第22話 恋バナは心理ゲーム



 なぜ恋バナを好きな人が多いのか?

 そこにはゲーム性という娯楽があるからだと思う。


 自らの恋バナを言う場合もあれば、人聞きのそれもあるだろう。

 そこにある構図は、


1)情報収集

2)情報分析

3)追体験

4)隠された情報の想像

5)全体像の推測


という流れのように感じられる。

 まずは、基本情報として友人がどのような恋をしているのかという情報収集である。

 この時点で、自己の情報を隠蔽したい人は、嘘を言うか恋バナを回避する。

 だから、相手の状況を見ながら出しても良いと自分が考える情報を公表し合う。

 もちろん、その情報が全てだなどとは誰も思っていない。


 だから、この恋バナで得た情報を自ら知る情報と照らし合わせて分析をする。

 口に出してする場合もあれば、お互いに情報交換する場合もあろう。

 このあたりは微妙な駆け引きだ。

 駆け引きに失敗すれば、自分の隠している情報に気づかれるかもしれない。


 この分析においては、相手の恋バナを追体験するという娯楽も味わえる。

 興味がなければそれでも良い。

 しかし、興味有る相手のそれを追体験できる貴重な経験でもある。

 その経験が新たに嫉妬を生み出すかもしれないのだが。。。


 分析結果より、隠されている情報に推理を巡らせる。

 話された恋バナはフェイクなのか?

 あるいはどの部分が事実でどの部分に嘘が混ぜられているか?

 答えを導くだけの材料はそろっているわけではない。

 だからこそ、想像がそれを埋める。


 その想像は、恋愛構造の全体像を描き出すことでよりリアルに近づく。

 もちろんだからといってその描き出した構図が事実かどうかはわからない。


 見事な心理ゲームではないか?

 こんな娯楽はそうそうあるまい。

 しかも、それを貫くキーワードはそもそも興味深い「恋愛」である。


 まあ、心理ゲームと思って恋バナをする人も多くはないと思うのだが、そこに惹きつけられるのは高度な心理戦がそこにあるからではないだろうか?


「人の恋は真相を知りたくなるが、自分の恋は表層を繕いたいものだ。」

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