第497話 旅立ちと、日常②
「……ごめんなさい」
少女が、ぺこりと頭を下げる。
同時に、美しい銀色の髪が、流れるように肩にかかった。
橙色の基調にしたアティス王国の騎士学校の制服。
その上に、女性的なフォルムが印象的なブレストプレートを装着した少女。
サーシャ=フラムである。
時刻は放課後。三回生の男子生徒に校舎裏まで呼び出されたサーシャは、男子生徒の告白を聞いてから、楚々たる仕草でそう答えたのだ。
ちなみに、愛用のヘルムは教室に置きっぱなしだった。
サーシャは顔を上げた。
三回生の男子生徒と視線が合う。
彼は、三回生の『十傑』の一人だった。高い実力と、誰にでも公平な人柄で知られる先輩で、サーシャのクラスでも想いを寄せる女生徒が多い人だった。
そんな人が自分に気をかけてくれたのに、少し申し訳ない気分になる。
「……ああ~」
先輩は、ボリボリと頭をかいた。
「やっぱ好きな人がいるの?」
「……はい」
サーシャは頷く。先輩は少し苦笑いをして、
「それって師匠?」
そう尋ねる。
これまでのサーシャならば、「あの、その……」と、そこで顔を赤くして、しどろもどろに言葉を詰まらせるところだっただろう。
しかし、今のサーシャは違った。
表情に穏やかな笑みを
「はい。そうです」
はっきりと、そう答えた。
全く揺るぎない姿勢に、先輩は目を丸くするだけで呻くことも出来なかった。
「そ、そっか……」
と、どうにか呟き、
「う、うん。告白を聞いてくれてありがとう。結果は残念だけどすっきりしたよ」
そう告げて、背を向けて去って行った。
サーシャは一人その場に残されていたが、
「………ふう」
と、息を吐き、自分も教室に戻ろうとした時だった。
「……有無を言わせない一撃だったわね」
と、不意に声を掛けられた。
振り向くと、そこには少女がいた。
年齢はサーシャと同じ十七歳。二回生。切れ長の蒼い瞳と腰までのばした絹糸のような栗色の髪。スレンダーな肢体を持つ美しい少女。
――アリシア=エイシス。
サーシャの幼馴染であり、親友でもある少女だった。
そして隣にはもう一人、少女の姿がある。
淡い栗色のショートヘア。長い前髪に隠された、澄んだ湖のような水色の瞳が印象的な、サーシャたちと同じ制服を着ている少女。年齢は十五歳。一回生になる。しかし、年下ではあるが、そのプロポーションはサーシャにも迫るほどであり、美貌においては、サーシャたちにも劣らない。
――ルカ=アティス。
彼女もまたサーシャの幼馴染。そして彼女はこの国の王女さまだった。
「お姉ちゃん、迷いがない、です」
と、ルカが言う。
「あはは」とサーシャが笑った。
「だって事実だし」
と、はっきりと答える。
アリシアたちは「「むむむ」」と唸った。
サーシャが、遂にアッシュと結ばれたことは、彼女たちも知るところだった。
激戦を潜り抜けて、さらには彼に真っ直ぐ想いを叩きつけて。
ただの弟子から、彼の愛する女へと。
サーシャは、アリシアたちよりも先に上のステージへと進んだのである。
彼女たち、年少組の中では、まさに快挙であった。
そしてその事実は、サーシャに劇的な変化も与えていた。
やはり愛を紡いだことが、大きな自信にも繋がったのだろう。
何というか、一気に艶やかさが溢れ出てきたのである。
正直、アリシアやルカの目から見ていても、サーシャが時折見せる仕草が、とても色っぽく感じる時がある。異性ならば、もっと強く感じるに違いない。
それが《夜の女神杯》後の告白ラッシュにも繋がっていたりする。
しかも、サーシャが覚醒したのは、女性としての魅力だけではない。
心もまた大きく変化していた。
アッシュへの愛が、もはや揺るがないものになったのだ。
自分には好きな人がいる。そう答える態度には、すでに恥じらいはなく、たまたま街で声を掛けられた人妻が、自分には夫がいますのでと答えているようでもあった。
あの、どこかのほほんとしていた幼馴染が、だ。
「(お姉ちゃん、凄く綺麗になりました)」
「(ここまで変わるものなの……?)」
こっそりと囁き合うルカとアリシア。
アリシアたちとしては、本当に唸るばかりだった。
「二人とも。これから帰るところなの?」
サーシャがそう尋ねると、
「あ、うん」
アリシアが頷く。
「今日はクライン工房のところにね」
「は、はい」
ルカもコクコクと頷く。と、
「あ、そうなんだ!」
サーシャが嬉しそうに、ポンと柏手を打った。
「
ごく自然に彼の名前を呼んで「それじゃあ、ヘルムを取ってくるから少し待ってて」と告げて校舎へと走っていった。
アリシアとルカは、しばし、サーシャの去って行った方を見ていたが、
「……本当に変わったわね。サーシャ」
「……うん」
アリシアが神妙な声で呟き、ルカがこくんと首肯する。
正直なところ、とても大きな差をつけられたことは否めない。
けれど、
「ルカ。私たちも続くわよ」
「う、うん。ユーリィちゃんにも、アリシアお姉ちゃんにも負けないから」
コクコク、と首を動かすルカ。
今や、彼女たちにとって、現時点での差は敗北でも何でもない。
現時点で何馬身離されようとも、最終的に同じステージに立つのだから。
勝敗があるとしたら、その後に誰が正妻になるかである。
「まあ、とりあえず、サーシャは今、かなり浮かれているから少し説教しましょう」
「う、うん。ちゃんと、私たちのフォローもして欲しい」
出遅れていることなど何のその。
アリシアたちは、静かに戦術を練るのであった。
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