないレソーのラストネームだった。


 時間が来るまで待つ間、グレイの髪の若者、ロンドは、レソーの大人しそうな顔を見た途端に安堵したのか、露骨に見下した態度で地面をピョンピョンと身軽に飛び跳ねては何度もパンチを宙に繰り出すシャドウボクシングのようなものを、相手にわざと見せつけるようにやっていた。

 一方レソーは、無理に笑みを浮かべると、その光景をじっと見つめていた。だが間もなく、視線を虚空に向けて自然と無視するようになっていた。

 相手のそのような豹変ぶりは、きっとこの格好(つなぎの作業着姿)を見てのことだろうと、レソーは思っていた。初っぱなに、レソーの頭の頂上からつま先まで、相手がじろじろ眺めたように見えたからだった。

 そういったってそっちも変わりはないじゃないか。どう見たって街の不良連中の格好だ、というのが、口にこそ出さなかったが、相手を観察した彼の率直な意見だった。

 寧ろ逆に、ああ、馬鹿にするならそれでも構わないさ。後で吠え面をかかせてやるさ、と同じような年代、同じような体つき、同じような背格好に見えていた相手に向かって開き直っていた。

 とはいえ、このようにスポットライトを浴びるのは生まれて初めての経験であったこともあり、その心の内は、みんなの前では大きなことを言って平静を保っていたが、本当は不安な気持ちで一杯で、ここまでやって来る間に、緊張から全身ががちがちにこわばり、心臓の鼓動がドキドキと脈打っていた。

 しかしそうは言っても、心の片隅では、一旦試合が始まれば自然と緊張が解けて、どうにかなるだろうと呑気に構え余り深刻には思っていなかったのも事実で。 寧ろ、それまで学んだ修行の成果を出せば上手くいくさと、これが初めての実戦だったにもかかわらず、少し自信みたいなものさえ持っていた。  

 普通に考えるとおかしな話だったが、そのような自身を持てたのには、とある理由が関係していた。

 それは昨夜。全員で話し合った結果、自分に明日の出番がとうとう巡ってきた。

 そのときネコ似の生き物から、「レソーよ、普通にやったのではお前に勝ち目がない気がする。それでだが、少し時間をくれぬか。お前にある秘策を授けようと思う。そう手間は取らせないから」と提案があった。


「ああ、良いよ」と二つ返事で了解すると、「だが、ここでは何だから、場所を変えようと思う。私の後に付いてくるように」と生き物が言うなり、くるりと踵を返して別の部屋の方向へ歩いていった。

 それで、一体どこまで行くのだろうと生き物の後へ続くと、突然目の周りに白い霧のようなものが立ち込めてきて、周囲の壁や下のフロアが全く見えなくなった。そして、ふと気が付けば、真っ暗闇の中に生き物と二人きりでいた。それはまるで別世界に来たようだった。

 そのような中、

 

「これからお前に伝授する秘策というか力は、私の質問にお前が答えることで成し遂げられるから良く考えて応えるように」と生き物が述べて、

 

「事を安全に成就するためには身を保護することが一番だ。そこで身体を防護する服を作成しようかと考えている。そこでだ、どのような希望があるか意見を聞きたい。全てに応えられないかも知れないができるだけのことをしよう」と「ただ防護するだけでは勝つことはできない。そこで、どのような武器が必要と思うか」の二つの話題を切り出して来た。

 そのとき答えとして咄嗟に思い浮かんだのは、子供向けの特撮番組で人気が高かった戦隊ヒーローものの映像だった。それを頭に浮かべながら、「そう、コスチュームの色は全体的に青色をしていて、フルフェイスのヘルメットを頭に被り……」と次々と要望を答えていった。そのようにして服装のことが一段落すると今度は武器の番だった。同じように、「ビーム銃が使えたら良いな。例えば、ヒートガン(熱線銃)、フリーズガン(冷凍銃)、パラライズガン(麻酔銃)あたりで。あ、それと剣と盾もあったほうが良い。他には……」と答えた。その他にも、移動する場合に乗る乗り物を提案した。どのような戦隊ヒーローにおいても、色々な機能が付いたゴージャスな大型バイク・スポーツカー、人の言葉を話すロボット犬、人型ロボット、果ては神話の世界の飛龍・翼が生えた虎などが付きものだったからだった。

 その間、生き物との話し合いはスムーズにいった。まるで催眠術にかかっているかのように気分が良かった。

 最後に、「これでお前の願いは全て分かった。その中で今回は要らないと思われる物を除外したそれらを現実なものとしよう」と生き物は話を締めくくると、ある変わった提案を出してきた。

 

「これから、お前が考えた武装と武器とを使って、今すぐにでも修行をして貰おうかと思っている。とはいっても、そう手間は取らせない。この世界の時間にして五分ぐらいだ。時間が来れば直ぐに戻れるだろう。ぶっつけ本番ではどうにもならないのでな」


 生き物がそう話し終わるや否や、周りの景色が一変したかと思うと、望んだ武装をして武器を持った自分自身が古代の闘技場のような場所に立っていた。しかも、少し離れたところに立っていたのは擬人化したぬいぐるみのウサギだった。 ウサギは人の言葉を喋り、身長も人の大きさぐらいある上に、武器を所持していた。

 それらを目にして、一体何が起こったのか分からず、ほんの暫く呆然としていると、突然、そこで何をすべきかの情報が、自動的に頭の中に流れ込んでいた。 直ぐに、修行することとはここで戦うのことなのか、と理解していた。

 そうして、そこがどこであったのかは、戦って見るまでもなく一目瞭然だった。 言うまでもなく、仮想現実(バーチャルリアリティ)の世界、ゲームの世界だった。

 それを裏付けるように、対戦者のそれぞれの空間に、ライフ、攻撃力、防御力、特徴と言った項目で個人の能力を数値で示した、いわゆるスキルリストが当然のように浮かんでいた。その数値の幾つかはダメージを受ける度ごとに減少する仕組みになっており、数値が点滅して最後にゼロになったときは負けが確定して死ぬということらしく。それ自体は、どこから見ても対戦型バトルゲームとほとんど変わりがないようだった。

 従って、何度戦っても疲れを知らなかったし、何度怪我をしても痛く感じなかった。何度負けようとも次の戦いでは、元の元気な姿に戻っていた。

 ちなみに、対戦相手はウサギだけではなく、狐、ネズミ、狼、クマといった森の動物が入れ替わって向かって来た。また単独の場合も複数である場合もあった。動物達が持つ武器も篭手、銃・剣・槍・斧とさまざまだった。対戦する場所も闘技場一ケ所だけでなく、ビル群が建ち並ぶ都会の一角、砂漠地帯、森の中、小麦畑、花畑、湖のほとりとバラエティに富んでいた。対戦する時間帯も朝、昼、夕方、夜間とさまざまだった。


