第20話
時刻は、もう直ぐ午後十二時半になろうとしていた。空は青空。風は微風。太陽はちょうど天空の中央付近で眩しく輝いていた。
当日の朝。さあいよいよという頃になって、臆病風に吹かれたのか辞退者が二十名出て、最終の出場者数が四十七名となっていた。
そのとき、私服の上から黄色いベストのようなものを、その四十七名全員が身に着けていた。事前に説明も無く着けるように強要されたもので、背中部分に数字の連番号が1から順番に付いており、スポーツ競技において敵味方の区別をつけるためにユニホームの上から着るビブスにそっくりだった。当然として不満が出てきそうな局面であったが、そのほとんどが、――こういったアクシデントは良くあることだ。恐らく見失わないように目印を付けるのが目的なのだろう。犬猫のように首輪を付けられるよりマシだ。それよりも素直に従わなかった場合は失格にするつもりだな。分かりやすい駆け引きだ、と一癖も二癖もありそうな物分かりの良い者達で占められていたため、皆、割り切って大人しく受け入れていたのだった。
そのついでというかお返しに、「一体どこへ連れて行ってくれるのか」と中の一人が間を措かずに問い掛けていた。その皮肉たっぷりな質問に一介の兵士が無愛想に答えた返事は、黙って付いて来れば分かる、というものだった。その答えに、尋ねた方も聞いていた方も、ただなるほどと苦笑いする他なかった。
その前に、白い建物横の広いグラウンドの一角へ集められた四十七名の男女は、重武装した総勢百人近い兵士達が周囲で厳戒態勢を敷く中、名前と性別の確認と金属探知検査、全身スキャン検査を前もって何の問題も無く受けていた。そのときから互いに打ち解けぬ壁ができていたのだった。
その後、四十七人全員の用意ができたところで、付いて来いと言う風な威圧的な態度で合図した一人の兵士が先頭を切って歩いて行った。その後へ三、四人が横に広がって歩くという態勢をとりながら、無秩序の塊だった集団はそれなりに落ち着いた対応で付き従った。
やがて、数分間歩いて一行が到着したのは、単軌道式モノレールの発着地点だった。ただそこに鎮座していたモノレールの箱型の機体は、一般に見られるタイプではなく、どちらかと言えば、遊園地にでも置いてありそうなオープンタイプのおもちゃの汽車の乗り物といった感がする、またはそれに近いものだった。
尚、モノレールの車両は十二両編成で、外観の色はくすんだグレイに塗装されていた。一つの車両に六人から十人が乗れるぐらいのスペースを持ち、中に設けられた座席はシンプルな折り畳み式で、座り心地が余り良いといえなかった。それらのことから、基地の資材や人員を運ぶためのものらしかった。
そのモノレールへ問答無用に乗車するや否や、また誰かが、どこへ向かうのかと問うた。その返事は、行けば分かるという前と何ら変わらぬぞんざいなものだった。再びその場から苦笑が漏れたのは言うまでもなかった。
モノレールは、付近を蛇行しながら止まることなく暫く進むと、やがて中途から目の前に見えた小山の方へ凄い勢いで向かった。それから二十分ほど経つと、赤土の地肌がむき出しになったなだらかな小山の山腹を果たして昇っていた。その周辺には、高さ十六フィート(およそ5メートル)から数フィートぐらいの丸みを帯びた白っぽい奇岩が見られる他、棘のあるかん木や砂丘地帯で見られるような雑草の類がパラパラと生えていた。
そうして千数百フィートも昇った頃。ようやく終点の頂上へ辿り着いたらしく、そこには銃身が短いサブマシンガンを持った二十四人の兵士と六台の軍用トラックがずらりと並んで待ち構えていた。
すぐさま、分かったと四十七名が六台のトラックの後部へ分かれて移動すると、そこで待っていた兵士達も四人一組で同じように後へ乗り込んだ。彼等の半数のヘルメットには、不正が行われないように監視するためのなのか、ボタン電池ぐらいの大きさの小型カメラがビデオ撮影用に取り付けてあった。
やがて一行を乗せたトラックは直ちに出発した。
そこまでの工程は、一行の誰もが感心するほど、手抜かりのないものだった。
トラックは自然に隊列を組むと、起伏のあるでこぼこ道をかなりのスピードで、土煙を舞い上がらせながら走った。そうして十分ほど経った頃だった。何もなかった前方の方に壮観な光景がぼんやりと見えてきた。
