第509話 決意の旅④

「え、な、なにっ!?」


 唐突に外から聞こえた獣の咆哮。

 ジェシーは、すぐさま立ち上がった。

 エイミーも一瞬だけ遅れて、立ち上がる。

 しかし、短剣に手を添えるのは彼女の方が早かった。


「おねえッ!」


「分かっているわ!」


 ジェシーも短剣に手を添えた。

 同時に、視線を王女殿下に向けた。


「殿下はここに!」


「は、はい」


 コクコクと頷く王女殿下。

 少し過剰に頷いているが、王女殿下が特に緊張している様子はない。他の二人、水色の髪の少女と、藍色のとんでもない美女のメイドさんも動じている様子はなかった。

 こういった状況に慣れている雰囲気だ。


(まあ、それに今、外には師匠もいるしね)


 あのアティス王国最強の職人の噂は、ジェシーもよく耳にしていた。

 いや、それどころか、ついこないだ開催された《夜の女神杯》で、もはや人間とは思えないようなその強さを目の当たりにしたばかりだった。


 ……彼がいるのに護衛って必要なの?

 と、姉妹揃って疑問に思うが、仕事は仕事だ。


 ジェシーとエイミーは、馬車の外に飛び出した。

 街道に降り立ち、馬車の前方へと駆け出す。

 と、そこには、


「クアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!」


「「――ッ!」」


 咆哮を上げる一頭の魔獣がいた。

 体長は、八セージルほどか。

 ひしゃげた両脚と、長い両腕に翼を持つ、鳥のような嘴を持つ魔獣だ。

 少しの間ならば飛行も出来る《かくよく》と名付けられた魔獣だった。

 グラム島においては、主に《ドランの大樹海》での生息が確認されている。

 ムササビのように、大樹から大樹へと滑空することで有名な魔獣だ。

 その習性はカラスに近く、光る物によく引き付けられる。

 多くの馬車が通る街道だが、その中でも一際目立つ王家の馬車に目を引かれて、ここまでやって来たのだろう。かなりレアなケースではあるが。


「エイミー! 行くよ!」


「うん!」


 ジェシーたちは、すぐさま鎧機兵を召喚した。

 彼女たちの前に転移陣が展開される。

 そうして現れたのは、二機の鎧機兵。

 二機とも桜色の機体だった。タイプとしては、オーソドックスな軽装の騎士型。ジェシーの愛機は丸い盾にメイスを。エイミーの愛機は斧槍を携えていた。


 ジェシーの機体の名は《アッカル》。

 エイミーの機体の名は《スライガー》という。


 ジェシーたちは、それぞれの愛機の中へと乗り込んだ。

 二機の両眼がブンと輝く。

 と、同時に馬車の影から、別の鎧機兵の姿が現れた。

 二本の大剣を両手に構えた騎士型の鎧機兵だ。

 群青の重装甲を纏うヘルムに羽飾りを持つ機体である。


 サンクの愛機――《バルゥ》だ。

 どうやら、サンクも参戦するようだ。

 師匠の方は愛機を召喚せず、魔獣を前にして怯える馬たちの手綱を掴んで宥めている。

 馬車の制御に専念して、迎撃は騎士であるサンクに任しているらしい。

 ちなみに、近くにいた馬車は一目散に逃げだしている。


『私たちも行くよ!』


『うん!』


《アッカル》と《スライガー》も前へと飛び出した。


『ジェシー! エイミーもか!』


 と、サンクが口を開く。

 そして、


『二人は馬車を守ってくれ! こいつはオレが片づける!』


 そう指示をした。

 二本の大剣の切っ先を魔獣に突きつけて、《バルゥ》は前へと出た。


『気をつけて! サンク!』


『うん。サンクは、どこか抜けているから気をつけて』


『ひでえな! エイミーは!』


 サンクは苦笑を浮かべるが、その構えに隙はない。

 なにせ、後方には王女殿下と、愛する二人の女性がいるのだ。

 ここで油断する訳にはいかない。


『――師匠! 馬車を頼みます!』


「おう。気をつけてな」


 と、アッシュが頷いて応える。

 サンクは操縦棍を握りしめる。同時に《バルゥ》は駆け出した!

 竜尾を揺らして疾走し、右の大剣を繰り出した。

 それを《鶴翼》は後方に大きく跳躍してかわした。

 全高的には《バルゥ》よりも大きいのだが、骨格的には《鶴翼》はかなり細い。代わりに脚部だけは強靭だ。その脚力を使った大跳躍だった。


『逃がさねえ!』


 サンクは追撃する。

 さらに大きく踏み込んで、左の大剣で胸部を切り裂いた。


「クアアアアアアアアアアアアッッ!」


 絶叫を上げる《鶴翼》。

 大きく仰け反ったところを、今度は右の大剣で首を刎ねた。

 ズズン、と《鶴翼》の長く細い首が地面に落ち、遅れて体も倒れ伏した。


(へえ。やるな)


 まさに瞬殺だ。

 その光景を見やり、アッシュが少し感心する。

 この国の騎士だけあって闘技こそ使えないようだが、動き自体は悪くない。

 少し鍛え上げれば、かなりの実力者になれる気がした。


(アリシアや、フォクスさんといい、この国って意外と才能の原石が多いよな)


 そんなことを思う。

 出来れば、この機会に他の二人の騎士の実力も見たかったが、まあ、《鶴翼》は図体こそ大きめだが、単調な動きしかできない比較的に弱い魔獣だ。戦闘としては、こんなところだろう。彼女たちの実力は『ドランの大樹海』で見せてもらえばいい。

 ちなみに、その彼女たちというと、姉妹揃って陶然とした眼差しで《バルゥ》の雄姿を見つめているのだが、それには流石に気付けなかった。


(けど、なんで《鶴翼》が一頭だけでこんな場所に来たんだ?)