 初めの内は慣れなかったせいもあり、連戦連敗が続いた。だが、対戦回数が千回を超えた辺りから、修行の成果が出てきたらしく、五回に一、二回ぐらいは引き分けか、相手を負かすことができるようになっていた。

 負けた理由を反省したり次の試合への作戦を立てたりする為に、約三十分から一時間ほどのインターバルは与えられていたものの、集中力を切らさないために、それ以外には休憩はなかった。その条件で、まるまる半年間、修行した。いや、したつもりだった。 

 だがしかし、突然生き物に呼び掛けられて気が付いたとき、不思議なことに、ぼんやりとその場に立っていた。どうやら立ったまま、夢を見ていたらしく。夢の中で戦い方のレクチャーを受けていたらしかった。


 そうした中、掲示板の表示が突然、00:00から10:00に変わった。タイマーのリセットは開始の時間を告げる合図だった。即座に秒の数値が減少し始めると、次戦が始まった。

 けれども、戦いは直ぐには起こらなかった。それに代わって、若いわりにはしっかりした声が、閑散とした広い空間に響いた。


「君が僕の相手かい?」


 グレイの髪の若者、ロンドがレソーに一声かけてきたのだ。レソーに比べてずいぶんと骨太の低い声だった。

 彼は、全然威圧感が感じられないレソーの雰囲気から判断して、もうこれは勝ったのも同然と直ぐに決着を付けたいのは山々であった。たが、こんな奴でも十人の中に残った一人の仲間故、わざと隙を見せているとも考えられ。従って、無鉄砲に攻撃していったところを、ワナを仕掛けて待っているのかも知れないと思い至って、この辺が駆け引きの難しいところだと思い直すと、ひとまず相手の動向を見てからでも遅くないだろうと自重していたのだった。

 レソーは、初めての実戦から来る緊張で自分自身から積極的に行くことをためらっていたこともあり、そのような彼の冷静な対応を知る由もなかった。が、直ぐに戦いが起こらなかったことで、一先ずほっと胸をなで下ろすと、動揺を隠すように小さく頷いて、わざと無愛想に応えた。


「ああ、そうだよ。それが何か?」


「いや、別に」ロンドはにやりとほほ笑むと、更に言って来た。

 

「ところで、その格好は君のところの制服かい? 普段はそういった関係の仕事をしているとか……」


「ええ、まあ」やはりそう来たか、とレソーは適当に受け流した。本当はこの格好ではなくて、変身した方で対峙したかったが、相手を認識してからでないとそれができなかったので仕方がなかった。


「ふ~ん、そうかい」


 自信に満ちた表情で、ロンドが反応した。

 少し首を傾け気味にして腰に手を当てたポーズで目を細めた様子は、明らかに小馬鹿にしているようにも思えた。

 けれども、それまでのずいぶんと落ち着き払った雰囲気から見て、たぶん自分より年上だろうなと思っていたレソーにとっては、そんなことはどうでも良いことで、別に気にも留めていなかった。逆にそうしてくれている方が、後々都合が良い事もあるからと、相手に調子を合わせるように笑みを返していた。

 そして、返って良い機会だから、これだけは先に確認を取っておかないとまずいだろうと、切り出した。


「それじゃあ、今度は僕から訊いても良いですか?」


「ああ、何かな」


「あのう、僕から一つ提案があるのですが。実はそのう、やはりどちらかが立てなくなるまで戦わないといけないのでしょうか。僕としてはどちらか一方が気を失ったところで勝負付けをしたいのですが。その方がお互いの為になると思うのです、が……」


 レソーの申し出を、すぐさまロンドが、何呑気なことを言っているんだという風に、鼻でふんと笑うと、強い口調で異を唱えた。


「馬鹿だな、君は。何か勘違いしているようだね。一体誰が気絶したと判断するんだい。おまけに僕達の戦いを見ている人達が、わざと気絶した振りをしていると判断したらどうなると思う? きっと僕達二人は失格間違いなしだ。そのようなばれやすいいかさま勝負は、はっきり言ってやらない方が良い。でないとお互いに身の破滅だ」


「すると」


「ああ」ロンドはすげなく一蹴すると言った。「まあ、ありがたい提案だけど、僕は断じて応じる気はないね。ここは正々堂々と真剣勝負で、お互いにどうなろうが恨みっこ無しで後腐れなくやるのが一番だと思うね」


「そうすると、やっぱり大けがするどころでは済まない恐れもあるということですか?」


「ああ、そうなるね。僕はそのつもりで君と戦うつもりだから、君も覚悟を決めて貰うよ」


「でも僕は、暴力は……余り好きじゃぁ……」


「大丈夫さ。心配しなくてもあっという間に終わるさ、君の負けでね」


 涼しい顔できっぱり言い切ったロンドに、せっかく相手のことを気遣ってやったことなのにと、レソーはむすっとすると、思わず言い返していた。


「そうすると僕も本気でやらなくちゃならないということになりますが、それでも構いませんか?」


「ああ、構わない」平然とした答えがロンドから返って来た。「やれるならやってみれば良い」


「……」


 レソーは黙ってロンドをにらんだ。何と物わかりの悪い人だと思った。ロンドはロンドで、レソーの文言をはったりだと思ったのだろう、尚も言って来た。


「何なら君の本気とやらを、今すぐにでも、この僕に見せてくれないかな。見たくってしょうがないよ。どうかな?」


 ロンドの悪ふざけな言動にレソーは思わず語気を強めて反論した。「まあ、見て貰えば分かります。どうなっても僕は知りませんから」


「ああ、そう」と相変わらずロンドは気のない返事で応じて来た。全く信じていないようだった。


 売り言葉に買い言葉で、レソーは素っ気なく、「じゃあそれではやらせて貰います。見ていて下さい」とやり返した。そうして、相手の気が変わらないうちにと、どんな意味なのかさっぱり分からなかったが、生き物から教わった文言をやや緊張した面持ちで一心に唱えた。

 仮想現実の世界では何もしなくても自動的に変身して着用できていたのだが、現実世界ではそうもいかないようで、変身する際には絶対必要だから唱えるようにと、生き物から念を押されていたのだった。


