その後


【理佳のターン】


 合コンが終了して四日が経過していた。南城大学のテラスではハンバーガーを頬張りながら真奈と留美で昨日の反省会を行う。随分遅くなってしまったのは、留美と真奈が割合忙しかったからだ。割合のんびりとしていた私は、こんなことじゃ駄目なんじゃと焦燥が少し。


 三人ともメールを頻繁にかわすタイプでもないので互いの報告をするのも今日が初めてだ。


「で、里佳。トレンディとはその後どうなったの?」


 留美が興味津々で聞いてきた。


 その後、修君のあだ名論争が勃発し晴れて彼は『トレンディ』となった。他にも『遭難者』とか、『ボロ』とかが候補に挙がっていたが、コソッと彼を探して観察すると意外にもマトモなダサい格好をしていたので。


「どうなったの……ってすぐに帰ったわよ」


「ええっ! あの恰好の人と? よく歩けたわね」


 留美はファッションに詳しく毒舌だ。


「まあ、私はあんまり気になんないから。面白かったし」


 いちいち私の反応に右往左往していた感じが少し可愛かった。


「へぇ……ああいうのがタイプなの?」


「全然」


「……だよねぇ。でも、里佳。ここ最近で一番楽しそうじゃなかった?」


 真奈に尋ねられて、昨日のことを思い返してみる。


               *


合コン会場にて。


 修君、なんて……ビールをまずそうに飲む男だろうか。毒でも飲んだかと言うほど悶絶したような表情を浮かべていた。


「……ああ、うまい」って嘘つけ! と修君に心の中で突っ込んで楽しんでいた。


「修君はビール好きなの?」と言う問いに「えっ、うん。ビール……大好き」って嘘つけ! 「じゃあ、もっと飲んで」と言って間髪入れずについであげた。


「あ、ありがとう……っぷは-……ゲプッ……お゛い゛じい゛」って嘘つけ! 今にも、ゲロ吐きそうな感じだったじゃないか。まったくもって理解不能な意味不明な嘘だった。


「へぇ。初耳だけどな、修がビール好きだなんて。俺は根っからのカルーアミルク派って言ってただろう?」


 幹事の……確か岳くんがニヤニヤしながらツッコミを入れられ、耳まで顔を赤らめながら、


「最近は……ビールなんだ」


 ともの凄くまずそうにビールを一気飲みしていた。


 なんだろう……この人、面白い。すっごく、面白い。


 ルックスは悪くない。身長も高いし、普通ならモテる部類なんじゃないだろうかと推測してみる。それを破滅的なセンスの無さが絶妙に恰好悪く、そして面白く仕上がっていた。


               *


「なーに、ニヤニヤ思い出し笑いしてんのよ」


 真奈に突っ込まれて我に返った。


 そう言えば、あんなに楽しかった合コンは今までなかったかもしれない。別に特別恰好よかったわけでも、面白かったわけでもない。


 それでも、誠実な感じは見てわかったし不器用さもちょっと魅力な男の子だったかなぁ。


 携帯を開いて、先日送られたメールを確認してみる。


『吉木 里佳さん。昨日はありがとう。とても楽しかったです。また飲もうね

 橋場 修』


 プッ……何この堅い文章。なんか面白い。


「げっ! これ、修君からのメールじゃん。あんた教えたの?」


 無遠慮にメールを覗き込む留美。


「うん。別れ際、聞かれたから」


「……正気?」


 留美の発言にはまったく容赦が感じられない。


「今までの合コン相手には教えなかったじゃない」


 そう言えば、そうだっけ。


 なんでかと聞かれると、なんでなんだろうか。自分でもよくわからない。


 まあ、今思い返すと一回目は教えてもよかったかなぁと思う。二回目以降は論外だったが。


「でっ! なんて返すの?」


 真奈がワクワクした様子で聞いてくる。


「んー……とりあえず返信してない」


「「え゛っ!?」」


 二人の頭の上に疑問符が見える。


「なんか……面倒くさくなってきちゃった」


「まだ何にもしてないのに!? 酷くないそれ」


「世間はまっこと厳しいのでござんす」


「何がよ……あんたが頭おかしいだけじゃない。じゃあ何でアドレス教えたのよ!?」


「うーん……酔っ払ってたのかな?」


 なんでだか、私にもわからない。そして、出てくる言葉はいつもの軽口だった。


