エピローグ

第494話 エピローグ

 その日。

 シェーラ=フォクスは、とても緊張していた。

 なにせ、今日、初めてアラン叔父さまの家に招かれたのだ。

 付き合いこそ長いが、彼の家に招かれるのは初めてのことだった。


(お、落ち着くのであります。シェーラ)


 胸元に手を当てて、息を吐く。

 彼女は今、つばの大きい帽子と、白いワンピースを纏っていた。

 片手には、四角状の手荷物を持っている。

 雲もない蒼い空の下、清楚な趣な彼女の姿はとてもよく似合っている。


 シェーラは、顔を上げた。

 目の前には大きな格子状の門扉がある。その先には荘厳な館が遠目に見える。


 フラム家の歴史は長い。爵位こそないが、名門に相応しい館だった。

 シェーラが一歩前に進むと、


「ああ。ようこそ、いらっしゃいませ」


 門番らしき老兵士……庭師にしか見えない温和な老人が会釈してくれた。


「フォクスさまですな。旦那さまから窺っております」


 言って、彼は門を開けてくれた。

 シェーラが「ありがとうございます」と礼を告げると、老人はニコニコ笑いながら、館の方へ手を向けてくれた。

 シェーラはもう一度頭を下げると、館に向かって歩き出す。


 シェーラは、手荷物を持ち直した。

 この中身はワインだ。

 今日は、夕食まで誘われている。


 それを聞いたゴドーが、食後にアランと一緒に楽しむといいと言って、用意してくれたのがこのワインだった。酒に弱くなってしまったシェーラやアランでも楽しめる、アルコール度数の低いワインだと聞いている。


(何から何まで、ありがとうであります。ゴドー叔父さま)


 決勝戦で敗北したシェーラを、ゴドーは全く責めなかった。

 それどころか、その後もフォローしてくれるぐらいだ。

 このワインに関してもそうだ。


『いいか。シェーラ君。この酒はアルコール・・・・・度数こそ低い・・・・・・が、なかなかの銘酒でな。アランと二人だけで楽しむのだぞ。いいか。二人だけでだぞ』


 それほどの銘酒を用意してくれたらしい。

 シェーラは、ぎゅうっとワインを抱きしめた。

 ゴドー叔父さまには、本当に感謝しても感謝しきれなかった。

 このワインは、夕食後、アランと楽しむつもりだった。


(それと、今日は……)


 シェーラは顔を上げて、徐々に近づいてくる館を見つめた。

 今日の目的は、もう一つある。

 それは、アランのご息女と会うことだ。

 四日前。《夜の女神杯》の決勝戦後の閉会式以降、初めて会うことになる。

 閉会式の時、シェーラ同様に、彼女も決勝戦で相当消耗していたらしく、ずっと顔が赤かったことを憶えている。それを気遣って、その時はあまり話す機会もなかった。

 今日は、彼女とゆっくり話す初めての機会なのだ。


(そう。今日は、アラン叔父さまと、より親睦を深めるだけでなく、出来るだけ外堀の方も埋めるのであります)


 シェーラは胸の前で、グッと拳を固めた。

 義娘との距離を埋める。それが今回の目的の一つだ。

 ただ、実のところ、彼女――サーシャと話すことは密かに楽しみでもあった。

 今までは、未来の義娘だから仲良くしなければならないというぐらいの認識だったが、あの決勝戦を経て、サーシャには、強く興味を抱くようになった。


 ――あの子は、何が好きなのか? 

 ――やはり年頃。好きな人はいるのだろうか?


 サーシャとは、外堀など関係なく話してみたかった。

 しかし、残念ながら、今日、シェーラの願いが叶うことはなかった。

 何故なら、肝心のサーシャが、丁度今日から小旅行に出かけていたからだ。

 優勝祝いの企画らしい。友人たち・・・・とラッセルに三日間宿泊するそうだ。

 シェーラは、とても残念に感じていた。


 けれど、彼女には、まだ知らないことがあった。

 それは少し未来の話だった。


(彼女と仲良くなれるといいのでありますが……)