「ルルアンカカーン、アメイスト、ヴィンダーシス、スキルトマンサー」


 直後に、紫色をした光の束が、音も無く地面から無数に湧き出してレソーを包み込んだかと思うと、すぐさま光の柱と化し、レソーの姿を完全に覆い隠して真っ直ぐに天高く昇って行った。そして、たちどころに空中に拡散するように消えていった。その後には、頭部はブルー色をしたフルフェイスのヘルメット。目の辺りと鼻の部分は黒いサングラス状になっていた。スーツもパンツも同じくブルー色だった。また胸の部分には、銀色に輝く鳥が翼を広げた姿を図案化した模様がお約束通りに描かれていた。それ以外にも、腰には紋章柄バックル付きのベルト、両方の手には白いグローブ、下半身も膝まである白いブーツでまとめていると云った風に、さすがに単なる飾りに過ぎないマフラーやマントは羽織っていなかったが、まさに特撮ヒーローを地でいったレソーが立っていた。


 その間、ロンドはというと、彼は様子見を決め込み、全く動く気配はなかった。ただ退屈そうに、太い首を左右前後に捻ると、肩の関節を数回前後に回していた。 そうはいっても、ぼんやりと開けた彼の両方の目は、残像としてであったがその光景を確かにとらえていた。

 そのとき彼の脳裏へ真っ先に思い浮かんだのは、あの現象は大掛かりな術が発動した可能性がある、だった。突如地面から出現した光の柱が、天高く立ち上った光景から判断していた。

 だが実際、変身して現れた、いかにも戦闘ヒーローといった姿のレソーを見た限りでは、おやっ、(変な奴)と思ったぐらいで、何の感動も畏怖心も覚えなかった。それでも、外見には惑わされてはいけないと一応思い直すや、ここは用心することに越したことはないと、わざと余裕がありそうに、目に被さりそうになっていたグレイの前髪を片手の指でさらりと軽く横に払いのけて、

 

「用意が出来たようだね。さあやろうか!」


 と何食わぬ顔で呼び掛けた。しかし、以前の自信有り気で人を見下した表情は自然と影をひそめ、真剣な顔つきをしていた。

 次の瞬間、

 

「それじゃあ、やらせて貰います」とレソーが生真面目に返事を返した。それが開始の合図となった。

 たちどころに二人は互いに距離を詰め、拳を握りしめると、打撃の打ち合いを始めた。

 ロンドは半身に構えると、ボクサーのファイトスタイルで打って来た。

 条件反射的に突進したレソーは、素手で殴り合うやり方の方が命の危険が小さいと見ていたので、寧ろ望むところだった。

 そのとき彼は、神経質過ぎるほど慎重になっていたロンドと違い、事前に変身が旨くできたことで気持ちに余裕ができていた。

 加えて、仮想現実世界の修行においては、先手を取って攻め続けた方が後手に回ったときより勝率が高かったような記憶が頭にあったので、寧ろ積極的だった。

 それが影響したのか、長く続いた緊張は、いつの間にか吹っ切れていた。それが動きに如実に現れていた。

 

 ゲームで鍛えたレソーのパンチが物凄い勢いでロンドを襲った。ロンドは少し後ずさりすると応じてきた。

 ところがレソーは、相手を一般人と思って、ついつい手加減をしていた。もし本気でいったなら、怪我どころではすまないと見ていたからだった。だがその考えは軽率であったことを直ぐに思い知らされることとなった。

 ロンドはガードを固めてレソーの攻撃を容易に受け流すと、的確にレソーのあご付近にパンチを当ててきた。重い一撃だった。瞬く間にレソーは地面に這いつくばっていた。そして、何が起こったのか分からないまま反射的にレソーが起き上がったところを、続いてカウンターの回し蹴りが彼に待っていた。即座に身体が反転し、三、四十フィートばかり勢い良く吹き飛んでいた。更に、仰向けに地面へ倒れこんだ状態で視線を宙に泳がせたところを、助走をつけてサッカーボールを蹴るような強烈な足蹴りがさく裂した。またもや宙を飛んでレソーが地面へ倒れたところを、今度は彼の頭部を狙った追加の足蹴りが飛ぶ、と云った畳みかける攻撃を一方的に加えてきた。

 その光景は、まるで大人と子供のけんかのようだった。レソーは何が起こったのかさっぱり分からず、しばらくの間、されるままになっていた。

 並みの人間なら、身体の至るところから出血して、骨折は言うに及ばず内臓もどうかなっていたとしてもおかしくない局面だった。最悪の場合、打ち所が悪ければ死んでいた可能性さえあった。それほど情け容赦ない攻撃といえた。

 まあ、何とかなるさと気楽に構えていた自身の考えが甘かったと気付かされた瞬間だった。明らかに強い相手に手加減を加えた自分が愚かに思え、浅はかだったと後悔した。

 だが運が良かった。丈夫なスーツの保護のおかげで、それだけの攻撃を受けたにもかかわらず衝撃の一つも感じず、身体のどこの部分も負傷した感触がなかったので、幾度殴られても地面に叩きつけられても、レソ-の気力はまだまだ衰えていなかった。相手は普通でないと改めて分かった時点で、今度は手加減無しで向かっていった。

 

 その際、二人の周辺に、砂埃が勢い良く舞った。

 ようやく本気のスイッチを入れたようだなと、雰囲気から見て取ったロンドがニヤリと笑ったように見えた。

 一発でも当たれば勝てるとの想いで突っ込んだレソーの身体が一瞬ふらついた。 気が付くと、ドスンという鈍い音と共に地面に這いつくばっていた。ロンドが絶妙のタイミングで足を引っかけたのだ。

 今度は果敢に打ち合ったと思ったそのとき、突然腕をつかまれ、軽々と投げられていた。

 ロンドがリズム良くパンチを放ってきた。ふと気が付いたときにはそり立った壁まで追い込まれていた。

 対戦型格闘ゲームののりで、小細工などせずに馬鹿正直に真正面からいってばかりでいたせいで、有り余る力をどうやら利用される形になって、そうなったようだった。


 とはいえ、レソーが放った打撃の何発かは確かに当たっていた。本来ならレソーの本気印の打撃が二、三発も当たれば、派手に血しぶきが飛び散り決着がついていそうなものだった。が、現実にはそうなっていなかった。

 片膝を突かせたり、バランスをくずさせたり、後方へ退かせたりと、あともう一歩のところまでいくのだったが、そこまでだった。即座にロンドの逆襲に遭っていた。

 かくして、ここまで手強いということは、相手はただ者ではない、おそらくプロの格闘家、若しくは何かしら名のある武術の使い手・達人なのだろう、とレソーは思っていた。

 実際、レソーが推測した半分くらいは当たっていた。確かにロンドはただ者ではなかった。

 太古の昔、巨石文明が栄えた時代に栄華を極めたとされる、とある古代国家の都があった都市の出であった彼は、常人にはない力を持った能力者だった。

 その能力とは、一般に念動力と呼ばれるもので。中でも彼は、精神エネルギーを直接作用させることによって物体を動かすテレキネシス系の技を得意としており。その力を持ってすれば、身体を強化保護したり、相手の攻撃の焦点を何気なくずらしたりすることぐらいは造作もないことだった。