それは、八十フィート(24メートル)はありそうな高い壁で周囲が覆われた構造物で、外観は中世の城塞・砦に良く似ていた。それ故、規模もかなりのもので、世が世なら、千人ぐらいが数ヶ月間立てこもれそうな大きさがありそうだった。
だが良く見ると、所々で壁が崩れ、穴が開いているところもあった。それらのことから、廃墟と化した城塞・砦の跡といった表現が合っているようだった。
どうやらそこが目的の場所のようだったらしく、見る間にトラックのスピードが落ちたかと思うと、その数十ヤード手前で止まった。果たしてその構造物の近くに、また別の兵士の一団が待ち構えていた。
一行が下車すると、そこがやはり終点のようだった。次に乗り換える乗り物が用意されていなかったことがそう確信させるものとなっていた。
案の定、その中から一人の男の兵士が歩み出て来るや、一行の前にぶすっとした顔で立つと、じろりと全員をにらんでから、この日やっとまともな口を利いた。
身長は六フィート以上。着た軍服の上からでも日々鍛えているのが良く分かる体型をした面長で立派な口ひげを蓄えた男で、全く隙のない歩き方、異様にも思えるほどの筋肉質の体つきなどから教官、指導者といった職にあると見て間違いないような人物だった。
ちなみに男の話は、ここまでやって来た一部始終のおさらいとこれから実施されることへの説明だった。
その話によれば、――我々が今いるこの場所は、出発地点からおよそ二十マイルほど行ったところにある高さ千四百フィート(約427メートル)の台地状になった地形で、1106高地、通称“ノーマウント”と呼ばれている。
その周囲は長く自然のままに放置したままなので、通れる獣道もないばかりか、どこを見渡しても皆同じ風景のため、一度迷い出すと一日や二日では到底出て来ることは不可能。だが一部は人の手を加えられている関係で、何の苦も無く下まで降りることができるようになっている。
それから、あそこに建つ建物は、見ての通り、軍事訓練用に造られたものである。屋根や扉や窓がなく、壁しか見えないが、れっきとした市街戦。例えば、突入して人質の救出をしたり、立てこもった暴徒・テロリストの鎮圧を想定して造られている。
また、あそこから少し行ったところ。ちょうど下り傾斜になったところには野外戦を想定した布陣が幾つも築かれている。
それでスタート地点だが、あそこの中心部にある大広間にすることにした。一番広くてそこだけバリケードが築かれているからすぐわかる筈だ。
開始時間は午後二時十分。色付きの信号弾が一つ、開始の合図として空高く上がることになっている。
ともかく二時間以内に何人であっても構わない。大広間から旨く脱出して、その向こう側にある道を下り、ゴールと定めた地点へと辿り着ければクリアとなる。但し、途中で動けなくなったり、降伏したり、捕獲されたり、或いは時間内にゴールへ辿り着くことができなかった場合はゲームオーバー、即ち失格となる。
また、規則に反したり不正をしたと判断されれば、例えクリアできたとしても失格となる。それを忘れないで欲しい。
尚、ゴール地点だが、この地を下るついでに上空を見て貰えば、赤いバルーンが見える筈。それが目印である。
あ、それと、ゴール地点は一応三ヶ所設けてある。一つは湿地帯を通り抜けていくコース。二つ目は周りに何もない砂漠や平地を通るコース。最後は岩あり谷ありブッシュありの変化に富んだコース。好きな方を目指して貰って結構。いずれも二時間以内で到着可能なように、直線距離で五マイル(約8キロメートル)に設定してある。
それから気が付いたことや注意点などを手際よく切り出した。
見ての通り、ベストの蛍光色の色は暗闇で光るようになっている。また時間が分かるようにデジタル時計も併せて付いている。だが発信器は付いていない。でないと訓練にはならないからである。
時間内はベストを決して脱がぬこと。もし一度でも脱ぐと色が黒色に変色し即失格となる。無論、もう一度付けても色は戻ることはない。
もし途中で降伏したくなった場合は、ベストを脱いで両手を大きく上げて命乞いをすること。そうでなければ重大な事故につながる恐れがある。
