第555話 愛の行方は――。②

「……ん、しょ」


 同刻。

 姉貴分に大胆で行動的と評価されたルカは一人、奮闘していた。

 囚われた奇妙な部屋。

 ルカは一通り室内を詳しく調べた。

 結果、出入り口はなく、外部と繋がっているのは通気口だけだと判断した。


「……よし」


 ルカは決断した。

 まずはテーブルを通気口の下に移動させた。

 次いで、椅子も移動させてテーブルの上に乗せた。

 だが、それでも通気口までは届かない。


 ルカは腰のポーチからドライバーを取り出した。

 実は、ルカの操手衣ハンドラースーツは彼女自身の手で少し改造が施されていた。

 腰の後ろに小さなポーチが追加されているのである。

 後付けとは思えないほど完全に操手衣ハンドラースーツに一体化していて、ウォルターはおろか、同じ服を着ていたシャルロットでさえ変化に気付いていなかったぐらいだ。

 短剣は取り上げられたが、これは見落とされたようだ。

 ルカはこの中にドライバーやスパナなど小さな工具を入れていた。

 特に使用するような機会が多い訳ではないが、工具を身に着けていると、どこか落ち着くからだ。言わば、お守り代わりなのだが、これが今回は幸いした。


 ルカは、ドライバーをテーブルの上に置いた椅子より少し高い位置に突き刺した。足場代わりにするためだ。しっかりと突き刺さったことを確認する。

 そしてテーブル、その上の椅子へと昇り、さらには壁に突き刺したドライバーを足場に通気口の縁に手を掛けた。


「……ん!」


 ルカは両腕に力を込める。

 これでも騎士候補生。

 それに普段から結構重い工具なども扱っている。

 腕力にはそれなりに自信があった。

 事実、少しずつ上に上がる――が、

 ――ガタンッ!


「ひあっ!」


 ルカは青ざめた。

 積み立てた椅子とテーブルがバランスを崩して倒れてしまったのだ。

 足場となるのは頼りないドライバーだけになってしまった。

 結構な高さで、両腕だけで体を支えている状況である。


「……く、ゥ」


 こうなるともう後戻りも出来ない。

 ルカは両腕にさらに力を込めた。


「ん、あ、ん……」


 何度も呻く。

 そうして、どうにか通気口の上に乗った。


「はァ、はァ、はァ……」


 流石に息が切れる。

 だが、これで終わりではない。


「急がないと」


 いつ、あの男が戻ってくるのか分からないのだ。

 逃げ出すチャンスは今回一度きりだろう。

 ルカは通気口の奥へと目をやった。

 意外と大きい通気口だ。横に広く縦に狭い。

 立って歩くのは無理だが、四つん這いになれば進めるはずだ。


「……風もある」


 微かにルカの髪が揺れていた。

 ここが外に繋がっているのは確実なようだ。

 ルカは、四つん這いになって奥へと向かった。

 奥に行くほど暗くなる。

 五分も進めば真っ暗だった。

 真っ暗な中を手探りで進む。

 普段のルカなら怯えてその場に動けなくなる状況だ。

 けれど、今は――。


(……い、急がないと)


 真っ直ぐ進んでいく。


(仮面さんが、アッシュさんが危険な目に遭う)


 その想いが彼女を奮い立たせていた。

 そうしてさらに五分。


「………あ」


 果てしない暗闇の中でルカは光を見つけた。

 光の方へと急ぐ。

 気持ちは逸るが、手探りを続ける。途中で穴があるかもしれないからだ。ここまで来て落ちる訳にはいかない。

 慎重に。けれど急いでルカは光へと向かう。

 そして、


「……あ!」


 遂にルカはそこに到着した。

 吹きすさぶ風。

 そこは大樹の一角だった。

 それも巨大樹だ。大樹海が眼下に広がっていた。


「……これは」


 流石に生身でここから脱出は出来ない。

 しかし、眼下には大樹の枝も見える。鎧機兵でも立てるような巨大な枝だ。それが十セージルほど下にあった。

 大樹の樹皮はそのサイズに合わせて巨大で荒い。足場に出来る場所は多い。


「あそこなら、行ける」


 あの男に見つからないように身を隠さないといけないが、この場所よりも大きな遮蔽物もなく、広く四方に開けたあそこなら切り札・・・もより効果的に使える。


「まさか、本当に使うとは思ってなかった、です」


 言って、自分の開けた胸元に指先を入れた。

 そこから小指程度のカプセルを取り出した。鎧機兵職人の師であるからメルティアから譲り受けた発信機である。

 なんでも昔、メルティアも誘拐された経験があり、その時、役に立ったそうだ。


『ルカは王女ですからこれがあった方がいいでしょう。それと』


 メルティアはこうも言った。


『これは胸元に隠すのが効果的です。ルカのサイズなら充分可能ですし、意外とここは探られませんから』


 事実、メルティアも胸元に隠していたそうだ。

 素直なルカは、師の言葉をそのまま信じて守っていた。

 この発信機に対する受信機は、オルタナに内蔵している。

 オルタナが無事ならきっと受信してくれるはずだ。

 そうすれば、誰かが助けに来てくれる。

 ――恐らくはアッシュが。


「……仮面さん」


 結局、頼るしかできない状況にルカは唇を噛む。

 けれど、今は自分の出来ることをするしかなかった。


「い、行かないと」


 ルカは眼下の枝に目をやった。

 そしてゆっくりと巨大な樹皮に足を掛けた。


「こ、怖い、です」


 弱気は出るが、歩みは止めない。

 王女さまの脱出劇は続くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る