 当初相手を過度に警戒して慎重になり過ぎたきらいがあったが、対応をするうちに相手の力量をこんなものかと見定め、ごく自然に自らの力を行使していたのだった。故にロンドの方が常に優勢に立ち回り、目まぐるしく攻守が入れ替わるということはなかった。

 

 他方レソーは、そのような事情があったとは知る由もなかった。例え相手が相当な手練れであったとしても、こちらも人間離れした力を行使しているわけだから、必ずしも通用しない筈はないのに、と思っていた。ところが現実的にはそうなっていないことに、なぜ仮想現実世界で行った修行通りにならないのか、理由がさっぱり分からなかった。どうしても合点がいかなかった。だがそうはいっても、ここまで来た以上は一生懸命にやるしかないと、やられてもやられても、懲りずに立ち向かっていった。


 ところが、レソーのその行為が、ロンドの目には奇異な現象として、どうしても映るのか、何度倒しても立ち上がって来るレソーを、あいつには全く効いていないのか、それとも不死身なのかと疑っていた。そのため、このままではらちが明かないとして、機を見ては手を一時止め、わざと余裕を見せつけると、


「それにしても君のその格好はマニアックだね。そういうのが趣味なのかい?」とか、「中々タフだね、君は」とか、「何度も投げてやったのに骨折も脳震とうも起さないなんてね、君の能力というのは弱いくせに不死身なのかい? それとも君の服装が特別仕様なのかい?」などと、皮肉たっぷりに話し掛けていた。つまるところ、陽動行為に出ていた。


 それに対してレソーは、憮然とした眼差しをフルフェイスのヘルメットの中から送っただけだった。本当はうるさい、黙れと言ってやりたかった。が、自分に対する無慈悲な所業から考えて、ちょっとでも誘いにのればつけこまれるに違いないと踏んで、だんまりを決め込んでいた。

 

 そのような手詰まり感の中、レソーが先に策を講じた。始まってから数十秒しか経っていなかったにもかかわらず、急に逃げるように相手に背を向けて勢い良く走り込むと、三百ヤード以上の距離を取っていた。

 相手の隙のない攻撃に、素手での戦いでは、どうしても向こうの方がテクニックは一枚上だと素直に認めざるを得なく。このまま続けても、良くて引き分けだと判断した、というのはあくまで自分自身への体裁の良い言い訳であって。真実は、いつまでもこのまま続ける気持ちに限界が来ていたことによっていた。相手が考えていたように、必ずしも不死身でなかったことがその要因となっていた。 数え切れないくらい殴られたり投げ飛ばされる内に一瞬息ができなくなったり、目から火花が散ったり、気が遠くなったり、記憶がなくなったりする症状を経験するようになっていた。

 他にも、仮想現実の世界で修行中、いつも相手を攻略する手がかりに使っていたスキルリストがなかったことも、早々と方針転換する理由となっていた。


 そのときロンドは、レソーのその様子を、冷やかな眼差しで眺めた。そして期待外れだというように、顔をしかめた。逃げたと見なしたのだ。

 だがしかし、逃げたのでは決してなく、次の作戦に移っただけだった。

 距離を取ったレソーは、これも想定内だと、さっそく準備に取りかかった。片方のブーツの周辺から棒切れのような銀色に光る金属片を取り出すと、そのほぼ中央付近を直角に折り曲げた。「カチャッ」と心地良い金属音が小さく響いた。 棒状のものはたちまち流線型をした物体に変形していた。それをレソーは腰ベルトのホルスターに装備すると、もう一方のブーツからも同じような棒切れのようなものを取り出し同じことをして、腰ベルトのホルスターへ装備しようとした。 大怪我をさせてしまう危険をはらんでいるので、本当は使いたくなかったがもはやそんなことを言っていられない。この相手には使う以外にないのかと思っていた。

 彼が準備していたもの。それはもちろん、おもちゃなどではなかった。殺傷能力のある本物の武器としての銃だった。

 自身のリクエストが聞き入れられた形となり、生き物から機能の異なる二丁の銃を提供して貰っていた。一丁は熱線を出すヒートガン。もう一丁はその真逆の、あらゆるものを凍結してしまうフリーズガン。二丁の銃とも、ダイヤルを調節することで相手の運動機能を麻痺させるパラライズガンへの転用が可能になっていた。

 ヒートガンは、使用を誤れば確実に人を焼き殺してしまう危険があるから、ヒートガンはあくまで予備として使い、今回はフリーズガンを使おう。フリーズガンで直接相手を狙うのではなく、その寸前の周辺を狙って相手の動きを封じた上で、パラライズガン(麻酔銃)で眠らせてしまおう。人殺しはしたくないからな。


 そんなことを考えながらレソーが準備を整えていたとき、無論、レソーのその行為をロンドが黙って見逃していた訳でなく。それが銃のようなものだと即座に気付くと、「もう遊びはやめだ、これからが本番だ」と呟くや、そう都合よくさせてたまるものかと、当然ながら阻止に出た。

 ロンドは、かなり離れた地点にいるレソーの方向へ向かって、開いた両手を突き出した。すると、両方の手の平の直前にピンポン玉のような大きさの黒っぽい塊が出現した。それら二つの塊は、即刻揺れたり曲がったりと複雑な軌道を描きながら、人の倍ぐらいありそうな巨大な球状体へと膨張し、レソーの元へ勢いよく向かっていった。持ち前の動念力を使って、念動弾と呼ばれる圧縮空気弾の一種を射出した瞬間だった。念動弾は事前に作成しておいて腕の中に仕込んでおいたもので、それぞれの腕に五発ずつ収容していた。能力を使って作成するのに時間を要する武器弾薬類は、直ぐ使えるように前もって準備しておくことは能力者・魔法使いを問わず、皆普通に行っていることだった。

 この距離では直ぐにはやって来られないだろう、例え相手が直ぐ間近に迫って来たところで、フリーズガンで地面を凍結させてしまえば追撃を十分に防げる、と安易に考えていたレソーの判断が甘かった。ロンドから放たれた二つの塊は、全ての準備をレソーが整える間際に彼の両脇を通り抜けると、その後方に見えた切り立った壁に激突して破裂した。