 シェーラは、再びワインを持ち直した。


 ――そう。アルコール度数・・・・・・・が低いと信じ切っているワインを・・・・・・・・・・・・・・・・

 今夜、ゴドーの言いつけ通り、アランと二人で楽しむことになるワインを。

 一口呑んだだけで夢心地になり、そのままふわふわとして、結局、夕食だけでなく、この館に泊まり込むことになる未来を、彼女はまだ知らなかった。

 酔った勢いで、彼相手に積年の想いを全部吐き出してしまうことも。


 彼は相当に悩んだ末だったが、『ぜ、善処する』と答えてくれて、嬉しくなったシェーラが、さらにお酒の力を借りて何度もキスをして押し切ってしまうことも。また、その夜の内に、今度は、シェーラが夜通しで彼の愛を受け入れることになることも。


 そうして翌朝、生まれたままの姿で彼の腕の中で目を覚ました時、彼女が、顔どころか全身まで真っ赤にしてしまうことも、今はまだ知らない未来の話だった。


「頑張るのであります」


 今は、ただ強く意気込むシェーラだった。



       ◆



 時は経って、五日後。

 場所は、王城ラスセーヌの第三会議室。

 レディース・サミットの、いつもの舞台だ。

 ただ、いつもと違い、今はとても、シンとしていた。

 そこには今、八人の女性がいた。


 右側の席に、オトハ、サクヤ、ミランシャ、シャルロット。

 左側の席に、アリシア、ルカ、ユーリィ。そしてユーリィの隣には、新たに参加することになったレナの姿がある。


 レナはいつもの服ではなく、ユーリィと同じ、クライン工房のつなぎを着ていた。

 彼女は今、決闘の敗北を理由に、クライン工房の暫定従業員となっているのだ。その容姿と大会での活躍も相まって、工房の第二の看板娘になっていたりする。


 ともあれ、ここでは、彼女も対等の同志だった。

 大きな長机の上には、香り立つ紅茶。しかし、誰も手を付けていない。

 全員が緊張した面持ちで席に座っていた。

 そして、


 ――コンコンと。

 部屋のドアが、ノックされた。


 全員がハッとした表情で、ドアの方へと目をやった。

 全員が緊張を深める。特に、アリシアたち年少組はかなり動揺していた。


「……開いているぞ。入っていい」


 そんな中、オトハが代表してドアの向こうの人物に告げる。

 すると、ドアが開かれた。

 そして一人の少女が入ってくる。


(…………え)


 彼女の姿を見て、誰よりも驚いたのは、アリシアだった。

 いつもの制服に、小さな赤い外套を付けたブレストプレート。手にはトレードマークでもあるヘルムを抱えて歩く少女。アリシアの幼馴染だ。

 だけど、銀の髪をなびかせて歩く今の彼女の姿は、まるで別人のように見えた。


 温和でありつつも、とても凛とした琥珀色の眼差し。

 桜色の唇は、実に艶やかだった。まだ少女であり、健康的な美貌を持つ彼女は化粧などしないのだが、今の彼女には、赤い口紅もよく似合いそうだ。


 確固たる自信と、華やかさに満ち溢れた姿。


 ――遂に咲いた大輪の華。

 そんな印象を、とても強く抱かせた。

 アリシアだけでなく、誰も声を発しないのは、同様の想いを抱いたからだろう。


(……サーシャ)


