終焉の日

ジ・エンド・オブ・アース!

ジ・エンド・オブ・アース!(1/3)

”「……次に入った情報です。アメリカ……空宇宙局NAHAにて……核爆弾を搭載したロケットを打ち上げ……隕石衝突の阻止を試みたこや・・・・・・き・・・・・・食べ・・・・・・た・・・・・・いるとのことで……NAHAは石油採掘師十数名を採用し……隕石の中心から核爆弾を……」”



 放送室に置いてあったらしいラジオを持ってきたキャサリン氏。

 ノイズ混じりのラジオからは、隕石衝突の阻止、政府の対応、暴徒と化した人々の中継が休むことなく流れていた。

「ご飯を買ってきたわ。食べて・・・・・・ピクピク山田君」

「……」

 コンビニから、おにぎりを四個程買って抱えてきたキャサリン氏。

 だが、山田ヒロハル青少年は木にもたれ掛かり、しゃがみ込んだまま俯くばかりであった。


 辺りは暗いが、ここは変わらず例の伝説の桜の木の下である。

 深夜に木霊すのは、犬の遠吠えではなく、罵声と燃えさかる家々の崩れる音。

 藍色の空に、我々から見える地平線上は赤く燃えさかり、ある意味紫色の空という表現が相応しいかもしれない。

 だが、こんな非日常的光景はまだまだ序の口であり、この根本的な原因がさらに上にある。

 深い深い闇夜と星々の中に輝く銀色の月、しかしそれは一つでない――

 のだ。

 片方は毎夜我々を優しく見守る綺麗な球体である。

 されど、もう片方は球体同士が、いくつも重なり合った、なんとも歪な形をしている。

 まるで、死を体言した禍々しさを放つは、徐々に大きくなっていくのが肉眼でも確認出来る。

 恐竜時代を思い出す、懐かしい光景である。


隣、良いかしら?・・・・・・ピクピク

 キャサリン氏は、うなだれる山田ヒロハル青少年に問いかける。

 彼が反応を返さないのを確認し、彼女は軽く溜め息を吐く。

「……失礼するわね・・・・・・ピクピク

 キャサリン氏は、座りやすいようにスカートを揃え、山田ヒロハル青少年の横に座る。

「……チャンネル……変える・・・・・・ピクピクわね」

 ラジオから、ウンザリする程流れるニュース報道を止め、適当にダイヤルを回していくと、どこの放送局か分からないが、ジャズバンドが辺りに響き渡る。

 昔、どこかで聞いたことのある曲調に、山田ヒロハル青少年も少しだけで気を取り戻したようだ。

 彼は、生き絶え絶えながら、ゆっくりと声を出す。

「……ごめん」

 振り絞って、出た言葉だった。

「私のせいで……こんなことに……」

 今の、山田ヒロハル青少年の精神が壊れ掛けた状態である。

 情緒不安定なのである。

 こんな心境で性行為を行っても、絶頂を向かえることは出来ないであろう。

「ああ……こんなことになってしまったのは、全部私のせいだ。キャサリン君に言われたあの時に、風俗にでも行っておけば良かったんだ……その方がまだ人類を救える可能性はあった……」

「それは、結果論よ。山田君は好きな人としかセックスしない・・・・・・ピクピクという信念を持っていたのだから、どちらにしろこういう結果になった可能性はあるわ」

 キャサリン氏の言葉に、彼は首を振る。

 ならば、打開策が一つある。

 川崎氏に再び会って懇願し、性行為をさせてもらうという手がある。山田ヒロハル青少年も少なからず好意を持っているし、彼女も君に好意を持っている。

「……一度振ってしまったのに、セックスしてくれなんて虫が良すぎる」

 何を言う、人類の危機なのだ。

 恥を捨てる時ではないだろうか?

 ……と、我が輩は言ってはいるが、たぶん川崎氏と性行為をしても、今の山田ヒロハル青少年の精神状態では絶頂まで至か微妙……いや、出来ないであろうな。

「……」・・・・・・

 キャサリン氏も溜め息を吐き、黙り込んでしまう。

 これは、もう手詰まりというやつだろうな。

 せっかく回り道をして頑張っていたのに、残念である。

 我が輩達は、二つの月を見上げて黙り込む。

 ああ……なんとも悲しいお月見なのだろうか。

 そんな風に浸っていると、山田ヒロハル青少年から言葉が漏れる。

「根本的に私では、この問題を解決出来なかったんだ……」

「……どういうこと?・・・・・・ピクピク

 首を傾げる彼女の横で、山田ヒロハル青少年は語った。



 私は……ただ、女の子達を利用して、自己満足をしようとしていただけなんだ。

 貞操概念がどうとか言って、心の奥底では最終的には風俗へ行けば無事に解決出来る、それが一番誰も悲しまず、一番平穏な最適案だと思っていた。

 そこまでは良い……だが、私は欲を出してしまったんだ。

 キャサリン君やデブネコ君の言っていた隕石衝突にカッコつけて、松本先輩に告白してしまおうと思ってしまった。

 どうせ最後になるかもしれない、あわよくば貞操概念を理由に松本先輩と性行為に至れるかもしれない、もし失敗してもそれで風俗に行く口実が出来る……そんな後ろ向きな理由を並べて、私は私を正当化させようとしていた。