 次の瞬間、ド、ドンと大きな破裂音が二回、ほぼ同時に轟いたかと思うと、たちまち突風と小型の竜巻が一緒に来たような乱気流が局所的に発生。瞬間風速二百メートルを越える暴風が、レソーの背後で不気味な唸り声を上げながら吹き荒れ、あっという間にレソーは、不意を突かれて、砂埃と共に空高く巻き上げられていた。

 だがその際、白色をした線光が、吹き飛んだレソーの回りから、十数本ほぼ同時に飛び出し、そのほとんどが地上へ降り注いだ。

 相手の攻撃が二つとも上手い具合に外れて、ひとまず一安心したところに、突如背後から原因不明の衝撃が来て、いつの間にか相当な高さまで吹き飛ばされたことで一時的にパニックに陥ったレソーが、手にしていたフリーズガンを無差別に撃ち放った瞬間だった。

 そのときロンドは、優に四百フィート(約122メートル)を超える遥か上空に舞い上がったレソーを、幾らなんでもあの高さからまともに落ちれば助からないだろうと見ていた。これで終わったと確信していた。

 そのような矢先、レソーが放ったやけくそ気味な反撃の一つが、思いがけなくロンドの方角へ向かって降り注いで来た。

 それを目の当たりにしたロンドは、不用心にもつい軽い気持ちで、あれぐらいなら強化した腕で十分対応できると、片方の腕で線光を防御していた。

 だが、その行動が仇となったらしく。その途端にロンドは、電気が走ったようなしびれを、防御した方の腕に一瞬感じた。すぐさま何が起こったのかと、もう一方の手で触れてみた。すると、当の腕のほぼ全体に渡って感覚がなく、自分の腕でないようになっていた。

 ロンドは表情を歪めると、未だ空中に舞い上がったままのレソーを、目を吊り上げてにらんだ。何をやった!

 そのとき、今の季節と時刻に全く不釣り合いな、身震いするほど冷たい冷気が彼の頬を打ち据えた。

 とっさにロンドは、一体何が起こっているのだ、と広い空間を見渡した。すると、線光が降り注いだ辺りには、まるで雨が降ったかのように小さな水たまりができ、水蒸気だろうか白い煙がもうもうと立ち上っていた。まだそれだけでは何が起こったのか、はっきりと分からなかった。だが、ドスンと相手が地面に落ちたのを見定めて、念には念を入れて止めを刺そうと相手の元へ突進しようとしたとき、それが分かったような気がした。コンバットブーツの中の足が異常に冷たく感じ、加えてなぜか両方の足が、コンクリートでガチガチに固められたかのように動かすことができなくなっていたからだった。

 ロンドはその場に立ち尽くすと、訝しげに、よくよく足元を見た。足元の周辺が白く変化していた。白いのは、どうみても氷だった。足元が凍り付いていた。

 なるほど、そういうことか。あの光線は、触れたものをたちどころに凍らせるわけか。

 ロンドは小さく頷くと、余裕の笑みを漏らした。ふん、氷なら何とかなる。熱で融かせば良いのだからな。

 そして、直ぐに冷淡そのものといった表情のない顔に戻っていた。その視線の先には、ちょうどよろよろと立ち上がったレソーの姿があった。

 あいつめ、あの高さから落ちても、まだ生きているのか?


 一方レソーは、相当な高所から落下したにもかかわらず、手も足も普通に動かすことができ、どこも痛いところはなかったことに、このような奇跡が起こったのは、たぶんスーツとヘルメットのおかげだろうと思って、安堵の吐息を漏らしていた。

 ふと周りを伺うと、閑散とした構内の所々に、水たまりのようなものがいつの間にかできていて、そこから白っぽい湯気のようなものが発生していた。陽の光がその湯気のようなものを照らし、その上に七色の虹の輪を投影していた。ほんのちょっとした幻想的な風景だった。

 ただそれだけを見た限りでは、何が起こっているのかさっぱり分からなかった。が、ぐるっと辺りを見渡すと、水たまりの周辺の地面が明らかに白く凍り付いて、霜が降りたようになっていたのが目に付いた。またそこから離れた場所で、水晶のような形状をする氷の欠片が、散らばるようにして沢山落ちているのを見掛けた。それらを見て、レソーはようやく何が起こったのか分かった。それと共に、仮想現実の世界で体験した風景とでは、どうしても隔たりがあったので、少し物足りなさを感じていた。

 それというのも、仮想現実の世界でフリーズガンを撃つと、瞬く間に辺り一面が氷の世界と化していた。そこでは敵をその中に閉じ込めることができるほどの巨大な水晶の形状をした氷の華が幾つも咲き乱れるのだった。

 そのようなことに現実の世界はなっていなかったことについて、仮想現実の世界でのあれは何だったのだろうか。現実世界とはどう違うのだろうか。あれはもしかして過剰演出だったのだろうか、等と不思議に思っていた。そんなときレソーは、あっと叫ぶと現実に返った。薄くもやがかかった向こう側で、棒立ちしたままこちらを見ている人影が目に止まったからだった。あ、そうだ、忘れていた。

 レソーは急いで機能の異なる銃をそれぞれ手に取り身構えた。少しでも相手が動いたら撃つつもりでいた。撃たざるを得ないと思っていた。


 片やロンドは、相手が銃を向けてきたのが分かった瞬間、早くこれを何とかしなくてはと、身動きが取れなくなっていた足元に強い視線を向けると、とある手段を講じた。


「我は願い、欲す。五体転じて鋼の具足に変わらんと。アトモ、ルコ、サタス」

 

 その文言を境にして、彼のグレイの髪が一瞬だけ逆立ち、即座に力が解き放たれた。

 行ったのは、一時的に基礎体力を通常の五倍に強化増幅する呪文で、その力の根源は、彼が両手につけた黒革のグローブと、一見するとドレスブーツにも見えるコンバットブーツの両方からきていた。彼もまた魔導アイテムホルダー(魔力を内に秘めた武器の所有者)だったのである。

 すぐさまロンドは、自らの能力を魔導アイテムの力で強化すると、運動エネルギーを熱エネルギーに変換。難なく足元の自由を奪っていた厄介物を融かしていた。

 しかしながら、直ぐには行動に移らなかった。片方の腕が棒切れと化して動かないことを悟られないように、平然とした顔をわざと作ると、気配を強めてTD(遠隔対話)を発動。相手がのってくるかどうかは分からなかったが、のってこなくても別に構わない、そのときはそのときだと割り切ると、レソーに向かって、苦笑いをしながら話し掛けていた。


