いちご狩り


 昼食中のテラス。いつもの三人組で集まって、ハンバーガーを頬張る。


「で! 修君のメールに関してはなんて返信したわけ?」


 留美がポテトを食べながら聞いてきた。


「してないよー」


「えっ! あれから結構経ってるのに!? なんで! あんたなんでアドレス教えたの? 他の男の子たちとの違いはなんなの!?」


「フフフ……私はそんなに軽くない女なのだよ」


 サラダおいしー。


「留美、この子の性格を知ろうとしても無駄よ無駄。そんなことより、今度、私と岳君と、修君と里佳の四人でどっか行かない?」


「いーよー」


「「えっ!」」


 あっ、このオレンジジュースおいしー。


「里佳……あんた行くの?」


 留美は信じられないほど怖い表情をした。


「うん。ねえ、どこにする? どこにする? 私、長嶋スパーランド行きたい」


「あんた、トレンディのことどう思ってるの? 好きなの? 好きじゃないの?」


「んー、好き!」


「「嘘!?」」


「うっそー……ただだだだ!」


 両脇からダブルでほっぺをつねられた。


「その最悪な性格直さないと、あんた絶対に幸せになれないよ。里佳、私はオーストラリア行く前にあんたの幸せな顔を見たいわ」


 留美はそう言いながらレモンティーのストローに唇をつけた。

 昔から、こんな性格だったからそう簡単に直せないことは真奈も留美もわかっている。幼稚園から大学までほぼ一貫校だったので、友達もほとんど同じで変わらなかった。

 いや、むしろ真奈や留美が私のような人格を形成した一員になっているのも紛れもない事実だ。


「……そんないい女風に言われても、ハッキリ言って全然意味ないから。誰もいないし」


「真奈、こいつ殴っていい?」


「許す」


 一通りぶたれた後、あれやこれと乙女談義に花咲かせている最中、真奈が嬉しそうに携帯を眺める。よっぽど岳君のことがお気に召したのか、全く可愛い乙女である。


「あっ、里佳。いちご狩りにしたから今度のデート」


「なぬ!?」


「えっ……だってどう考えたってデートでしょう? 言っとくけど、あんたはもう了承して――」


「いや、そんなことより、いちご狩りって何が楽しいの?」


 さっき、私がアレコレした提案はなんだったのか。いちご狩りの『い』の字も言っていないのに……了承する前に、すでに決まっていた匂いがプンプンする。


「えーっ、楽しそうじゃんいちご美味しいし」


「真奈そんなに……いちご好きだったっけ?」


 この空手女は肉を嬉しそうに頬張っている記憶しかない。


「いや、まぁ……好きか嫌いかと言われると好きよ」


 なぜか動揺し、モゴモゴしだす。


「どっちかと言えば『好き』なものをわざわざ狩りに行くの? 何のために?」


 グイグイ問い詰めると、真奈の顔が曇った。


「私だって知らないわよ! でも、リア充女子はいちご狩りを好むものなのよ。そして、男子はいちごを美味しそうに頬張るリア充女子を好むのよ!」


「……どんだけ可愛い乙女よあんた。バーベキューとかでいいんじゃない? 肉が嫌いな人間はこの世にはいないでしょう?」


「駄目よ! 絶対駄目! 私が一○歳の頃からずっとボーイスカウトやってたもん。軍曹張りに仕切れちゃうんだもん。そして、モタモタしてたら……絶対回し蹴りが飛んじゃう」