 思わず、アリシアが茫然としていると、彼女――サーシャは、ヘルムを両手で机の上に置き、本来は議長が座る中央席についた。

 サーシャは、小さく息をつく。

 そうして、


「お待たせしました。先日、旅行から戻ってきました」


「……う、うむ」


 明らかに変わったサーシャの雰囲気に、オトハであっても言葉を詰まらせる。


「そ、そうか……。旅行は楽しめたか?」


「……はい」


 サーシャは、こくんと頷いた。

 再び全員が沈黙した。

 オトハとサクヤが口籠り、ミランシャ、アリシア、ユーリィ、ルカが緊張した面持ちを浮かべて、シャルロットとレナが、さらに緊張した顔でサーシャを凝視していた。


「……サーシャちゃん」


 そんな中、ミランシャがいよいよ口火を切った。


「……単刀直入に訊くわ」


 微かに喉を鳴らして、


「……今回の旅行で、あなた、アシュ君に抱かれたの?」


 その問いかけに、全員が息を呑んでサーシャに注目した。

 沈黙が続く。

 十秒、二十秒と続き、そうして――。


「……はい」


 サーシャは、はっきりと答えた。

 全員が、大きく目を見開く。

 両手でヘルムを強く押さえながら、サーシャは言葉を続けた。


「……その、初めては……初日の夜、でした……」


 そこで、艶めかしい吐息を零す。

 彼女は、おもむろに片手を自分の首筋に添えた。

 数瞬の沈黙を経て、微かに頬を染める。

 彼女の顔つきはすでに『少女』のものではなく、『女』の顔だった。

 アリシア、ルカ、ユーリィの三人は、愕然とした表情でサーシャを見つめた。

 けれど、サーシャの『女』の顔は、長くは続かなかった。


「……はうゥ」


 おもむろに、両手で顔を隠したのだ。


「……凄く、緊張したけど、アッシュはとても優しくて……」


 ふるふる、と銀の髪を揺らす。

 手からはみ出した両耳は、見事なまでに真っ赤だった。


「……ホントに、もうホントに凄く優しくて、私、初めてだったのに感極まっちゃって、気付いたら、自分から……」


 十数秒の沈黙。

 全員の視線が、サーシャから離れなかった。

 特に、アリシア、ルカ、ユーリィの三人。

 サーシャと同年代の少女たちの顔が、自分のことのように赤くなる。


「ふ、二日目は……」


 サーシャの両肩が、小刻みに震えてくる。


「……その日はもう一日中で、私、ずっとふわふわしてて、けど、私はもうただの弟子なんかじゃないんだって実感した日だった。……そして三日目の夜は……」


 サーシャのか細い呟きに、部屋は再び静寂に包まれる。

 重い、とても重い沈黙だった。

 その間も、サーシャは耳を真っ赤にして、ずっと両手で顔を隠していた。

 よほど強烈な思い出なのか、三日目の夜のことは語ろうとしない。


「…………はァ」


 アリシアが、熱い吐息を零す。

 口元を片手で押さえつつ、紅潮した顔で視線を逸らして、ポツリと呟く。


「まさか、サーシャが三人目になるなんて……」


 アリシアの感情は、実に複雑だった。

 幼い頃からずっと一緒に育ち、誰よりもよく知っている親友。妹分でもあるおっとりした幼馴染が、自分よりも先に大人の階段を昇ったのである。困惑も当然だろう。

 ルカとユーリィも、まだ、この状況を受け入れきれずにいるようだ。


 一方、年長組も、複雑な想いだった。

 サクヤとオトハの前後妻 (?)コンビは、互いの顔を見合わせていた。


「……正直、サーシャちゃんが、三人目になるのは意外だったわね」


「……そうだな。私もそう思っていたが」


 オトハは、大きな胸を支えるように腕を組んで唸った。


「案外、この可能性は元々高かったかもな。そもそもフラムは、性格的にも容姿的にもクラインの好みだったしな。弟子としても本当に大切に想っていた。決断させるような切っ掛けがあれば、こうなることは……」


