第七章 勝利を掴め
第560話 勝利を掴め①
「こ、これは……」
ようやくサンクに追いつき、その光景にシャルロットは目を剥いた。
なにせ、そこには巨大すぎる馬がいたのだ。
魔獣がいることは想定していたが、あの大きさは間違いなく――。
「……また固有種……」
シャルロットの腰を掴むユーリィが呟く。
「ええ。そのようです」
シャルロットは神妙な様子で頷いた。
そして愛機・《アトス》を身構えさせる。
巨馬はサンクの《バルゥ》と対峙していた。
その《バルゥ》の背には倒れた《アッカル》の姿もある。
(……あれは)
シャルロットは眉をひそめた。
四肢が粉砕され、明らかに大破に近い状態だった。
ピクリとも動かないことに不安を覚えるが、胸部だけは原型を留めているのでジェシーはまだ生きている可能性は高い。
一方、巨馬に目をやると、凄まじい傷を負っていた。
血は大地を赤く染めあげ、呼吸も荒々しい。
『……かなりの重傷だな』
と、《アトス》にハックの機体が並んだ。
ハックの機体も隙なく長剣を身構えている。
『あれは騎士の嬢ちゃんがやったと思うか?』
『それはないでしょう』
シャルロットはハックの機体に視線を送って言う。
『この短期間で固有種をここまで負傷させられるとは思えません』
『……そうだな』
ハックも頷く。
『ありゃあ致命傷だ。あそこまで固有種を追い込めるのはやっぱ固有種だけか』
どこかで固有種同士がぶつかった。
しかし、決着はつきつつも殺し損ねたといったところか。
『その死に掛けの固有種にあの嬢ちゃんは運悪く出くわしてしちまったってことかよ』
と、別の傭兵が苦笑じみた声で言う。
手斧を構えて一歩前に出る。
その傭兵の機体だけでなく、近くにはエイミーの《スライガー》の姿もあった。
彼ら一行は全員が追いついていた。
『いずれにせよ、皆さん』
シャルロットは言う。
『ジェシーさんを助ける時間を稼ぎましょう』
そして叫ぶ。
『ハシブルさん!』
《アトス》が駆け出した。
『私たちが時間を稼ぎます! ジェシーさんを救出してください!』
他の鎧機兵たちも一斉に動き出した。
全機が散開して巨馬を囲う。
『――ッ!』
シャルロットの指示に、サンクは一瞬言葉を詰まらすが、
『すみません! お願いします!』
ここは素直に厚意に甘えた。
ジェシーを追い詰めた巨馬に対する怒りはある。
だが、それ以上に先程からジェシーの安否が気になって仕方がなかったのだ。
なにせ、未だ彼女の声を聞いていない。
ジェシーが無言なのは機体の損傷ゆえにだと信じたかった。
サンクは愛機を反転させて、倒れた《アッカル》の傍に向かう。
一方、シャルロットたちは巨馬と対峙する。
『無理をする必要はねえ!』
ハックが叫ぶ。
『こいつはすでに死に体だ! 俺たちは時間稼ぎだけを考えれば充分だ!』
的確な判断だった。
巨馬の出血は全く止まっていない。
恐らくあと数分もすれば、固有種といえども出血死に至るはずだ。
『十分! いや五分でいい! 持たせるぞ!』
そう叫んで不可視の刃――《飛刃》を飛ばして先陣を切るハックの鎧機兵。
普段なら外皮に多少の傷を負うぐらい程度なのだろうが、今は傷痕の上に直撃し、巨馬が悲痛ないななきを上げた。
前脚を上げて威嚇する。
重傷でもあの一撃を受けては大破しかねない。
ハックたちは警戒しつつ、巨馬との間合いを維持した。
サンクは、その間に愛機で《アッカル》を抱えて大樹の陰にまで隠れる。
ここならば、とりあえずの安全圏だ。
そこで両膝をつかせて
「ジェシーッ!」
サンクは愛機から跳び下りた。
そして《アッカル》の傍に駆け寄った。
外部からの
幸いにも胸部の損傷はそこまで酷くはない。
胸部装甲はゆっくりとだが開いた。
「ジェシーッ!」
サンクは操縦席に覗き込んだ。
覗き込んだ瞬間は不安で一杯だったが、そこにいたのは――。
「……さんくゥ……」
幼き日に『ラフィルの森』に迷い込んでしまった時のように。
大粒の涙を零すジェシーの姿があった。
(怪我はッ!)
見たところ大きな怪我はない。額を少し切ったほどか。
サンクがホッとするジェシーが両腕を伸ばしてきた。
「……さんくゥ……」
不安だらけの表情だ。
「この馬鹿野郎がッ!」
サンクは彼女の腕を取って腕力だけでジェシーを外へと引き出した。
次いで力いっぱい抱きしめる。
「お前、なんて無茶をすんだよ……」
「ご、ごめェん。サンクゥ…‥」
サンクに抱きしめられても、ジェシーの涙は止まらない。
体も未だに小刻みに震えていた。
「……オレは決めたぞ。ジェシー」
サンクは彼女の耳元で囁く。
ジェシーは「え?」と涙で濡れる目を瞬かせた。
「今ここで改めて宣言する。お前をオレの女にする」
言って、強引にジェシーの唇を奪った。
「――ッ!?」
ジェシーは目を見開いて最初は身じろぎするが、
「~~~~~~っ!」
徐々に瞳を閉じていき、気付けばサンクの背中に手を回していた。
それは数秒ほど続く。
ややあって唇が離れた。
「ジェシー」
サンクは告げる。
「オレはエイミーもお前もオレの嫁さんにする」
「そ、そんな……」
ジェシーは唇を押さえて視線を逸らした。
「……ジェシー」
そんな彼女のうなじに手をやってサンクは視線を合わせた。
「オレが嫌ならここで嫌だと言ってくれ」
「――~~~っ」
ジェシーは何も答えない。
サンクはそんな彼女を見つめると一度瞳を閉じて。
再び唇を奪った。
十数秒の静寂。
そうして唇を離して。
「ジェシー。お前はオレの女だ」
そう告げるサンクに、
「……はい」
ジェシーは赤い顔でこくんと頷くのだった。
「よし。じゃあ行くぞ。オレの嫁さん」
言って、サンクはジェシーを抱きかかえた。
ジェシーが「うわっ!」と動揺するのをよそに愛機の操縦席に向かう。
それから、まずジェシーを操縦シートに座らせて。
「エイミーが、皆がオレたちのために戦ってくれている」
そう告げて、ジェシーの頬に片手をやった。
「まだ怖いかも知れないけど、我慢してくれ」
「う、うん」
ジェシーは子供のように頷いた。
「わ、私はサンクのお嫁さんだから頑張る」
口調も少し子供っぽかった。
サンクは懐かしさを覚えつつ、自身も操縦シートに座った。
それに合わせて、ジェシーがサンクの背中にしがみついてくる。
失わずに済んだ彼女の温もりに安堵して。
エイミーと、ここまで一緒に来てくれたシャルロットたちに心から感謝しつつ。
「じゃあ、行くぜ。ジェシー」
「う、うん」
サンクの愛機・《バルゥ》は戦線に復帰した。
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