これらのことを忘れないように伝えると、最後にやや見下すような嫌味な口調で、「ま、何事もやってみないと分からないと言いますから。ま、皆さん、トライしてみて下さい。ご健闘を祈っています」と時計を見ながら言って、これで全て用事が終わったという風に、待っていた仲間と共に例の六台のトラックにそれぞれ乗り込み建物の向こう側へ走り去って行った。
そのとき、なぜか不満を呟く者も、合点がいかないという風におかしな顔をする者も、質問をする者もいなかった。どうするべきか考えていて頭が一杯だったのか、それとも頭が一時的に混乱していたのか、それは分からなかったが、みんながみんな、目をギラギラさせながら表情のない冷めた顔で黙って見つめていた。
彼等は兵士達を見送った後、辺りを一応見渡しながら、壁しか見えない構造物の方角へ足早に向かった。もうそれほど時間がないと、時計を気にしながら喋っていた男の様子から気付いていたからだった。事実、開始まであと二十分余りしかなかった。
途中、真っ直ぐに伸びた結構高い壁や、鉄骨がむき出しになった塔のような残骸や、石造りの階段のようになったものや、焼け焦げたりバラバラに破壊されスクラップ同然になって打ち捨てられていた車両や、廃材のようになって積まれていたテーブルや机やキャビネットやベッドなどの家具や、断片となって地面に転がるコンクリートの破片や、茶色に錆びた鉄条網の切れ端や、壁にできた大きな空洞や、火災に遭ったと思われる黒い痕や、無数の銃弾・砲弾の跡やらが彼等の目に飛び込んで来た。それらを目の端でとらえながら、言われた通りに彼等が向かった先には、壁に隔てられ、まるで迷路のような複雑な構造をした通路があった。そこを中心部の方へ向かって歩いて行くと、四方が高さ十五、六フィートの壁で囲われ、部屋のようになった空間が幾つもあった。そうして最後に出た場所は、確かに五、六百人の人間が雑魚寝しても十分な余裕がありそうな大きな広間のような空間になっていた。
しかしながら、そこだと思われた場所にはベンチとイスとテーブルとカーペットが乱雑に置かれていただけで、言われたようなバリケードはなかった。バリケードは行く先々で通路をふさいでいた。そこだけ男が言ったこととは違っていたが、これ以上の広い空間がなかったことや、そこまでやって来るまでにバリケードを乗り越えたり、狭くなった隙間を通過したり、行き止まりのために迂回しなければならなかったことで、かくれんぼをするのには持ってこいの場所だと考えられ、全員がおそらくここだろうと判断していた。
時間が迫っていることもあり、どこかに抜け道がないかどうか、武器や隠れられそうなところがないか、どこをどう辿れば最短で外へ出られるかを考えながら周辺を細かに見て回ったり、壁によじ登り遠くを見渡したりと、休憩する間も惜しんで四十七名の男女が構造物周辺を慎重に探索して、やれることは一通りやっていた頃、その外側では訓練開始に向けて括発な動きを見せていた。
先ず、構造物から見えない五百ヤード(457メートル)ほど離れた緩やかな上り坂を移動する機体が多数あった。
遠隔操作された無人車両とキャタピラ歩行や五足歩行のロボット達から成る一団で、連携して偵察の任務並びに地面へ殺傷能力の弱い地雷を設置するために前進していた。
これらは単純、地味なことで、夜間なら別のやり方になっていただろうが、日中であったことでそのような手法で落ち着いていた。その目的は、敵の足止めをすることとトラップがある方向へ誘導するためだった。
相手には幾つもの規制が事実上かかっていることや素手であることが分かっていることなどから、本来なら人海戦術で行く作戦も当然有り得たのだが、それを予め知っていながら敢えて参加してくる者達は何らかの勝算があるからだろうとみられ。無闇にありふれた作戦で行くのは相手の術中にはまりかねないからとして、このような慎重な作戦に切り替えていたのだった。
それら機体を遠隔で操作していた部隊は、目標の構造物からさらに五百ヤード離れた約千ヤード(914メートル)の距離を取って陣地を構えていた。
彼等が潜んでいた地点は、面長の兵士が先に語った、周囲で唯一人為的に開かれていた場所で、ちょうど下りこう配になっている上に、辺りに見えるものといったら赤土の大地だけで、地面にはほとんど何も生えておらず。見晴らしが良過ぎるというべきか、近くには身を隠せるものは何もなかった。