 しかし、川崎君と話して分かった……いや、松本先輩のトラの話を聞いて確信した。

 私は……ただ、自己満足の為に……他人を利用していたに過ぎない。

 キャサリン君のくれた性行為をする口実を利用し……

 川崎君のくれた自己満足で良いという言葉と、彼女の向けてくれた好意を利用し……

 最終的に、彼女の事情すら知らずに、松本先輩を私は利用しようとしていた。

 結局……私は、一番なりたくないものになっていたんだ。

 母が恨んだ……私の父に……私はなっていたんだ……

 私は……心底クズ男だったんだ……



 山田ヒロハル青少年のまぶたが熱くなる。

 後悔と、悔しさと、自己嫌悪と、申し訳なさと、悲しみが、彼の中で渦巻いている。

「すまないキャサリン君……」

「……何で謝るの?・・・・・・ピクピク

 確かに、謝るのならキャサリン氏だけではない。

 この世に生きる全生命に対して謝らなければならないであろう。

 彼は、その代表として近くに居たキャサリン氏を選んだ。

「……ああ、デブネコ君への言い訳が出来ない。本当は……死んで詫びても良いぐらいの失態だ。それでもキャサリン君には、ちゃんとした理由がある」

 山田ヒロハル青少年は、涙と鼻水を拭う。

「キャサリン君には、本当にすまないと思っているんだ。人類を救いに、わざわざイギリスから日本へ来てくれたのに、私のせいでこんなことになってしまって……」

 山田ヒロハル青少年は、一度立ち上がり、キャサリン氏の前に距離を取って直立する。

 そして、そのまま勢いよく地面にしゃがみ込み――

「本当に、申し訳ございませんでした!!」

 地面に額を擦り付け、深々と土下座をした。


「……謝るのは、こちら・・・・・・ピクピクの方よ」

 山田ヒロハル青少年からは見えないが、キャサリン氏は首を小さく横に振る。

「え?」

 思わず、山田ヒロハル青少年は顔を上げる。

 キャサリン氏の顔をのぞき込むと、クールな表情だった彼女は、少し困ったように気持ちだが見えたのだ。

「私も、今まで考えないようにしていたのだけど、アナタ・・・・・・ピクピクに関わってようやく本当の自分の気持ちに気づいたの……」

「それは、どういう……」

 キャサリン氏とちゃんと関わって二日程しか経っていないが、山田ヒロハル青少年は彼女のいつもと違う雰囲気に気づく。

「私も山田君を利用して自己満足をしていたわ……私は……本当・・・・・・ピクピクは人類がどうなろうと、どうでも良かった……」

 そして、今度はキャサリン氏が語り出した。



 私は、生まれた時から、ネコが見えていた。

 ネコは、古代から地球に住んでいて、今まで地球を見守ってきた。

 私もネコのことが好きで、小さい頃は沢山お話をしたわ。

 大好きなお婆ちゃんとも、ネコとのお話を沢山して、楽しんでくれていた。

 お婆ちゃんの頭の上のネコも、お婆ちゃんが私に嘘を吐いていないことも教えてくれたし、愛していたことも教えてくれた。

 凄く、幸せだった。

 もちろん、ネコ達はあることを察知していたわ。

 巨大隕石の衝突――

 恐竜時代に落ちてきた時と同じか、それ以上の被害が出るということを教えてくれていた。

 私は、一生懸命家族や周りに伝えて、協力を求めていたけど、お婆ちゃんだけが話を聞いてくれて、驚きながらも信じてくれた。

 私のことを、アナタは人類の救世主だと言ってくれたわ。

 どうやれば人類を救えるのか、一緒になって一生懸命考えてくれたわ。


 でも、解決策が見つかる前に、お婆ちゃんが死んでしまった……


 お婆ちゃんは、私の行動を周りから咎められないように守ってくれていたみたいで……お婆ちゃんが亡くなった後、両親が現実思考だったせいか、ネコが見えると言うなと叱りつけるようになったわ。

