第527話 蘇る災厄④
その日。
朝から、ユーリィは不機嫌だった。
(……むむむ)
思わず唸ってしまう。
視線の先に映るのは、小さなキッチンで食器を洗うシャルロットの後姿だ。
後姿なので当然表情を見えないのだが、ユーリィには分かる。
自分と違って、彼女がこの上なくご機嫌なのが。
それに、武闘派メイドを自称するシャルロットが、今日に限って時々歩き方がぎこちなくなることも見逃していなかった。
「……ユーリィちゃん」
その時、隣に立つルカが口を開いた。
「やっぱり、その、シャルロットさんは……」
頬を……どころか耳までも真っ赤にして、ルカが言う。
一方、ユーリィも少し頬を赤くさせて、
「……うん。昨日、遂に『ステージⅢ』に到達したんだと思う」
状況証拠は揃っている。
予想もしていたし、予感もあった。
二人とも、この事態はすでに覚悟していた。
しかし、それでも昨夜、シャルロットの身にあったことを考えると――。
「「……………」」
二人の少女は、揃って俯いた。
二人とも、うなじが真っ赤になっている。
嫉妬はもちろんある。
けれど、いずれ自分にも訪れる
「と、とりあえず、私たちも頑張ろう」
「う、うん。分かってる」
ルカとユーリィは、互いに視線は合わせずに頷いた。
「これは想定内。シャルロットさんは先陣を切っただけ。今回はまだまだチャンスがあるから、私たちも後に続けばいい」
そもそも、シャルロットだけではない。
年少組では、サーシャが、すでに『ステージⅢ』に到達している。
だったら、今回、自分たちにも可能性はあるはずだ。
「う、うん」
ルカが、コクコクと頷いた。
「こ、この『
「え? そうだったの?」
ユーリィが目を丸くする。
まさかの台詞だ。
ルカは、自分の失言に気付いて、「あ」と口元を押さえて真っ赤になった。
こっそりと大胆になるルカの行動力は、相変わらずのようだ。
「ルカは、本当に大胆……」
ユーリィがそう呟くと、ルカはビクッと肩を震わせて、
「ひ、ひうっ……」
両手で顔を隠して、しゃがみ込んでしまった。
座っても、プルプルと震えている。
ユーリィは最も歳の近い友達に苦笑を浮かべつつ、
「けど、今日は私たち以外にも、雰囲気が変わった感じがする」
そう呟いて、他のメンバーに目にやった。
固定椅子に座って、コーヒーを呑むメンバー。
並んで座るアッシュと、サンク。その横にエイミーが座り、彼女の向かい側にジェシーが座っている。ちなみにオルタナはアッシュの肩に止まっていた。
少し離れて立つユーリィとルカ。そして、キッチンに立つシャルロットを除いた全メンバーである。
アッシュも変化があるといえば、変化した。時折、シャルロットの背中に視線を向けると、とても優し気な眼差しを見せるようになっていた。
ユーリィと、しゃがむことを止めたルカは「むむむ」と唸る。
ただ、特に雰囲気が変わったように見えるのは、サンクたちの方だ。
「……美味いコーヒーだ」
そう呟いて、コーヒーを口にするサンクの方は、時々、遠くを見つめて何やら悟った賢者のような顔をしている。
「う、うん。美味しいね」
言って、ちょこちょこと、コーヒーを呑むのはエイミーだ。
彼女は、どこか気恥ずかしそうな顔をしていた。
それに対し、極めて不機嫌そうなのはジェシーだった。
「…………」
終始、無言でコーヒーを啜っている。
しかし、その眼差しは極めて凶悪で、まるで突き刺すような眼光を以て、妹と幼馴染を睨み据えている。
「あ、あのね、ユーリィちゃん」
ルカが、もじもじと指先を突いて言う。
「その、ハシブルさんと、エイミーさんなんだけど……」
「あの二人がどうしたの?」
ユーリィが小首を傾げて尋ねると、ルカは下を向いて視線を隠した。
「あのね。あの人たち、今朝、同じ部屋から、出て来たの」
「……え?」
ユーリィは目を丸くした。
次いで、改めて、サンクたちに視線を向ける。
「あの二人って、そういうことなの?」
「う、うん。そうみたい」
ルカが、こくんと頷く。
ユーリィは「う~ん」と唸った。
「私たちはまだなのに、知らないところで愛が育っている」
と、不満を口にした時だった。
「ユーリィちゃん? ルカさま?」
洗い物が終わったシャルロットが、ユーリィたちの傍に近づいてきた。
「どうされました? コーヒーがお口に合いませんでしたか?」
と、尋ねてくる。
アッシュたちが座るテーブルには、ユーリィたちの分のコーヒーもある。
ユーリィとルカは、少しひそひそ話をしたかったから、席を離れていたのである。
「ううん。そんなことない」
「あ、い、頂きます」
そう言って、ユーリィたちは自分の席に着いた。
少し遅れて、シャルロットも席の一つに腰をかける。
「お。全員揃ったな」
ユーリィたち、そしてシャルロットに目をやってアッシュが言う。
「悪いな。シャル。食事の片付けを一人でやらせちまって」
「いえ。これが私の仕事ですから」
「それでも、ありがとな」
「……いえ」
いつもなら、これらのやり取りは、まさに仕事人という感じで淡々と答えるシャルロットなのだが、今日は少し違った。
彼女の口元が少しだけ綻んでいるのを、ユーリィとルカは見逃さなかった。
(……むむ)
(……シャルロットさん)
ユーリィとルカは、内心で唸る。
やはり、彼女の心境にも変化が起きている。
きっと、アッシュに感謝されるだけで途方もなく嬉しいに違いない。
これも『ステージⅢ』に到達した者の境地なのか。
羨ましくもあるが、自分も本番を迎える時を考えると怖くもある。
例えば、自分たちもアッシュに頭を撫でられるだけで、今まで以上に幸せを感じるようになるのだろうか……。
そわそわとした想いで、ユーリィとルカがそんなことを考え込んでいると、
「さて。改めて揃ったな」
アッシュが、そう切り出した。
次いで、小さな地図を取り出して、それをテーブルの上に広げた。
全員が地図を覗き込む。
そして、
「そんじゃあ、今日の方針を決めようか」
アッシュはそう告げた。
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