従って彼等は地面へ穴を掘り、その中に身を潜めていた。彼等が潜む付近には、大型車両でも容易に通れる道幅の道路があった。道路は傾斜部を迂回するように大きなカーブを描きながら緩やかに下っていた。また彼等の背後には、頭に被ったヘルメットから顔に施したペイント並びに戦闘服の上下に至るまで全身を白緑茶のまだら模様に染めた兵士の一団が自動小銃やショットガンを手に同じように潜み、待機していた。更にそこから少しいった地面が比較的平坦な場所では、装甲車・機動戦闘車といった戦闘車両と兵員を多数乗せた軍用トラックがいつでも動けるように態勢を整えていた。
だが彼等も彼等の背後で待機していた兵士達も戦闘車両の方も、下っていた命令の第一は四十七名全員を無傷で捕獲すること。それができない場合は中傷でも構わないから捕獲すること。そしてそれも不可能な場合は最終手段として生死にかかわらず捕獲することと段階的に決められていた。そしてこれらの人員や装備はあくまで作戦が失敗したときの予備的なもので、実際に手を下す本命は別にいた。
それは対テロの専門家である特殊部隊の面々で、総勢五十人ほどいた彼等は支援を受けながら空と陸の二方向から突入する計画になっていた。その内、約半数は地上からの突入組で、四方から突入する計画になっていた。
そして、地上から突入する部隊はもう既に行動を開始していた。彼等は無人車と見せかけた車両数台に密かに潜み、さり気なく建物へ近付いていた。
開始まであと二、三分を残すのみとなった頃。陸の孤島と化した構造物内では、敵への目くらましや妨害ぐらいになるだろうと思ったのか、誰かが壁際やバリケード付近や通路の中央で火をつける行為をしたらしく、空のペットボトルやカーテンなどの布地やゴミ屑が不完全燃焼しながら燃える黒煙があちこちから立ち上っていた。
ところで中の者達の動向はというと、どこに監視の目があるのか分からないと用心しているのか、揃ってバラバラに行動しているように、表向き見えていた。
もっと具体的に言えば、敵がどこから現れるのか思案しながら辺りを見回している者。腕を組み呆然と立ち尽くしている者。のん気にベンチやテーブルやイスやその辺にある物に腰掛ける者。はたまた壁の上によじ登りそこへ座っている者。バリケードの位置を変えている者。心を落ち着かせる為なのか、ぶつぶつと祈りの言葉を呟く者達もいたりと、既に覚悟を決めたのか、もうそれほど彼等は目立った動きをしていなかった。
だが、先行きが不透明なことから、重苦しい空気が彼等の中に漂っていたのは、やはり紛れのない事実のようだった。
ともかくもそうこうする間に時間が過ぎて、さあいよいよとなったとき、一発の信号弾が白煙の尾を引きながら空高く上がった。すぐさま青と赤の火花が枝垂れ花火のように上空で散った。午後二時十分、訓練開始の合図だった。
その瞬間、一方の空からやかましい回転翼の羽音が聞こえて来るや、機体の両脇にミサイルとロケット発射装置と思われるパックを装備した黒い機体の戦闘ヘリが五機と回転翼が二つ付いたカーキー色をする輸送用ヘリが三機、程なく飛来してきて、いつの間にか建物の上空付近を飛んでいた。
途端にそれに合わせて、下にいた者達が一斉に逃げ出した。もうそのときばかりは、それまで苦笑いを浮かべていた者も口をつぐんでしまっていた。もう誰もが難しい顔をしていて一切口をきかなかった。
予想通り、次の瞬間には、戦闘ヘリが黒い機影とともに上空から次々と飛来すると、ヘリの機首下の機関砲が火を噴いた。
途端に、派手な銃撃音が轟き、構造物の壁面へ灰色っぽい煙が立ち上った。直後に破壊され無残にえぐり取られた壁面が姿を現した。厚みが十フィート(3メートル)以上あって、城郭のようにとても頑丈そうに見えた壁でさえ、一部の比較的弱い箇所では、人の胴体ぐらいの穴が開いてしまっていた。その威力は、人の身体を難なく消し去ってしまうぐらいのすさまじさだった。
これらの銃撃は五回連続で繰り返された。中でも一番外側の壁に向けては、執拗なまでに行われた。それ自体は、外へは絶対に行かせない意思表示ともとれていた。
六回目は、銃弾を全て撃ち尽くしたのか、さすがに銃撃はなかった。だがその代わりとして、構造物の頭上を旋回しながら両脇の発射ポッドからロケット弾を入れ代わり立ち代わり射出してきた。