「本当に君は呆れるほどタフだな。あの高さから落ちれば普通にぺちゃんこな筈なんだが。それなのに何ともないみたいだし。僕も打つ手がとうとう無くなったよ」


「……」


 レソーは何といって良いのか分からず、息を呑むと、ほんの暫く呆然と立ち尽くした。だがやがて、構えた二丁の銃の砲身をやや下げ気味にすると、撃つのを一旦取り止め、素直に応じていた。


「それで何が言いたいのですか」


 相手が本気で言っていると信じていた訳でなかったが、いつもの温厚でお人好しの面が出て、相手に合わせていた。

 すると、ロンドの落ち着いた声が、すぐさま響いた。


「いや、何でもない。君の実力が分かったから、これで終わりにしようかと思ってね」


「……」


 一瞬呆気にとられて、レソーは何も言わずに相手をにらんだ。そんなことをわざわざ言うために話し掛けて来たのか。

 レソーはわざと首をすくめると、余裕があるように「さあ、どうでしょう」と言い返した。


「僕が奥の手を出した以上は、今までのようにいきませんから」


 そう言って、両方の手に持った銀色に光る銃をちらつかせた。

 だがロンドは薄笑いを浮かべただけで、これと言った反応を示さず、淡々と言って来た。


「君が幾ら奥の手を出そうが同じことさ。君は僕の敵じゃない」


 レソーはすぐさま、開き直ったように、


「僕を余り甘く見ない方が良いと思います。今までとは違います。まあ、見ていて下さい」


 そう反論すると、一瞬きょとんとした相手の手前側に、持った銃の一方を適当に向け、引き金を引いた。

 その途端、二人が立つ中途の地表面に、青白い光が糸を引くように数本駆け抜け、光線が当たった地点に小さな水たまりができて、銀色に輝いていた。それをレソーは確認すると、何もなかったように続けた。


「見た目はこんな風ですが、威力は半端じゃありません。もう既にお分かりと思いますが、今ここで起っている現象は全てこのフリーズガンで引き起こされたものです」


「ふ~ん、なるほどね」


 まるで関心がないと言う風に、ロンドは素っ気なく応えて目を逸らした。レソーは、全く動じない相手に、憮然として更に補足した。


「それからもう一丁の銃は、実は熱線を放つヒートガンです。今は鉄が溶ける2732度華氏(1500度摂氏)に設定してあります。当然として当たれば、ただでは済みません。髙熱で、一瞬にして黒焦げになります。

 それに加えて、両方の銃にはレーザーサイトが標準に付いています。一度照準を合わせたら逃げることはできません。

 ですから、あなたこそ逆に勝ち目はありません。覚悟を決めて貰います」


 そのとき、このようなやり取りは、生まれて初めての経験だったこともあり、喉が異常に渇き、心臓の鼓動がドキドキと波打っていた。

 本当は、人を殺すのは避けたかったし、殺す勇気もなかった。相手を動けなくすればそれで勝ちだと考えていた。

 ところがロンドは、またしても「ふ~ん、なるほどね」と気のない返事で返して来ると、


「言いたいことはそれだけかい。そういうのならやってみれば」


 偉そうにそう言って冷淡な笑みを見せた。レソーは、相手側の開き直った物言いに、大息をつくと、ほんの少し押し黙った。そのとき、上手く殺さずに済ませるか自信がなかった。だが、ここでやらなければこっちがやられるんだ、と決意を固めると、


「分りました。そういうことなら」


 と最後通告をして、時を移さず二丁の銃のグリップ側に付いたレーザーサイト照射のスイッチを、もうどうなっても知らないぞ、と心の中で叫びながら入れた。

 見る間に、明るいグリーン色をした線光が空中に走る。あとは相手の身体の部分に向かって照射すれば準備が完了だった。

 ところが、いざ視線を向けた先には、不思議なことに、相手が数を増やして立っていた。

 うっすらともやがかかった中に、ざっと見ただけで二、三十人はいるようだった。いずれも同じ姿格好をしていたことから、目の錯覚か幻覚を見せているのだろうと思われた。これが向こうの作戦か?

 しかしレソーは、普通に数を減らせば済む話だからと捉えて、慌てずに冷静に対応した。修行の過程において、難易度が上がるにつれ、対戦相手の数が倍々に増加するのを見てきたことからくる余裕だった。

 すぐさま、ゲーム感覚の軽いのりで、標的に銃のレーザー光の狙いをつけた。 これくらいの数なら、あっという間に本物にぶち当たるさと、軽く思いながら。 すると、どの標的も光線が通過していった。そうして、全てに実体がないことが分かったとき、一瞬レソーに緊張が走った。しまった、一杯食わされたと、憤りを感じて呆然と立ち尽くした。

 直ぐ傍まで来ているんじゃ?

 レソーは疑心暗鬼となると、急いで周りを見渡した。ただそれだけに留まらず、見えない相手に向かって銃を向けると、次々と引き金を引いた。まぐれであってでも良いから当たってくれと願いを込めて。


 だがしかし、どうやら別の場所に存在を隠して潜んでいるらしく、それらしい反応は皆目見られなかった。

 それでも、この構内のどこかに潜んでいるのは間違いのないことだとして、周りに目を光らせると、勘を頼りに隠れていそうな場所に向かって、見境なく銃を交互に乱射した。

 ぐずぐずしている暇はない、じっとしていると的になる、相手がやってくる前に先手を打つしかないんだ、という強い意志でもって。


 その頃、ロンドは意外な場所にいた。

 地上から千五百フィートぐらい離れた上空に浮かぶと、そこから下の様子を眺めていた。

 先程、相手が三百フィートを優に超える高さまで舞い上がったにもかかわらず、戦いは中止されるどころかまだ続いていることから、上空に避難するだけなら構内から出てもセーフなのかと判断して、相手が目を逸らしたほんの一瞬を突くと、前もって作成しておいた自らの立体映像(一定時間が経つと自動的に消える)を多数取り出しその場に残すや、自身は魔導アイテムの力を補助にして一気に真上に跳び上がっていた。

 考えられた色々な選択肢から上空へ逃避することを選んだのは、何となくそうした訳ではなく、全ては計算ずくでやったことだった。最新鋭の銃なのか或いは禁術か魔導を応用した銃なのかは短期間では判別がつかなかったが、ともかくあの光線に当たるとやばいことは十分に認識していたので、例え一時凌ぎであっても百パーセント避けるためと、これから自身が放とうとしていた攻撃の影響に晒されないためだった。


 そのとき、薄くもやがかかった下では、白とグリーンの光がひんぱんに縦横へ走っているのが見えていた。おそらく向こうが自分を探して、ひっきりなしに銃を撃っているのだろうと思っていた。