「……あんたいつか、刺されるわよ。ほらっ、今暇でしょ!? メールなさいよ」


 そう、以外にも真面目な留美にせかされるが……うーん……なんて書こうか。


『里佳です、この前はありがとう。私も楽しかったよ』


「こんなんでどうざんしょ?」


「……冷たすぎない? あんた、いったい何がしたいの?」


「どこが? ちゃんとお礼だって書いてるし」


「また飲もうって言ってくれてるんでしょう? それをサラッとスルーして。社交辞令でも『いいよー、また飲もうねー』とか添えるのがマナーってもんでしょうが」


 フムフム


「……はい、添えたよ」


「そのままじゃない。あんたって本当によくわからんわ」


 で……送信……っと。


 自分でもよくわからないんだから、他人にそう簡単にわかられてたまるか。そんな風に自己弁護した。


「……トレンディ、絶対好きよあんたのこと?」


「うん……私もなんとなく、そう思う」


「はぁ。あんたって本当に酷い女ね」


 留美は、不機嫌そうにそっぽ向いた。


「で、いつ行くのワーホリは?」


 そう聞くと、


「春。オーストラリア! 最初はフェリス学園でねぇ――」


 すっかり不機嫌さを吹き飛ばして振り返る留美の希望に満ちた表情を見ると、なんだか嬉しいような、少し置いてけぼりされたような……


「あと、四ヶ月かぁ。留美との縁も」


「……何? あんた友達関係も解消しようって訳?」


 すかさずツッコミが入った。


「でも、語学留学でも良かったんじゃない?」


 やらしい話、留美の家も貧乏でもない。むしろ日本では相当裕福な部類に入るんじゃなかろうか。


「駄目よ。私は働きたいの。いつまでも親に養われるわけじゃないんだから。一生働く国が日本しか選べないなんて、私にとっちゃ地獄だわ」


「……」


 留美の言うことは相変わらず容赦がない。もちろん彼女に悪気はない。悪気はないが、私の心にそれはサクッと刺さる。


 高校三年の12月8日、忘れもしない『リメンバーパールハーバー』のニュースがやっていた日、すでにパリへの留学が決まっていた時に私の足がポッキリ折れた。再起不能……とまではいかなかったが、一歩手前の全治半年の複雑骨折で私の夢は無残にも折られてしまった。


 もちろん、再起不能の一歩手前だ。完全に立ち直れないかと言えば、そうではなかったが元々才能に溢れている選手でもなかった。才能のある選手と練習量で渡り合うようなタイプだったので、怪我のショックも大きかったんだと思う。


 めでたく、夢を見事なまでに折られてしまった私はしばらく……と言うより一年ぐらい抜け殻状態だった。


 立ち直ったのは最近で、落ち込む真奈が懲りずに私を外に連れ出してくれたことも大きな要因であったのだろう。


 人は何歳でも夢見てもいいじゃないか、世間ではそんな綺麗ごとがまことしやかに流れているが、私はそうは思わない。


 私にとって夢は一つだけだった。そこに、自分の努力も、愛情も、時間もすべて注いだ13年間だった。これだけの熱量を人生の中で消費できる出来事があるとは思えないし、実際に今も見つかっていない。


 夢の残骸を抱えて、生きていくのは辛い。だから、トゥシューズを物置にしまい、忘れることにした。昨日までの私を忘れて生きていくのだ。そう決心した大学二年の夏。バイトも始めたし、お洒落もし出した。


 しかし、やはり13年間の世間知らずブランクはそう埋まらず、真奈や留美以外の人とはうまく喋れない。特に男子となんて未知の世界だ。


 正直、修君があまり話さなくて助かった。『小説が趣味』とのたまっては見たものの、本当は趣味なんて、ない。最近、真奈に薦められて東野圭吾の『容疑者Xの献身』を読んだことがあるので、それを言ってみたまでのこと。『えー、俺も小説好きなんだ他に何読むの?』なんて言われた日にゃ、中学校の教科書で載ってた『クラムボン』です、と恥ずかしい想いをせねばならなかった。


 私は今後、留美のようにキラキラした瞳で話せるような日が来るのだろうか。真奈のように、ソワソワしながら彼からのメールを待つような日が。

 







 

 

 

 


 

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