第536話 王獣闘争➂

(――くそ)


 アッシュは舌打ちする。

 目の前では大激戦が繰り広げられている。

 大蜘蛛と怪蛇の一騎打ち。

 初めて目撃する固有種同士の戦いは想像以上のモノだった。

 なにせ、三十セージル級の巨体同士が幾度となく激突するのだ。

 その衝撃は計り知れない。

 ただこの場でいるだけで嵐の中にいるにも等しかった。


「ア、アッシュ……」


 後ろにいるユーリィも不安げな声を零す。

 恐怖もあるかもしれないが、それ以上に困惑しているようだ。

 アッシュでさえ初めて見る戦闘だ。

 当然、ユーリィも初めて経験する事態だった。

 と、その時、

 ――ドンッ!

《業蛇》の尾が遺跡の一角を打つ!

 しかも、砕かれた遺跡は岩の塊となって《朱天》の方へと降り注いだ。


『うおッ!』『ちょッ!』『散開だ!』


 周囲の傭兵たちも驚いたが、そこは歴戦の戦士たち。それぞれが散開して回避したり、盾などで防御していた。

 無論、アッシュの操る《朱天》も、


「邪魔だ」


 右腕を薙ぎ、同時に《穿風》を放った。

 豪風に煽られるように岩の礫は吹き飛ばされていく。

 だが、怪物たちは周囲の騒動など歯牙にかけない。

 怪蛇は地を蠢き、大蜘蛛は遺跡の上へと跳躍する。

 大地を鳴動させて二体は戦い続ける。


『おい。アッシュ』


 その時、ハックの機体が《朱天》に並んだ。


『こりゃあどうすりゃあいいと思う?』


 と、意見を聞いてくる。

 歴戦の傭兵団の団長である彼もこの事態には困惑していた。


『固有種と無理して戦う必要はねえってのが傭兵の常識だが、この状況は異常だ。このまま逃げんのもマズイ気がする』


『……そうだな』


 アッシュは頷く。


『勝機があんなら固有種は倒すべきってのも傭兵の常識だしな。なんで固有種同士がぶつかってんのは分かんねえが、ここは二体が消耗すんのを待つべきか』


 あえて今この戦闘に首を突っ込む必要性はない。

 勝敗がつく。もしくは巨獣たちが消耗しきるのを待って両方を倒す。

 それがアッシュたちにとってベストな展開だった。

 しかし、懸念すべきことは、


『とはいえ、こいつら本当に決着がつくのか?』


 と、ハックが言う。

 二体の巨獣の実力はまさに拮抗していた。

《業蛇》は大蜘蛛の脚の一本こそ奪えたようだが、それだけでは決め手にはならない。むしろ糸を用いた攻撃の多彩さや範囲の広さでは大蜘蛛の方に分があるようで《業蛇》は攻めあぐねているようだった。

 一方、大蜘蛛も怪蛇相手に圧しきれずにいた。

 確かに攻撃手段では分があるが、頑強さにおいては怪蛇の方が上のようだ。

 岩を切り裂く糸も、蛇の矢じりのごとき鱗を一撃で断つことは出来なかった。


 矛においては大蜘蛛に。

 盾においては怪蛇に軍配が上がる。


 こうなってくると、後は体力勝負にもつれ込むものなのだが、固有種のスタミナは無尽蔵といっても過言ではない。

 三日三晩。下手すれば一週間以上戦い続けても不思議ではない。

 現状は巨大な竜巻同士がからみ合っているような状況だ。

 流石にこの状況でそんな期間を呑気に見物も出来なかった。

 アッシュは双眸を細めた。


『この戦いがどう転ぶかは分かんねえが』


 一拍おいて告げる。


『とりあえず少し離れるか』


 このままでは巻き添えで犠牲者が出るかもしれない。

 討伐は一旦置き、今は間合いを確保することを重視した方がよかった。


『そうだな。おい! お前ら!』


 と、ハックが仲間たちに指示を出そうとした時だった。


「シャアアアアア――ッ!」


 突如、《業蛇》が大口を開けたのだ。

 同時に怪蛇の喉が大きく膨れ上がる。


(……あ)


 ユーリィが大きく目を見開いた。

 それは見覚えのある動作だったからだ。

 アギトからはボコボコと液体が零れ落ちる。


『気を付けて!』


 ユーリィが《朱天》を通じて警告する!