 そこは、疑問に思う。

 ここは『ドラン』の影こそ見えるが、大樹海からかなり遠い。何度か跳躍して滑空するということを繰り返さなければならない距離だ。いくらこの馬車が目に付いたからといって、そこまで手間をかけて襲ってくるものだろうか?

 しかも、こんな開けた場所で戦ったせいで、あっさりと負けてしまっている。

 本来は、巨大な樹海においてこそ、実力を発揮する魔獣だというのに。


(……ちょいと気になるな)


 アッシュは手綱を握りつつ、魔獣の死体を一瞥した。

 元々細い魔獣だが、その体はかなり痩せているような気がする。


(生存競争に負けた個体か? そんで街道まで獲物を求めた?)


 そんな感じがする。

 すべては推測に過ぎないが。


(これ以上、考えても仕方がねえか……)


 いずれにせよ、脅威は去った。

 本番を前に、同行者の一人の実戦も見られたので、今回は幸運と考えよう。


「お~い、サンク」


 アッシュは《バルゥ》に声をかけた。


「とりあえず、その魔獣を街道から退けてくれねえか」


『あ、はい。分かりました』


 そう言って、《バルゥ》は《鶴翼》の死体を街道から退けた。

 蛇足だが、こういった街道沿いに現れた魔獣や獣の死体は、近くの獣たちがたいらげてくれる。それでも残る場合は、定期的に街道の見回りに来る第二騎士団が処理してくれるのだ。街道の維持は、第二騎士団の通常任務の一つだった。


「さて、と」


 とりあえず、道は確保できた。

 アッシュは三機の鎧機兵に声を掛けた。


「ごくろうさん。三人とも馬車に乗ってくれ」


『はい』『分かりました』『了解』


 それぞれ返事をして鎧機兵から降りて、愛機を返還。馬車の中に乗り込んだ。

 アッシュは馬車を進ませた。

 サンクが、相談事があると言ったので、少し青年を待っていたが、しばらくして御者台に現れたのはユーリィだった。


「アッシュ」


「おう。どうした。ユーリィ」


「アッシュが暇かと思って」


「そっか」


 アッシュは少し首を傾げた。


「そういや、サンクの奴は?」


「サンク? 男の騎士さんのこと?」


 アッシュの隣に座り、今度はユーリィが小首を傾げた。


「ああ。そうだ」


 アッシュは頷く。


「なんか、俺に話があるって雰囲気だったんだが……」


「……あの人なら、ルカのお付きの二人と睨み合っている」


「へ? なんで?」


 アッシュは目を丸くした。

 もしかして、騎士たちは仲が悪いのだろうか?

 すると、ユーリィはかぶりを振った。


「私にも分からない。サンクって人、女の人たち二人の対面に座って、二人とずっと無言で睨み合っているの」


「ふ~ん」


 よく分からないが、何か因縁があるのかも知れない。

 まあ、サンクと話をする機会は、これから幾らでもあるだろう。


「ま、いっか」


 アッシュは手綱を握り直した。

 と、その手にユーリィが右腕を絡めてくる。


「ボレストンまであと、二時間ぐらいなんでしょう? お話しよ。アッシュ」


「おう。そうだな」


 やけに甘えん坊なユーリィに、アッシュは破顔した。


(……むむ)


 さりげなく、絶賛成長中の胸も、腕に押し当てているユーリィなのだが、アッシュに気付いている様子はない。

 ……だが、それも仕方がない。

 現在、アッシュと結ばれた女性は四人。

 サクヤ、オトハ、サーシャ、レナ。

 誰もが脅威的なまでの胸囲力を誇る女性たちだ。

 無念ではあるが、やはり自分では戦力不足なのだろう。


(けど、それでも構わない)


 なにせ、自分の将来は確約されたのだ。

 もはや胸の大きさも関係ない。

 ただ、今回の機会は、ルカとシャルロットとの激戦ジャンケンの末に勝ち取ったものだ。

 ボレストンに到着するまでの二時間は、たっぷり甘えるつもりだった。


「今回の調査。余裕があるなら、エルナス湖にも行きたい」


「ああ。あの湖か。綺麗な場所だったもんな」


 と、愛娘と談笑するアッシュ。

 馬車は、のんびりと街道を進んでいく。

『ドランの大樹海』の近くを通り、森に沿うように進む。

 そのまま大樹海から離れ、さらに街道を行く。

 そうして――。


「……え?」


 ユーリィが目を丸くした。


「……ようやく見えてきたな」


 アッシュが言う。

 工房ギルドで話には聞いていたが、これは中々壮観な姿だった。

 ユーリィが驚き、その光景に目を奪われるのも仕方がない。

 アッシュはふっと笑い、


「なるほどな。確かに名前通りの都市だ」


 ポツリと呟いた。


「あれが、円塔都市『ボレストン』か」

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