第35話 人に近づくこと



 人にはそれぞれ自らを守るためのテリトリーがある。

 心を許した人間にはその警戒ラインは狭まり、よく知らない人に対しては広がる。所謂、パーソナルスペース

 好ましいと思う人は招き入れ、嫌だと思う人は遠ざける。


 それはごく自然の行動であって、いちいち意識して行うものではない。

 こうした人と人の距離感については、概ね好き嫌いの観点から取られる距離についての議論が多い。

 まさに上述のパターンのとおりである。

 しかし、この論理で言えば距離感とは別の形で好意的な感情を抱かせない限り、近づけないことになる。

 確かにそうした地道な積み重ねによるアプローチを取る人は少なくない。

 しかし、うまく距離感を縮めることが可能であれば、そのことがイコール行為に結びつくことも決して少なくない。


 人は他者に対する好意的感情を、単純に頭の中の思考による判断のみで決定しているわけではない。

 距離感も好意的感情の結果決定されるものではなく、おそらくは一体渾然とした状態で認識されている。

 逆に言えば、距離感を近づけることは好意を高めることとも一致する。

 だから、他人の好意を得たいと思えばどちらかと言えば距離を近づけて接触するように心がけた方がよい。

 スキンシップが多くなるほど、心理的距離は縮まるのだ。


 もちろん、無制限にベタベタすれば良いというわけではない。

 他人のテリトリーに土足で踏み込むような真似は、一定の閾値を超えることで強烈な嫌悪感を引き出すだろう。

 それを畏れるからこそ、人は容易に他人に近づくことができないと言うことが生じることにもなる。

 しかし、できることならば多くの人たちと近しい関係性を築きたいと考える人も少なくはないだろう。

 では、テリトリーに踏み込むときに嫌悪され難い方法はあるのだろうか?


 それは、一つに同質性の確保があると思う。

 似たもの同士、あるいは仲間的な関係と言っても良い。

 何も無しに異質な存在が近づけば、通常本能的な防衛反応が生じるのものである。

 特に似た感性の友人が多くいる中で異質な存在が接近すれば、明らかに異質さは際立つであろう。

 その異質さが、当人の好むものであれば良い方向に働くこともあるだろうが、好むものでなければ異質さは拒絶の理由として用いられる。


 要するに仲間として受け入れてもらえれば良いわけだ。

 ただ、それは男女関係であっても友人関係であっても会話により関係性を深めていくということで言えば、当然の内容であって取り立てて言うほどのことではない。

 趣味など同じくするものが徐々に近しい関係になっていくことはごく一般的なものであろう。

 相手に好かれたいと思えば、相手の趣味や好きなことを知るのは第一歩である。

 これは、相手に自分自身を近づけていくと言う意味での同質性の追求でもある。


 だとすれば、こうした状況をうまく利用して関係性を高める方法を考えればよい。

 その一つとして、ボディタッチがある。

 触れるということは、視覚や聴覚以外に触覚を通じてもお互いを認識する行為である。

 もっとも、先ほども触れたが異質な存在が触れたとしても、拒絶感が出てくることは多い。

 だとすれば、環境を軽い接触が違和感ない状況に置けばよい。

 例えば酒の席や、何らかのイベントなど、多少の接触は当然と思える環境である。

 その上で、趣味や性格の同質性ではなくそのイベント等における行動の同質性を追求するという方法がある。

 要するに一体感が感じられれば、それは何も趣味などに限る必要もない。


 まずは、座り方や仕草などを似せるという手もある。相手が髪をいじれば自分もいじる。

 相手が飲み物に手を出せば、自分も出す。などの行為をわざとらしさをなくせれば、それだけで親近感を抱かせるにプラスとなるだろう。これをミラー効果という。要するに行動の同質化により、感情の同質化を誤認させる行為とも言える。その結果、相手に触れるという行為が短時間に可能となる。

 もちろん過度の接触は反発を生む可能性があるため、そのバランスに注意を払わなければならないものの、通常の環境とは異なる状況下ではいつも以上に積極的な行為が許容される。


 そして触覚を含めた経験は、これも距離が近づいたことを持ってテリトリーを緩和する効果を発揮する。

 ただし、これもあくまでレベルの問題であって、相手が拒絶感を弱めたからと言って一気に深く接近できるわけではない。あくまで程度問題であることを認識する必要はある。

 ただ、相手側が誤認ではあっても近しい存在と意識してくれれば、こちらが相手側に合わせるのではなく相手側を自分の感覚や感情に合わせる方向へ誘導しやすくなる。

 相手に合わせるのではなく、相手が自分に合わせてくれる。このレベルにまでなれば、おそらくそれなりの人間関係構築のテクニックが必要となるであろうが、一時的とは言えそれだけ親密になっているということでもあろう。


 よく、夏の海などでは開放的になるという話も聞くが、これも環境がそれなりの心構えをさせるという面があるのだろう。


 誰も嫌われることが怖くて接触避け、酒の力などを借りて逆に嫌がられる。。。なんて話も聞くだろうが、それは場所としてのメリットを生かしていないと考えることもできる。状況を生かしさえすれば、いろいろな可能性はあるだろう。

ち なみに、だからと言ってスタートラインに差がないわけではない。これら努力を最初から必要としない人はいくらでもいるのだから。


「人は共感を欲し続けている。でも、共感を利用する人も後を絶たない。」

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