 それは……駄目ね確かに。修君が、一瞬にして回し蹴りを喰らうイメージが浮かんだ。それを岳君が目にしてドン引きしまくると言う笑えない光景だ。


「ええーじゃあ、長島スパーランドとかでいいじゃん! 長島好きじゃん真奈も」


「駄目よ! 私、絶叫系大好きすぎてメチャメチャ絶叫しちゃうもん! それに、『怖くて乗れない』とか言い出す男子をつい踵落としで絶叫させちゃう自信があるんだもん!」


 そうね、あんたキラーマシンだものね――と心の中でツッコむ。

 修君が真奈から踵落としを喰らって、岳君がドン引きする光景……なぜか、被害に遭うイメージが修君で少し笑える。

 それにしても、真奈が最強過ぎて岳君はこの先苦労するんじゃないだろうか。

この子の泣いてる光景だけは見たくないかなーーと密かに思ったことは、綺麗に心の中にしまっておいた。


          ・・・


  いちご狩り当日の待ち合わせ場所の瀬戸駅。真奈と私の最寄駅に岳君がわざわざ車を回してくれるらしい。


「里佳……正気?」


 真奈が私の恰好を見て、睨んでくる。


「なんか変?」


「変……と言うよりなんでジャージ!? いつもの可愛らしい恰好はどうしたのよ!」


「フフフ、これぞ大人女性の気遣い。ダサい修君に合わせることによって、彼を周囲から浮かせないと言う私の優しさが――」


「寝坊したんでしょ?」


「そうざんす」


 起きたら約束時間15分前。寝癖そのままに歯磨きして、顔洗って出てきた。


「はぁ……どうすんのよ! 私、ばっちり気合いメイクしちゃったじゃない。私だけ異様に気合入ってるみたいじゃない! 私だけ異様に気合入ってるみたいじゃない」


 真奈は二度同じことを言った。現に真奈はミニスカートに、ハイヒール。この真冬に乙女の思考回路はどうなっているのだろうか。


「いいんじゃない? 気合入ってた方が可愛いって。私なんてノーメイク、すっぴんで」


「……そーゆーとこ、嫌いなのよ! すっぴんに自信あるからそんな真似ができるのよ。私なんて……私なんて……」


「まあまあ」


「……」


 あっ、すねた。

 すっぴんに自信がある……私もそーゆー訳でもない。単に、小さい頃からやっていたバレエの練習で、ずっとノーメイクだったので普段からそんなに抵抗がないだけだ。

 真奈も空手だったので、メークにはさほどこだわりはなかったが、大学に入ってめっきり女の子っぽくなった。留美は元々お洒落だったし。今は、高校の頃とさほど変っていない私だけが取り残されている気がしている。

 でも、これからいちごを狩りに行くのだ。狩りと言うからには少しくらい汚れるような恰好をしなければいけない。なのに、真奈ったら、そんなにおめかしして。

 そんな風に自己弁護した。

 修君はどんな格好で来るのだろうか。また、変な格好だったら面白いけどそれで、長時間一緒にいるのは少し恥ずかしい気もする。


「でも、里佳。本当にちょっとぐらいメイクした方がいいんじゃない? 修君、きっとガッカリするよ」


「……真奈、少しでも気合いいれさせようと必死ね」


「るさい!」


 とツッコミが入ったところで、真奈に色々借りて駅のトイレでメイクさせて貰う。もう、あと十分で時間だが少しぐらいは大目に見てくれるのだろうか。


           ・・・


 駅を出ると、すでに修君と岳君が真奈と一緒にいた。

 びっくり……修君の恰好が……まともだ。


「あっ、里佳―」


 いつもより少し高い声の真奈に思わず吹き出しそうになる。きっと、彼女は岳君に恋をしているのだろう。

 でも、私はどうなんだろう。

 いつもと、まったく変わらないテンションで、特にドキドキもしていない。みんなで一緒に遠出するのは楽しみではあるが、それはきっと恋じゃない。

 それなのに、きっと私を好きな修君を振り回していていいのだろうか。


  車内。出発してから一時間が経っただろうか。

 なんだろう……修君は見ていて、飽きない。


「ねぇ、修君は何の音楽を聴くの?」


「音楽……み、ミスチル……とか?」


 な、なんで疑問系なんだろう。


「嘘つけ! お前、最近アヴリルばっかだろう!」


 し、しかも否定されてるし。意味不明な嘘が全くもって意味がわからない。


「ミ、ミスチルも聞くよ」


 その弁明はどこか弱々しげだった。


「アヴリルいいじゃん。私も好きよ」


「……」


 あ、あれっ。黙っちゃった。


「そ、そーだよね。彼女、一見ガーリッシュに見えるけどその歌声と音楽には本当に力があっていい曲ばっかりで。あっ、里佳ちゃんあれ聞いたことある? もちろん、コンプリケイティドじゃなくて同じアルバムに重力されている最後の方の曲なんだけど……」


 メチャメチャ話し出したー!

 それから、しばらく彼の熱弁を聞き続けること数分。『ま、まぁそんなに好きでもないんだけどね』と完全な嘘の枕詞を添えて会話が終わった。

 

 さらに一時間後、苺狩りのビニールハウスに到着した。


「あんた……苺狩りナメとるやろう」


 陽気だが容赦のないおっさんに真奈のハイヒール姿を批判されているのが笑えた。

 道具を借りて、苺を食べること一〇分。

 あ、飽きた。苺ばっかり食い続けられないよ。


「美味しいー、めっちゃ美味しい」


 みんなの手が止まるのを見て、場を盛り上げるためモンスターのようにいちごを頬張る真奈。とりあえず、刈った全ての苺を完食した。


「いやぁ、姉ちゃん。いい食いっぷりだねぇ。ほれ、お代わりだ。どんどん食って」


 そう言って、ドッサリと苺を受け取った真奈。引きつった声で「やったぁ」と全然嬉しくないかけ声を聞いた時、


「大丈夫?」


 と、岳君が真奈に声をかけていた。

 やはり、気が効くなぁ。真奈ともいい感じだし、これなら素直に応援してもいいかもしれないなと思いながら隣を向くと、取りすぎた苺を何とか完食しようとしている男がもう一人いることに気づいた。


「……ねぇ、修君。美味しい?」


「うん……お゛い゛し゛い゛」


 嘘つけ!


「じゃあ、コレもあげるね」


 と残ったいちごを全部あげると、「……やったぁ」と先ほど真奈が浮かべたような引きつった笑顔を浮かべた。


 何だろう……この人、やっぱり楽しい。





 

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