『蛇が強酸の息を吐く!』


『――なにッ!』


 アッシュが険しい表情と共に《朱天》を後方に跳躍させた。

 他の傭兵たちも一瞬だけ遅れるが、それぞれ退避する。

 直後、

 ――ゴオオッ!

 大瀑布の如き水流が《業蛇》のアギトから吐き出された!

 酸の息の予兆は大蜘蛛も察していたのだろう。

 咄嗟に跳躍して直撃は受けなかったが、《強酸の息アシッドブレス》は遺跡に直撃し、白い煙を勢いよく立ち上げて、全員の視界を奪った。


(……くそッ!)


 アッシュを始め、すべての傭兵がさらに間合いを取る。

 運悪くそこに合流したのがシャルロット一行だった。


『これはッ!』


 シャルロットが息を呑むと、


『シャルッ! サンクッ!』


 白い煙で姿は確認できずとも、《万天図》から鎧機兵の数が増えたことを察したアッシュが指示を出す。


『二体の固有種が潰し合っている! 身構えてその場に待機するんだ!』


『ッ! 承知しました!』


『了解です!』


 いわかに信じ難い説明だったが、シャルロットとサンクはそう応えた。

 それはルカたちも同様だった。

 視界を一切奪われる異常事態だったからこそ疑う前に従った。

 その判断は幸運となる。

 もしもその場から少しでも動いていたら、次の攻撃のために間合いを取っていた《業蛇》の巨体に巻き込まれることになっていたことだろう。

 白煙の中、巨大な何かが蠢く音だけが轟く。

 そして、

 ――ゴウッ!

 加速した!

 白煙を吹き飛ばし、《業蛇》は身を低くして突進する。

 大蜘蛛も目くらましからの奇襲を読んでいたか、自分の前方に刃の糸の陣を展開していたが、怪蛇は鱗が傷つくことも構わず突き進む!

 ――ズドンッッ!

 衝撃が奔った。

 怪蛇は頭部から出血しつつも、大蜘蛛の腹部を強打した。

 しかもそれだけでは終わらない。

 怪蛇はさらに深く懐に潜り込むと、全身の筋肉を総動員させて大蜘蛛の巨体ごと空へと飛び出したのだ。

 それは、まるで天へと撃ち出した砲弾のようだった。

 アッシュも、他のメンバーも唖然とする。

 怪蛇は大蜘蛛を頭部に乗せたまま、凄まじい勢いで飛んでいく。

 二体の巨獣の姿はみるみる小さくなっていった。

 あのまま遠い地で地面に激突しても、あの二体が死ぬとは思えない。

 恐らく戦場を変えることになるだろう。


(……くそ)


 アッシュは内心で舌打ちした。

 追撃は……流石に出来ない。

 アッシュが全力で追えば追いつけるかもしれない。だが、巨獣たちが飛んで行った先がどんな場所かも分からない以上、関わるのはあまりにも危険だった。

 それにここにはユーリィを始め、守らなければならない者が多すぎる。

 無理に奴らの後を追って、残されたシャルロットやルカが危険に晒されることにでもなれば本末転倒だ。


(ここは退くしかねえ。だが……)


 アッシュは空を見据えたまま、眉をひそめた。

 突如、現れた二体の固有種。

 しかもその一体は蘇った《業蛇》。

 正直なところ、完全に意味不明な状況だ。


「……アッシュ」


 ユーリィがぎゅっとアッシュの腰にしがみついてくる。

 だが、それ以上は語らない。

 ユーリィも困惑しているからだ。

 アッシュは小さく嘆息し、


「……一体、何だったんだよ、あいつらは……」


 困惑した声を零すのだった。

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