数十秒間の間にロケット弾が白い煙の尾を引いて地面へ次々と着弾すると、たちまち壁しか残っていない広い敷地全体が濃いスモークに包まれ、白色と黄色とピンク色と紫色から成る幻想的な光景が一面に広がった。どうやら破裂弾ではなく、煙幕機能を兼ね備えた催涙系・身体麻痺系・窒息系といった複数の鎮圧ガス弾が使われたと見て間違いなさそうだった。
事実、その約六十秒後。スモークがまだ消えずに残る中、それまで息を殺して待機していた地上の特殊部隊が先頭を切って動いた。前もって何度も突入訓練をしていたのか、四十七名の誰かが考えて仕掛けた誘導トラップをものともせずに潜入を開始した。
直後に威嚇か何かの攻撃を行なったらしく、爆竹花火が連続破裂したような破裂音が続けて鳴った。ほぼ同時にズドーンと大きな爆発音が響いたかと思うと、まだ立ち込めていたスモークの色とは違う灰褐色の煙が立ち上った。
次の瞬間、立て続けに炸裂音がして、先ほどの煙と似た色の砂煙と共に何らかの破片が宙に舞い上がった。
間髪を入れずに、何かを蹴とばした音なのか、ぶち当たった音なのかそれは分からなかったが、鈍い音があちこちから聞こえた。
それらは、通り道を塞いでいるバリケードを破壊しながら突破して行っているのだと考えられた。
そのとき全員がヘルメットとガスマスクはきっちり装着していたが、素早く行動ができるようにする為なのか、身に付けたボディアーマーは対テロ特殊部隊の通常装備であった全身タイプのものではなく軍服の中に着込む比較的軽装タイプのものが使われ、手にしていた武器も、先端に特殊な砲弾を装着可能な多機能タイプのショットガンや電撃棒の類のみで、予備として長刃のサバイバルナイフを携帯するといった最小限なものに留めていた。
それというのも、彼等に下されていた命令は、無理せずに対応に当たれというものだった。つまり、深追いをせずに、取り漏らした者達は速やかに後方にいる味方の部隊に任せろといった意味合いを含んだものだったのである。
現にちょうどその頃、壁と石積みぐらいしか残っていなかった構造物から約百ヤード離れた地点に横付けされた五台の軍用トラックの陰では、およそ百名の兵士が潜んでいた。ゴム弾・プラスチック弾が装てんされたショットガンと実弾が装てんされたハンドガン類。あと特殊警棒などを手にしていた彼等の目的は、特殊部隊が取り逃がした者達をトラップが仕掛けられた後方のルート以外の場所へいかせないように周囲を固めること、並びに彼等をなるべく殺さずに確保することだった。
特殊部隊もここに参加していた部隊も、人員が比較的少ないように見えたのは初めから意図したことだった。というのも、持てる力の全てを出せば、ものの三十分足らずで終了してしまうのを憂慮して、少しでも時間を掛けることで、生映像で視聴している見物客に楽しんで貰おうと、人員をわざと少な目にしていたのだった。その代わりとして任に当たる兵士は、大柄な体躯の者が万が一に備えて抜擢されていた。
そのとき構造物の周囲では、色も形も大きさもさまざまな地雷が、無人車両とキャタピラ歩行や五足歩行のロボット達から成る一団により蟻の這い出る隙もないように敷き詰められて、準備がすっかり整えられていた。その全てが本物とはいえなかったが、色や外形から判断できないようになっていた。しかも、通常なら五十ヤード幅ぐらいまでに敷き詰めれば十分な筈だったが、そのときばかりは映像画面に映る印象を考慮して、その規模を通常時の五倍の二百五十ヤード幅に拡張していた。そのため、その光景はカラフルなモザイク画を見ているような綺麗さだった。
地上の特殊部隊が突入してから数分遅れで、バーン、バーンとライフルか何かの銃声音が、遠くの方から散発的に鳴った。それが合図だったのか、上空に一時滞在していた輸送ヘリから動きがあった。
ヘリの目的は、兵員を地上から五十フィート前後の高さに留まりながら予定の地点へ降下させるか、それとも直に着陸して降ろすかのいずれかだった。
だが、予期せぬことが起こったことで、いずれの目的も叶えられることはなかった。
それは予定通り、輸送ヘリが三機揃って低空飛行に入ろうとしたときだった。三機とも機体が大きく揺れ動き、二機が接触しそうになり、もう一機がバランスを崩したまま地上すれすれまで降下し、運良く機体を立て直して事なきを得たが、あともう少しで危うく地面に衝突するところだった。一機ならずも三機共ということは、どうやらその付近の気流か関係しているのだろうと思われた。
