やだ
*
*
*
【修のターン】
「ねえ、修ちゃん。何考えてんの?」
理佳のクリクリした瞳が俺を興味深げに覗きこむ。
そうだ、この可愛すぎる顔に騙されたんだな俺は。
「……オーストラリアにワーキングホリデー行ったところまで」
「えー、ブラジルでしょ?」
「き、貴様……」
「でも、こんな可愛くて綺麗なお嫁さんもらえたんだから。プラスでしょ。総じてプラス」
……果たしてプラスだろうか。あの後も、すんなり付き合えると思ったらいろいろ大変な思いして総合するとマイナスだと思うんだが。
そう反論しようとして横を見ると右手に凛ちゃん、左手にヨモ、そして理佳が満面の笑顔で立っていた。
そんな幸せな光景を見てしまうと、妻の主張に納得せざるを得ない。
「まあ、お前のおかげでポルトガル語と英語、両方話せるようになったしな」
少し皮肉交じりに言ってやると、
「エヘヘ……」
ほめてねぇよ。どんだけ感情ぶっ壊れてんだ貴様は。
「はぁ……明日は日曜なのに仕事かぁ。だっるいなぁ」
「そんなこと言ってないで、頑張ってきて。牛馬のごとく。牛馬のごとく」
もうちょっと、いいよう、あんだろうが。
「パパ―、頑張れー。牛馬のごとくー」
凜ちゃん……ママの真似、メッだよ。
「理佳、なんかさぁ。もっと励ましてくれる感じはないわけ?」
贅沢は言わない。お前に甲斐甲斐しい様なんてことは言わない。でも、せめてもうちょっと可愛らしくなんか言えないもんかねぇ。
「……キスしてほしいの?」
なんでだ!
「ほしいの?」
凜ちゃん……他の男の子に行っちゃ、メッだよ。
「そういう事を言ってるんじゃなくてな……」
「してほしくないの?」
……その可愛らしい声で、なんてことを言う女だ。
「そりゃ……その……アレだけど……」
「アレって?」
「アレってー?」
凜ちゃん、真似しないの。
「お前……そんな子どもの前でそんな……」
「……あーあ、修ちゃん変わっちゃったなぁ」
理佳が唇を尖らせて、両手を後頭部に当てた。
「……ちゃったなぁ」
おい、お前、子どもへの影響を考えろ。
「どこがだ。言っておくが、俺は全然変わってないぞ」
はっきり言って、お前に対する思いは変わっていない。どんなにいたずらされても、どんなにからかわれても。嘘つかれてオーストラリア行かされたとしても、トレンディというあだ名を陰でつけられてても、おにぎりがたまに砂糖でも、ゆで卵しか入っていない時があっても。エイプリルフールだからって離婚クラスの嘘つかれても、にゃんにゃん動画流されても。
……俺は自分で自分を褒めたいよ。
「だって……昔はあんなに情熱的な告白してくれたじゃん!」
そ、それは……いわゆるあの告白のことを言っているのか。
「お前、そんなん。あの時は、若かったというか、なんというか……」
「……私、嬉しかったのに」
そう言って、下を向いて悲しそうにうつむく理佳。
お前、そんな顔されたら、もう悲しいじゃないか。
「でも、お前。俺だって、立派な大人で。それぞれ、年相応の愛情表現があるんじゃないか?」
叫ばなくても伝わることがある。大学生の時にはわからなかった。たとえ、『好き』と言わなくたって、『愛してる』って毎日言わなくたって。俺が、お前をどんなに想ってることか。
「うん……わかってるよ。でも、たまには叫んでほしい。ギュッと抱きしめてほしい。そんな風に思うのは、私の……我儘なのかな」
……もう、俺の負けだ。いや、最初から惚れた女には勝てやしないのだ。
……フーッ
「俺は――――――! 理佳のことを! 世界中の誰よりも! 愛してる――――――――! 好きだ――――――――――――!」
全力で叫んだ。
「……フフッ」
嬉しそうに微笑む理佳。
「はぁ……はぁ……理佳、キス……しようか」
「……やだ――――――――――――――――――!」
貴様、ぶん殴るぞ。
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