第50話 荒れた大地へ祝福を

 そういえば、昨日は何も食べずに寝てしまったので、お腹が空きました。

 この辺りにも、まだ動物は生息しているはずです。


 天気も良いことですし、狩りへ行って、まずは食事をとることにしましょう。

 夜は冷え込んでいましたが、今朝は陽が差してポカポカと暖かい感じがします。


「あれ? リズさん、何してんの……?」


 クルス様が、眠そうな顔で起きてきました、


「お腹が空いたので、ちょっと狩りにでも行こうと思っていたんです」

「そっか。じゃあ僕も手伝うよ」


 クルス様は、あくびをしながら井戸の方へ歩いて行きました。


 そういえば、子供の頃はお母さんがよく森は危険だから近付いちゃダメと言っていましたっけ。

 魔物が出るというので、あまり人が近付かなかった森です。

 今では私も成長しましたし、クルス様も一緒ですので心配いらないでしょう。


 出掛ける準備が済んだら、いよいよ狩りへ出発です。


「では、私は動物を狩りますので、クルス様は魔物が出たらそちらをお願いしますね」

「リズさんって、結局いつまでも僕のことは“クルス様”なんだよな。“クルス”とは呼んでくれないの?」

「そうですね……いつか、そう呼べたら良いなとは思っています」

「そっか……。まあ、焦らずゆっくりで良いよ」

「それに、私がクルス様をそう呼ぶのは尊敬している証ですから」


 そう言うと、クルス様は顔を赤く染めて、必死に剣の素振りを始めました。

 そんな彼を見て、私も思わず笑みが零れてしまいました。


 本当にクルス様と恋人のようになれたら、それはどんなに素敵で幸せなことでしょう。

 いつか、アステア国が復興したら、その時はきっと────。


◆◇◆◇


 狩りは順調に進み、二人で食べるには充分な収穫となりました。


「この蛇も食べられるのかな?」

「野兎も獲れた事ですし、それは無理して食べなくても……」


 森に出現したブルースネイクというモンスター。

 クルス様によってあっさり薙ぎ払われてしまいましたが、こんなにも巨大な蛇が森には生息していたのですね。

 それにしても、思ったよりも動物を狩ることができました。

 これもクルス様に手伝っていただいたお陰です。


「焼いたら美味しそうなんだけどなー……」


 その蛇は食べませんから。ね? 捨てていきましょうね?

 な、なんでそんなに名残惜しそうなんですか……魔物ですよ、それ。


 狩りを終え、家へと戻り、早速取れた食材達を調理してスープを作りました。

 お肉ばかりではバランスが良くないので、道中で摘んだ野草も加えてあります。

 塩などの長持ちする調味料はこの家にも多少は残してありますし、持ち合わせた香辛料もあってなかなかの出来栄えになりました。

 これならクルス様にも満足していただけるかと思います。


「やっぱり、リズさんは器用だね。このスープ、ほんと美味しいよ」


 良かった。お口に合ったようで何よりです。


 ほどよくお腹も膨れて、洗い物も済ませました。

 準備も整いましたし、いよいよ、あの丘へ向かおうと思います。


◆◇◆◇


 クルス様と一緒に、丘の上の草原だった場所へやって来ました。


「そんな……」


 しかし、そこに広がっていたのは、草花のほとんど生えない不毛の大地でした。

 かつての光景はそこには無く、深く抉り取られた跡があり、捲られたように広がる土壌に紛れ僅かに残る白詰草だけが、ここに草原があったことを物語っていました。


「リズさん……」


 精霊に会えなかったことよりも、思い出の場所が無くなってしまっていたことの方が、私には堪えました。

 マリーとの思い出──ディア様との出会い────。

 ここには、私にとって大切な思い出がたくさんあるのです。


「こんなことって……」

「ここにも魔物達の手が伸びていたのか……」


 ただ立ち尽くすだけの私に、腕輪からウィストモスの声が聞こえてきました。


『主よ。私の力は土の力。私の力があればこの大地を蘇らせることは可能だ』

「本当ですか……? 【ウィストモス】──お願い! どうか、この大地を蘇らせて下さい!」


 右腕の琥珀色の精霊石から、光が放たれました。

 そこから生まれた土の巨人は、荒れ果てた地の土壌を作り変えていきました。

 目の前に、あの頃と同じような大地が蘇っていきます。


『もし土地を豊かにする力でもあれば、国の再建にも役立つかもな────』


 この光景を見て、ふと、ロデオ様が言った言葉が頭をよぎりました。


◆◇◆◇


 ウィストモスのお陰で、荒れ果てた大地は蘇りました。

 きっと、またいつか……この地に蓮華の花が咲き乱れるでしょう。

 

『主の思う以上に、自然の力というものは強いのかも知れんぞ』

「それは、どういうこと?」

『私には感じた。この地に眠る、力強い生命の力を。さあ、水の精霊を呼ぶがいい』

「……わかりました。【カペルキュモス】」


 ウィストモスの言う通り、私は水を司る精霊を呼び出しました。

 光が、慈愛の精霊の姿を象っていきます。


『優しき主よ。土の精霊により、大地は蘇りました。では、私はこの地に潤いを与えましょう』


 カペルキュモスが、そのしなやかな腕を高く掲げました。

 大地に潤いの雨が降り注ぎます。


「リズさん、あれ!」


 蘇った土壌から、小さな芽が発芽しました。それは、みるみるうちに全体へと広がって行きました。


「クルス様……。私は、夢でも見ているのでしょうか……」


 緑に染まった大地は、次に一斉に花を開花させました。

 そして、目の前に蓮華の花畑が広がって行きます。


「奇跡だ……」


 これが、精霊の力……。

 思い出の場所は、精霊達の力により息を吹き返しました。


「ウィストモス、カペルキュモス……あなた達は、こんなにも素晴らしい力を秘めていたのですね!」

『優しき主よ。貴女が私達の主で無ければ、この奇跡はあり得なかったでしょう。そして、この奇跡は、もう一つの奇跡を起こしたようです』


 カペルキュモスはそう言うと、ある一点を見つめました。

 途端、丘の上に強い風が吹きすさびました。



 蓮華達が揺れる中、風をはらみながら舞い降りてくる一筋の光────。


『主よ。あれが、四大精霊の最後の一柱、風の精霊だ』


 光の中心には、深い緑を称えた精霊石が浮かんでいました。


 装飾も何も無い純粋な精霊石。

 それは、晴れ渡る空の下でも、はっきりとわかる光を放ち続けています。


 綺麗な花畑を好むという世界を渡る精霊───それが、私達の目の前に現れました。

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