自転車


【夫のターン】


 本日、会社で通勤制度が変わった。自転車通勤に切り替えれば距離が1キロにつき、2000円の交通費が出るというものだ。我が家から会社まで8キロあるので、月額16000円。車で通勤すると補助として4000円余り。自転車で通勤するだけで、なんと12000円も浮くのだ。


 ――という話をした翌日の通勤時間。


「……なぜ自転車が?」


 整備されたママチャリを眺めながら尋ねる。


「ヘヘ……友達に貰ったの!」


 俺が聞きたいのは、自転車をいただいた経緯ではないのだが。


「里佳、俺は一言も自転車通勤をするとは言ってないぞ? ただ、会社にはそのような制度があると世間話的に言ったに過ぎないんだよ」


「ええっ! だって凄く得だよ!」


「お前はな!」


 俺に1000円でも還元されれば考えてもいいが、妻からそんな気配は毛頭感じない。恐らくは家計か奴のへそくりになって終わるのだろう。


「健康にもいいよ! 修ちゃんの3段腹にもちょうどいいよ!」


「おい……掴むな掴むな」


 まあ、確かに運動不足というのはあるかもしれない。基本的にはデスクワークなので、たまには身体を動かしたいのもあるし。


「うーん……でも、雨の日とかも車ダメなんだよ。そんな時は電車通勤やカッパ着て出社しなきゃダメだし、特に冬は寒そうだし」


「大丈夫だよ! カッパがあれば十分だよ!」


「……お前、さりげなく雨の日の『電車通勤』という選択肢を消したな?」


「まあ、とくかく行ってらっしゃい。なんでもやってみないと、やれるかどうかなんてわかんないし」


「まあ……そうだな。まあ、一回行ってみる」


「うん! 行ってらっしゃーい」


 妻に見送られるがまま、自転車を漕ぎだした。


                ・・・


「ただいまー」


 や、やっと家に帰れた。


「おかえり! どうだった?」


「いや、ちょっと辛いわ。寒いし坂は辛いし。やっぱり、俺は車の方が――」


「もうないよ!」


                ・・・


「ん?」


 なにを言っているか、よくわからなかった。


「お義父さんの家に預けてきた! 平日使ってくださいって!」


 妻は女神のような微笑みを浮かべる。


「な、なんで?」


「だって使わないじゃん」


「使うよ! 明日から会社へ車で行くんだから!」


「自転車があるよ!」


「……っ」


 お、恐ろしい……最初からその気だったんだ。


「でね! お義父さんがレンタル料くれるって! 月額1万円」


「……っ」


 お、恐ろしい……俺が自転車で通勤して俺の車を親父に貸すのに、なぜか俺の懐にはびた一文入ってこないシステム。






 これが、家庭の墓場というやつか……




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る