その後、暫く様子を見るためなのか全機が上空で待機していたが、そのときどういう訳か、原因不明の濃い霧が急に垂れ込め、構造物全体を覆い包んでいたこともあり。やがて降下することを断念したのか、先に攻撃を終えたヘリと共に元来た方角へ引き返していったのだった。
空からの援軍が失敗に終わったことで、一見して予定が狂ったように見えた。が、これも想定内だった。
その場合、構造物の付近で待機していた百名の兵士の内、約半数が代わりをする手筈になっていた。
それまでに十五分ほど、既に経過していた。
その間、壁の向こう側では結構死闘が繰り拡げられていると見えて、人の叫び声やら小さな爆発音が次々と起こっていた。爆発音は、特殊部隊がショットガンに装備していた特殊な砲弾が破裂した音に違いなかった。
そのときガスマスクを各自装着して突入する準備を進めていた援軍部隊、約五十名は、人数は相手側より少ないが武器を手に持っていることを考慮すれば、形勢はまだまだ特殊部隊の兵士側の方が有利と見て、あと五分待って突入しようと、廃物と化して付近に打ち捨てられたままになっていた車両や石積みの後ろや、構造物の壁近くの物陰に分かれて身を潜めていた。
そんなときだった。壁の中が突然静まり返った。無論、爆発音もしなくなった。
どうやら片付いたのか、ほどなくして霧がかかった壁の向こう側から、ゆっくり歩いてくる人影があった。しかも複数の。出て来たのはいずれも特殊部隊の面々だった。どの姿も突入した格好のままで、目立った点といえば、最後尾とその一つ手前を歩いていた兵士のそれぞれの片方の手に人の生首らしいものが見えたことだった。二つのそれらは生々しい顔の表情と血まみれの様子から、男女の区別はつかなかったものの紛れもなく人の頭部だった。
その様子から見て、相手は思ったより弱過ぎて、無理をするなという命令を無視できるほどあっけなく勝負がつき、すんなりと鎮圧に成功したらしかった。
現に、ぞろぞろと出て来た者達は、最終的に横にずらりと並ぶ態勢を取った。それ自体は整列したと考えれば別段おかしいとは思えず。しかも人数は、きっちり二十五人が揃っていて、一人も欠けてはいなかった。
それを目撃した兵士達は、いずれもただ息を呑むばかりだった。
そこには、プロの対テロ特殊部隊に対して、素手でしかも相手に傷一つつけてはいけないという厳しい条件で立ち向かうことなど、明らかに傲慢で狂気の沙汰としか思えないという冷酷な現実があった。
ともかくも、ほんの僅かの沈黙の後、特殊部隊の活躍で全てが無事終わったと理解した、これから突入する構えを見せていた約五十名の兵士達は、少なくとも半数ぐらいはわざと取り逃がすという暗黙の了解とは違う展開に一瞬だけ拍子抜けした。が、直ぐに気を取り直すと全員がガスマスクをはずした。それから隠れ潜んでいた場所から姿を現して彼等の元へ歩み寄ろうとした。そのとき疑う訳ではなかったが、折しも彼等の誰もがガスマスクを取る気配がなかったことで、もしそっくり入れ替わっていたらとの懐疑心が頭の隅にあり、その疑問を確かめようとしたのだ。それ故なのか、いずれの足取りもどこかゆっくりだった。
一方、残りの兵士達はというと、彼等はほっとした表情で車両の前に出て、その光景を見つめていた。
そんな矢先、信じ難いことが起こった。
発端は、三十ヤード付近まで両者の距離が縮まったとき、兵士の何人かが、にこやかに微笑んで、「おーい、うまくいったようだな」「おい、なぜ残しておいてくれなかったんだ」「ちょっと早いんじゃないのか!」といった具合に軽く呼び掛けたことだった。しかし呼び掛けられた方は、誰もマスクを取って応えてくる気配はなかった。やはりこれはおかしいぞ。何かあったようだな、と警戒心が決定的となった瞬間だった。
そのとき、用心から歩みをやめた兵士達に向って、横一列に並んで立っていた特殊部隊二十五名全員が、一旦下に下ろしていた武器を機械的にぶっ放したのだった。それは、二人の隊員が手に持っていた人の頭部が手から離れて地面へ落ちるほんの一瞬に行われた。遅れずに約五十名の兵士側も応戦し、双方の火器がほぼ同時に一勢に火を噴いたように見えていた。が、実際は不意打ちのようなものだった。加えて、武器の性能が違っていた。