 そんなロンドの頭の中には、戦いを終わらせる青写真が、既にでき上がっていた。

 確かにあの武器は強力だ。まぐれであっても食らえば一たまりも無い。しかし、あの武器さえ使わせないようにしてしまえば、あとは簡単だ。直ぐに決着がつく。 そう考えて、光線が発射されている先を眼光鋭く見据えると、タイミングを見計らって、残りの念動弾を惜し気も無く撃ち放った。最低でも相手の注意を引きつけるためだった。一度見せていた関係で、相手は攻撃をおろそかにしてでも避けるに違いないと読んでいた。

 ロンドが得意としていたテレキネシスは、精神エネルギーを媒介して物体を思い通りに動かす念動能力の範ちゅうにあった。従って、精神エネルギーを物理エネルギーへとレベルアップさせて物体を動かす、同じ念動能力のサイコキネシスに比べると、威力はさほどでもなかった。

 だがその代り、精神エネルギーをダイレクトに用いるので、生き物の感情、特に喜怒哀楽に影響を及ぼすことができるという特性があった。

 ロンドの目論見は、予期しない場所から不意に攻撃を仕掛け、相手を慌てさせたところに能力を駆使して、決着をつけるというものだった。



 空っぽの構内では、冷気が白いもやとなって、あちこちから立ち上り、視界が益々きかなくなっていた。その中、特撮ヒーローの姿格好で、ほぼ中央寄りの位置に立ったレソーが、足元の地面が完全に氷結していたのも分からぬくらい一心不乱に、四方へ向けて射撃を繰り返していた。その度、白とグリーンの明るい光が色鮮やかに走り、幻想的な世界を作り出していた。

 そのときレソーに焦りがないと言えば嘘だった。どれくらいの回数撃ったのか、もはや覚えていない段階まできていた。

 そのような心理状態のところへ、何の前触れも無く、幾つもの黒っぽい影が上空に出現したのだから、レソーが反応しないわけはなかった。

 目に入った瞬間、レソーは無条件に、その不審なものに向かって、銃を撃った。 二色の線光が、交互に一直線に走ると、たちどころにその全てを一撃で捉えていた。これも修行の賜物と言えた。

 それにより、その約半数は、人の倍くらいはありそうな氷の固まりと化して地表に落下すると、細かい氷片に砕けて、跡形もなく周辺へ散っていった。

 ところが残りは、全く変化が見られないばかりか、以外にも光線を吸収すると、普通に落下してきた。

 それを見たレソーは一瞬言葉を失った。そこで初めてヒートガンの出力を落としていたことに気が付いた。だが、既に遅しと言わざるを得なかった。どうすれば良いか考える暇も無く、レソーは急いでそこからできるだけ遠くへ避難した。

 レソーが立ち去ったのと入れ違いに、ド、ド、ド、ドンと合計で四度の大きな破裂音が轟くと、小型の竜巻が四つ発生。地表にあるものを全て、暴風が吹き荒れる渦の中へ巻き上げていった。

 そのときレソーは知る由も無かったが、フリーズガンを無制限に使用したことで、広い構内は局地的に極低温化していた。辺りを漂っていた白いもやは、実は氷点下の空気の層だった。それらが突然発生した暴風により撹拌されたことで、あちこちで氷の塊を伴った風が不気味な唸り声を上げながら激しく荒れ狂うという、雪を伴う局地風であるところのブリザードを極端にした異常な環境を、全く偶然にも一瞬にして作り上げていた。

 無論、その真っただ中に遭遇したレソーは、そのとき影響を受けない筈はなかった。少し歩んで行き場を失い、立ち尽くすと、見えない敵におびえながら対応していた。

 その間に四つの小型の竜巻は、圧巻というか、その勢力を維持したまま五分近く構内をゆっくり動き回ると、やがて突如としてそよ風に変わって消えていった。 その後には、嵐が去った後の風景といったところの、午後の強い陽射しが照り付ける銀色の世界が広がっていた。


 そのような絶景の中に、もう良い頃だろうと、ロンドはさっそく下り立つと、いよいよ決着をつけにかかった。

 予想外に存在し続けた竜巻に、周りの要因が色々重なった結果そうなったのだろうが、このままでは時間が来てしまい両者引き分けに終わるのではないかと、一時やきもきしたが、時間まで後二分ばかり残すのみとなったところで消えてくれたことに、ひとまず胸を撫で下ろした。

 次に相手を捜す必要があったが、良く目立つ姿をしていたので、それは直ぐに解決できていた。相手は壁の付近あたりで身を潜めていた。

 その様子は、戦意を喪失しているようにも見え。変身する前の、ごく普通の風ぼうと素人みたいな受け答えから、どこでもいる平凡なタイプの人間と判断して、情緒不安定になる念を予め送っておいたのが、まんまと功を奏したらしかった。

 ロンドは目を細めて苦笑すると、今がチャンスと捉えて、凍った地面に足をとられないように注意しながら駆けるや、驚き、慌てふためいたレソーに向かって、有無を言わせずに襲い掛かった。


 果たして、レソーはそのとき、へとへとに疲れ切って座り込むと、ふう、酷い目に遭った、やっと消えたみたいだな、とひとり言を呟きながら息を入れていた。

 それももっともなことと言えた。

 四方から暴風が襲い掛かってくるのが分かったとき、今度こそ同じ轍を踏まないぞ、と歩みを止めて、吹き飛ばされないように身を低くしてやり過ごそうとした。だがその代償として、岩石と何ら硬さが変わらない氷の塊が、至る所から物凄い勢いで向かってきたので、ほとほと参った。

 氷の塊は小石ぐらいの大きさのものがほとんどだったが、ときとして巨石ぐらいある超巨大なものもあった。

 それらは、身体にぶつかっては、宙へ吹き飛ばそうとして来た。その度に必死に踏ん張り、耐えていた。その間に、このトーナメントに出場するにあたり、前もって生き物から告げられていた記憶が、ふと頭に蘇った。

 お前の悪いところは諦めが早いことだ。何事もそうだが、特に勝負事に関しては精神力が最後にものを言うきらいがある。故に気をしっかり持つことを普段から心がけて、決して諦めないことが肝心だ。

 これは伝えておかなければならないと思い話すわけだが、防護服も武器も、永遠に恒常なわけでない。やはりいずれは限界が来る。酷使し過ぎがその主な原因なのだが、それを知る手がかりを幾つか挙げておく。しっかり覚えておくように。

 一つは、何となく身体がだるくなった。あくびが何度も頻繁に出るようになった。頭がぼんやりとしてきた。手足に力が入らなくなった。集中力が急になくなった、などだ。そのような兆候が身体に現れ始めたときは気をつけることだ。