 近所の人達からも、思っていることを言い当てられて気持ち悪いとか、隕石が落ちるとか気が狂ってるって嘲笑う人がどんどん増えていった。

 二人の姉も居たのだけれども、両方変わり者で、自分達のことで頭がいっぱいらしくて、私には無頓着だった。

 それでも、私は訴え続けた。

 言い続ければ、きっと分かってくれると信じて……人類の為に、私は危険を伝え続けた。

 お婆ちゃんと居た、この世界を救いたくて……

 私が生まれた、この世界を守りたくて……


 だけど……学校にも馴染めず、変人扱いされていた私は……最終的に精神病院でカウンセリングを受けさせられるようになった。


 正直辛かったわ。

 私は、皆を救いたいだけなのに……皆は私が間違っていると指を指してきた。

 私は……守りたいはずの世界から……悪者扱いされているように感じたわ。

 私は……何も信じられなくなってしまった。

 何も出来なくなってしまい……ただ、ひたすら泣き続けていた。

 そんな時に、お婆ちゃんの言葉を思い出したわ。


 アナタは、人類の救世主だって言葉を……ね。


 それが、私の存在意義であり、生まれた意味であり、使命であり、私が私であり続ける為の言葉だった。

 人類を救う為なら、何だってする。

 その答えに行き着いた時、私は感情を押し殺し、身体を動かすことが出来るようになった。

 それからは両親に謝り、真面目に勉強へ取り組むようになった。

 親の信用を勝ち取った私は、勉強の為にって口実で、世界を見て回ることを許可されたわ。もちろん、本当の理由はネコ達の話を聞いて、人類を救い出す自分の使命の為に……

 その国のネコ達から、いろんな国の言葉を教えてもらったから、言葉の壁にはぶつからなかったわ。寧ろ、人の心を踏みにじるぐらい言葉を操れた。

 時には人を騙したり、人を傷つけることも言って、ネコ達からありとあらゆる情報を聞いてきた。そんなことをしていれば、私にもしっぺ返しは、もちろん飛んできた。

 だけど、私は感情を殺すことで、傷つくことはなかったわ。


 そして、日本にネコ達の中枢部に当たる存在が居ることを知って、ここまで来たわ。


 そこで、山田君に出会った。

 正直ちょっとだけ驚いたわ。デブネコさんぐらい大きくなったネコは初めて見た。何か凄い悩みを抱えている人なのかと思っていたけど、その悩みの内容は全然大したことではなくて、エッチなこととか、委員会のこととか、とてもありふれたことを深く考え過ぎているだけだった。

 優柔不断で、ヘタレで、下心が丸出しで、最初は利用しやすそうだと思ったわ。

 でも、誠実に女性に対して紳士であろうという気持ちと、エッチなことをしたいという気持ちが喧嘩していたり……どうやったら、周りの人達が平和に過ごしていけるかを考えていたり……必死なくらい一生懸命皆を幸せにしようとしている……素敵な人だとも思った。

 アナタみたいに理由はどうあれ、ちゃんと人を見ようとして、見れないことを後悔するような人を私は初めて見た。

 こんな風に、人を尊敬出来たのは、久しぶりかもしれない。


「それって……」

 山田ヒロハル青少年は、彼女の言葉で目を見開いた。

 そこには、体育座りで顔を伏せるキャサリン氏がいた。

「ごめんなさい……単に私は、アナタに・・・・・・甘えてしまった……」

 途切れ途切れになる彼女声は、とてもか細かった。

「この人の出す答えに人類を任せたいって……ただの責任転換で・・・・・・……山田君に……全部擦り付けてしまった……勝手に、頼りたくなってしまった」

 彼女の言葉から、今まで溜め込んでしまっていた思いのが、ドロドロ流れ出しているようだった。

「本当は……人類なんてどうでも良かった……私は、早く・・・・・・い……終わらせたかった……」

「……え?」

 キャサリン氏の声に混ざり、何かが聞こえる。

「人類が滅亡しようがしまいが……もうや・・・・・・き、どうだって……」

 ……どうやら空耳ではないようだ。

「本当は……救世主なんかになりたくなかった……ネコなんか見えない山まだ・・・・・・くん・・・・・・が・・・・・・……普通の子として……生まれたかった」

「キャサリン君……君、もしかして……」

 キャサリン氏の姿には変化が見当たらない。

 ネコミミも生えたままだ。

「アナタに……会わなければ良かった……アナタに会わなければ、私はこんなにおかしくはわたし・・・・・・は・・・・・・ならなかったわ……こんな変な気持ちにならなかった……」

 山田ヒロハル青少年は、キャサリン氏に近寄る。

 おもむろに彼女の腕を取り、無理矢理顔を見つめる。

……!? み、見ないで山田君!私は・・・・・・山田君のこと・・・・・・

 山田ヒロハル青少年は、涙でクシャクシャになりながらも、無理して怒ったような顔を作る彼女の顔を……

「嫌! 違う! 私は私は・・・・・・そんな……」

 顔を赤らめ、必死に抵抗する彼女を……

「違う! そんな……そんな無責任なことを……これ以上私は・・・・・・私は!、山田君を困らせること……」

「キャサリン君……」

 山田ヒロハル青少年は、キャサリン氏のことが知りたいようだ。

だから……私は!だから・・・・・・私は!

 彼女は、悔しそうに奥歯を噛みしめ、そして――


山田君のことが!山田君のことが! 大っ嫌いなのよおおおおおお!!好きになったのよおおおおおお!!


 心の声に負けない程に、大きな声で夜空に叫んだ。

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