一方は開発中の新兵器。
例えば、一見するとレーザーポインターみたいなカラフルな線条光を放つ武器。的確に目標とする相手へ照準を合わせることができ、一旦合わせたら最後、相手の動きや障害物の有り無しに関係なく相手を捕捉することができ、一瞬の内にその身体を麻痺させて動けなくしてしまっていた。
目に見えない有害な音波か電磁波のようなものを出していると思われた武器。この武器の前ではどこに隠れても無駄なようだった。皆が皆、一瞬だけ苦しみもだえたかと思うと気を失っていた。
内部に稲妻のような銀光を内蔵した、火炎放射器ならぬ煙噴射器のような武器。投射領域が大きいため一度に多数の相手を行動不能にしてしまっていた。
そしてもう一方にはゴム弾やプラスチック弾が実弾の代わりに使われていた。はっきりいって、これでは勝負は明らかに見えていた。
人数で勝っていた上に、ある程度分散していた利点が兵士側にあったが意味がなかった。一撃で人を死に至らしめるほどの威力を新兵器に持たせていなかった関係で死ぬことはなかったものの、五十人ほどいた兵士達のほぼ全員と後方で臨戦態勢へと入っていた約三分の一の兵士が、たちどころに動けなくなって地面に伏していた。
そうして戦闘は意外な方向へ進んでいった。難を逃れた兵士が反撃を開始したのだ。彼等は、見たことも無い新兵器の威力を見るに及んで、つい頭に血が上り、それまで手にしていた威力の弱い銃弾が装てんされた銃を捨て、実弾が入るハンドガンを手にして応戦していた。
戦闘は、両者の間で三分ほど続いた。そして、残った兵士達の完全勝利で決着していた。というのも、特殊部隊の隊員達が、地から足が生えたようにその場にじっと立っていたことによっていた。それはつまるところ、的にして下さいといっているようなものだった。
やがて、残った兵員で応援の手配を真っ先にして、鮮血を吹き出して倒れた特殊部隊員の素顔を確認する作業をしようと歩み寄ったときだった。それをあざ笑うかのように、壁の向こう側から十人、二十人、三十人と、多数の人影が飛び出してきたのは。人影は全員黄色いベストのような物を着用していた。まさしくテロリスト役の者達だった。彼等は平坦な地面を三百ヤードほど走ると、そこからやや急な傾斜になったところを下って行き、いつの間にか見えなくなっていた。
兵士達はそれを見た途端、何度も目を疑った。何が起こったのか分からなかった。数秒経った頃、ようやく事情が呑み込めた、どうやら謀られたらしいと。実際、不審な行動を取り撃ち合うことになった特殊部隊員二十五名は正真正銘の本物だった。応急処置で息を吹き返した何人かの証言から、彼等は何らかの方法で操られてそのような行動を取ったらしかった。他方、生首は本物だった。後で検証したところ、四十七名の中の二人の頭部だったことが分かった。胴体は中で見つかった。状態から見て、戦闘ヘリの攻撃で死んだか仲間割れといったどさくさで死んだ可能性が高かった。
そんなとき、彼等の脱出を祝うかのように、パーン、パーンと賑やかな破裂音がそこら中から響き渡った。にわかに立ち起こった突風により砂塵と共に巻き上げられた多数の地雷が、お互いに触れ合って爆発した音だった。
やがて突風は、高速で渦を巻く旋風へと発達すると、多量の地雷を巻き込んだまま、構造物から逃亡して行った者達を追い掛けるように移動していった。
一分も経たぬ内に、遠くの方で複数の黒い煙が空高く上がった。少し間を措いて乾いた爆発音が鳴り響いた。爆薬か高出力燃料か何かが爆発したように思われた。
ところで、徒党を組み旨く出奔した者達は、一枚岩で連携がとれていたかというと、果たしてそうでもなかった。彼等のほとんどは、頼れるものは結局自分だけだ、と信じて疑わなかった。故に誰の指示も受け付けなかった。また、利用できるものなら何でも利用してやろうと云った狡猾さはきっちり持ち合わせていた。そして隙あらば競争相手たる一緒に脱出したライバル達を蹴落とそうと謀っていた。なぜそのときそれをしなかったと言えば、もうそれまでにある程度の成果を上げていたに他ならなかった。
そのとき脱出に成功したのは総勢三十名。残りは、死んだか動けなくなって中に取り残されていた。当初の人数四十七名の内、実にその三分の一がふるいに掛けられたことになっていた。