 二つ目は……


 気が付くと、腹の辺りがキューっと痛んだ。腹の奥からの辛い痛みだった。それと共に、身体が何となく重く感じて、やる気が起きなくなっていた。

 よって、もしやこれはスーツに限界がきたのかと疑った。その瞬間、死にたくないとの思いと、死ぬことへの恐怖心から頭の中が混乱して、顔から血の気が引いていった。加えて、両親や祖母や妹やその他諸々の顔が、突然浮かんできた。そしていつの間にか、何度も深い息をしていた。

 そのようなときに、怖いほど目を怒らせて、ロンドが目の前に現れたのであるから、レソーにとって平常心を保つことなどとうてい無理な所業と言えた。ロンドと目があった途端、レソーは息を呑んだ。慌てて立ち上がったものの、両足ががくがくと無意識に震えた。このままではやられると、今にも卒倒しそうだった。

 だがそうはいっても、相手までの距離は、三十ヤード以上はあったので、抵抗する気持ちはまだ少し残っていた。

 反撃しなくてはと、棒立ちになったまま、それまでホルスターにしまってあった銃を抜くと、ぎこちなく構えた。半ば捨て鉢だった。

 しかしロンドの方が一足早かった。そこへ彼の無駄のない蹴りが強引に飛んできたかと思うと、一瞬のうちに両手の銃が宙に舞っていた。更にロンドが回し蹴りを放って畳みかけてきた。あっという間もなく、レソーは後方へ弾き飛ばされていた。仰向けに頭から壁まで一気に突っ込んだらしく、フルフェイスのヘルメットが壁に当たってゴツンと鳴った。

 それでも、まだまだロンドの攻撃は続いた。壁の隅へ倒れたレソーへ向けて、情け容赦のない踏み付けと足蹴りを数十発続けると、力なくだらりとなった足首を片手で持って、ハンマー投げをするかのようにぐるぐると振り回し、壁へ何度も打ち据えた。そして最後に元居た場所付近まで放り投げた。


 けれどもロンドは、これぐらいの攻撃ではまだ効いていないだろう、と見ていた。

 現に、頭を持ち上げると、何もなかったかのように立ち上がる仕草を見せた相手のその様子をじっくり見据えたロンドは、出合い頭の一撃だけは貰わないように注意しながら、素早く走り込むと、サッカーボールを蹴るかのような強烈な蹴りを放った。

 その一撃は非情にもレソーの顔面の部分をとらえた。コンクリートの壁にぶち当たったときよりかん高い音が響いた。蹴り飛ばされたレソーは、二、三十ヤードほど凍った地面を勢い良く滑るように転がった。しかしそのような乱暴なことをされても、レソーのヘルメットや上下一体式のスーツは破断一つせず、レソー自身も声一つ上げる訳でもなかった。

 ロンドは感覚のなくなった片腕をぶらぶらとさせたまま、うつ伏せに倒れ込んだ相手をにらみつけると、やはりこいつは一筋縄ではいかないようだと思った。 いよいよ切り札で決めに掛からねば、と気を引き締めると、二つあった切り札の中から、一番最適だと思った方を周りの状況から選んでいた。


 一方、ずっとロンドのなすがままになっていたレソーは、半ば意識がもうろうとしていた。無論、気持ち的なものの影響が大きかった。

 その都度頭によぎったのは、“まだまだ負けたわけじゃない”や”どうにかして反撃をしなければ”ではなく。“このままスーツの効果が途切れて死ぬのかなぁ”や“死ぬのは嫌だなあ”といった弱気なことばかりで。すっかり戦意を喪失して諦め切っていた。

 そうして、顔面を蹴られてうつ伏せに倒れ込んだときには、起き上がるのももはや面倒と、動かずにじっとしていた、自らの思考が操られていたとは夢にも思わずに。


 そのときその様子を眺めたロンドは、ひとり頷いて含み笑いをすると、その場で一呼吸して息を止め、うつ伏せの状態で動かないレソーに狙いを定めて、念動能力を発動していた。

 次の瞬間、レソーの身体がふわりと宙に浮かび、そこから一気に三十フィート(約9メートル)ほど上昇した。そして、突然ぷつんと糸が切れたように下に落ちていった。   

 ロンドはそれに合わせて走り込むと、レソーのちょうど腹部の辺りに真剣な眼差しを向けた。よし、これで終わりだ。

 ロンドはレソーが落ちて来るちょうど真下で立ち止まると、軽く膝を折り曲げて地に足を踏ん張り、下半身にためを作った。

 途端に、足元の周辺に張った氷が波紋模様を描きながらひび割れると砕け散り、元の地肌がのぞいた。

 そのようにして足下を固めるや、まるで怒気をはらんだ狂神のように眉と眼を吊り上げたかと思うと、使える方の拳を硬く握りしめて、


「ブレシッド・アイアン・ブレーカー!!」


 と、フィナーレの決め台詞を、声を張り上げて叫びながら、大弓で矢を射るような大きな素振りから目も止まらぬ早業で全身全霊を込めた拳を力強く突き上げた。

 瞬間、ドーンと硬いもの同士がぶつかったような衝突音が轟いた。同時に突き上げたロンドの拳の辺りがほんの一瞬輝いて、銀色をした火花が宙に散った。

 その衝撃によりレソーの身体は、一瞬にしておよそ四十五度の角度に折り曲がると、カタパルト(投石機)から打ち出された弾のごとく一直線に空高く弾き出され、見る間に大きな放物線を描きながら豆粒のように小さくなって場外へと消え去った。

 そのインパクトたるや、千五百フィート(約457メートル)ぐらい高く舞い上がったかと思うと、千(約914メートル)いや二千ヤード(約1829メートル)ぐらいの飛距離が出ていた。それから見ると、無事でいられる感じはしなかった。

 これこそ、強化装甲戦車の重装甲も容易に貫通する徹甲弾並みの破壊力を秘めたロンドの切り札たる必殺技が解き放たれた瞬間だった。


 レソーの行方を見届け、勝敗はこれで決したと見たロンドは、それからほんのしばらくの間、拳を突き上げた構えを解かずにいた。さしずめ勝利の余韻に浸っているかのように、レソーが飛んでいった方角を悠然と見上げて、立ち尽くしていた。

 相手のバトルスーツは思ったより丈夫で、目一杯の一撃でさえ貫通させることができなかった。だが、手ごたえはあった。あれなら中の内臓や骨はぐちゃぐちゃになっていておかしくないだろう。つまり、終わったということか――――。

 そう振り返ったところで、ロンドはようやく、ふうーと安堵の吐息を漏らすと、構えを解いた。晴れてその表情が、同年代の若者の顔に戻っていた。



 


 


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