とはいえ、当初壁の内側でいたとき、彼等は誰もそれほど目立った動きをしていなかった。皆が皆、参加者が多過ぎると感じていたが、数を減らすきっかけを誰もつかめていなかったせいだった。ところがそんなとき、何気なく天を仰いでいたところ、折良く向こう側から攻撃を仕掛けてきてくれたことは寧ろ歓迎するところだった。それにより彼等はすぐさま本性を現すと、誰ともなくひとりが人減らしを実行に移し、旨く行ったと見れば他の者も連鎖で続いた。
そんな彼等がやったのは、いじめっ子ややんちゃ坊主仲間が面白がって理由もなくする悪ふざけ、即ち、わざと相手を危険な目に陥らせて、相手が困ったり苦しんだりする様子を見て喜ぶという遊びに非常に良く似ていると言っても過言でなかった。ちなみに、この時の危険な目に陥らせるとは、戦闘ヘリの攻撃の的に晒すことで。そのとき、優先的にいけにえにされたのは、身長が低い者、大人しそうな者、生意気そうな者、病弱に見える者、老人や女や子供だった。そしてそこには、後々強敵になるかも知れないと、顔が知れた有名人が付け加えられていた。
これらの行為は特殊部隊が侵入してくる間際まで続いていたのだった。
訓練が始まって四十分を回った頃。もうその頃になると、演習エリアの個々の陣地で、先ず出番がないなと思いつつ待機していた兵士達にも、(その内、およそ半数は女性の兵士で占められていた関係で)動揺がないと言えば嘘だった。みんな戸惑いを隠せず、沈痛な表情だった。だが兵士である以上は、もはや覚悟を決める他なかった。
それをはっきり決定付けたのは、もう既にあちこちで原因不明の爆発や火災が発生していたこと、負傷者も死者も多数出ていたこと、相手がかなり手ごわいと実弾が使用されたという連絡を受けていたこと。そして、このままの生半可なトラップや待ち伏せだけの生緩いやり方、――綿密な計画の元、相手を百パーセント、監視状態に置いた上で、じっくり追い込みながら進路を絶ち、最終的に生きたまま捕える作戦――では捕まえることができないと、生死にかかわらず捕えるべしと命令が切り替わっていたからであった。そこには、どんな事情があろうとも、赤の他人に訓練を披露している以上、流暢なことは言っていられないという苦渋の決断があった。
後は、この日に限って、予期していなかった異常現象が演習エリア周辺において見られたことが影響していた。
事実、湿地帯を取り巻く周辺では、ユスリカ・やぶ蚊・ハエといった小さな昆虫の大群が、普段では考えられないくらい異常発生していた。それは前方が見えなくなるくらいだった。おまけに、たき火の傍でいるのかと思うぐらい辺りが暑かった。しかもカラッとした暑さではなく、熱帯雨林のジャングルにいるような蒸し暑さだった。そして、湿地帯から考えられないくらいの濃いもやが発生して、ほとんど見通しが利かなくなっていた。
一方、周りに何もない見通しの良い周辺では、空の中ほどに突如出現した雷が、音も無くひっきりなしに地面へ向かって走って、華麗な火花放電の世界を見せつけていた。さらに至る所で激しい旋風が舞っていた。あと、景色が茶色や紫色のフィルターがかかったような色彩に突然変化したり、原因不明の自然発火が起こったり、光の柱や火の玉が空中に現れたりと、夢でも見ているのかと思われる超常現象が発生していた。
そして、岩あり谷ありブッシュありの変化に富んだ周辺では、晴天の空が急に曇り、突風が吹いたかと思うと、目を開けていられないほどの通り雨に一時見舞われて、地面はすっかりぬかるんだ状態になっていた。
時間が経つにつれ、至る所から手りゅう弾が破裂する音、小型のミサイルや砲弾が飛び交う音と炸裂音、機銃音、ライフル音、ヘリの騒動しい音。それらが複雑に入り混じった音が周辺に響き渡った。そこはまさに、広告の公示通り、銃弾が雨あられと降る世界だった。どうやら、情勢は混とんとして、収拾がつかぬ方向へと向かっているようだった。
そして時間がやって来たとき、思いもよらない結果が待っていた。三人どころか十人近い者達が、三つのルートからゴール地点へ駆け込んでいたのである。
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