「……そっか。そうだよね。けど、気になるのは」


「……ああ。そうだな」


 二人は互いに頷くと、サーシャの方に目をやった。

 そして、声を揃えて尋ねる。


「「『そろそろ本気』は聞いた?」」


「――ふえェっ!?」


 サーシャは顔から手を離して、ビクッと肩を震わせた。

 その後、赤い顔のまま目尻に涙を溜めて、プルプルと震え出す。

 視線は、ずっと明後日の方を見つめていた。

 それだけで、経験者・・・であるサクヤとオトハは理解した。

 これは、やっぱり洗礼を受けたな、と。


 三日目の夜。

 それはもう容赦なく、徹底的なぐらいまでに愛されたのだ。


 自分たちの時のことを思い出して、二人は揃って頬を染めつつ、小さく息をついた。

 と、その時、


「……ああ! もう!」


 突如、ミランシャが、バンッと机を叩いて立ち上がった。


「無念よ! 本当に無念だわ! サーシャちゃんがOKなら、アタシだって優勝していたらいけてたってことでしょう!」


「……それを言うのなら、私もですよ」


 動揺から少し立ち直ったアリシアがそう呟くと、珍しくルカも「わ、私も、きっと、頑張れば……」と、おずおずと手を上げて自己主張していた。

 結果的にみると、お祭り騒ぎだった今回の一件は、一気にステージを上げることが出来るビッグチャンスでもあったのである。


「……むう」


 最も不満なのは、ユーリィだった。

 彼女だけは、今回は参戦さえも出来なかったのだ。

 その結果、この国での初めての友達に先を越されたのである。

 もちろん、それ以外にも不満はある。

 自分は、何年も何年も想い続けて、ようやくキスと告白程度なのに、サーシャは出会ってからわずか一年ほどでアッシュの愛を勝ち取ったのだから、相当に不満だった。

 ユーリィは、どうにも納得いかない面持ちで眉をしかめた。


「……ずるい。メットさん」


「いやいやいや」


 すると、サクヤがパタパタと手を振った。


「仮にユーリィちゃんが大会に参戦して優勝したとしても、ユーリィちゃんだけは、流石に『ステージⅢ』にまで行くのはまだ無理だと思うけど……」


 と、ツッコみを入れる。ユーリィはますます「……むう」と唸った。


「ともあれ、これでサーシャちゃんも『ステージⅢ』入りだね」


「……そうだな。これで三人か」


 サクヤが呟くと、オトハが視線をまだ一言も発していない二人の方を見やった。

 シャルロットと、レナの二人だ。

 二人は、ガチガチに緊張した様子で、ピンと姿勢を伸ばしていた。


「……シャルロット」


「……は、はい」


 ギギギ、とシャルロットがオトハの方に首を向けた。

 メイドさんの蒼い瞳の奥は、かなりグルグルと回っていた。

 オトハは、ここ数日で知った情報を改めて確認する。


「お前は、すでに、『ステージⅢ』を、クラインに確約されているんだったな」


「は、はい」


 コクコクと頷く。


「き、きっと、近日中には……。サーシャさまが、こうして『ステージⅢ』に移行された以上、次は私の番で……」


「そ、その、あのさ」


 レナが、両手を膝の上に、視線を逸らして呟いた。


「オレ、実は大会で負けた後、無茶くちゃアッシュを挑発しちゃったんだ。オレは負けたからもうアッシュの女だって。だから決闘の約定を果たせって……」


 そこで耳を赤くして視線を伏せた。


「オレ、あの時、まだオレも女なんだってことをよく理解してなくて、なのに、変な自信まで持っててさ。その、エッチでアッシュをオレに夢中にさせて、アッシュを傭兵にするために説得するなんて言っちゃって……」


「……お前」


 同じ傭兵であるオトハが呆れた顔を見せた。


「そんなことをクラインに言ったのか?」


「う、うん」


 レナは、オトハと視線を合わせないままブンブンと頷いた。


「その……それでさ。オレが負けた時の約定って、アッシュとエッチすることだって、なんか自分で決めちまったような形になっちまったんだ。決闘の約定っていつまでも保留に出来るもんじゃねえし、絶対だし、その、筋を通す意味でも一度は……だ、だから、きっとシャルロットの次は……」


 カアアアア、と顔をさらに赤くする。

 大会以降、どうも彼女には強い恥じらいが生まれたようだった。

 オトハたちの目から見ても、仕草などがとても可愛らしくなっている。

 元気娘であることは変わらないが、乙女っぷりが強く前面に出ているのである。

 まるで、初めて恋を知った少女のようだった。オトハ、ミランシャと同い年なのに、年少組側の席に着いているのもそのためだった。


「いずれにせよだ」


 オトハが、コホンと喉を鳴らした。


「これで遂に三人目だ。しかも相手はフラム。均衡はもう完全に崩れたと言えるな。シャルロットが、すでに次に確定しているとしても、その次に想いを遂げるのが誰になるのかは分からない。各自」


 そこで人差し指を唇に当てて、オトハは頬を少し朱に染めつつ告げた。


「……覚悟・・はしておけよ」


 経験者の忠告に、全員が肩を震わせて、耳まで赤くなった。

 次が確定しているシャルロットに至っては、両手で顔を覆って震えていた。

 ただ、ミランシャだけは「……むむ」と唸っていた。

 彼女だけは時間が少ない。帰国の時期が近づいているからだ。


「……覚悟なら、とっくにみんな出来てるでしょう」


 不満そうに、頬を膨らませてそう告げる。


「……そ、そうですよね。今さらってやつですよね」


 アリシアが、大きく息を吐き出した。シャルロットとレナは緊張で硬直していたが、ルカとユーリィは、コクコクと頷いていた。


「その点は、みんな覚悟済みだし。けど、情報だけは必要だわ」


 そこで、未だ赤い顔のままの幼馴染に目をやった。


「サーシャ」


 一足早く大人の階段を昇った少女に問う。


「とりあえず最新情報を教えて。対策にするから」


「――ひゃあッ!?」


 サーシャは、ビクッと震えるが、


「そ、そうだね……」


 ゴクンと喉を動かして、大きく深呼吸した。

 何度も何度も繰り返して呼吸を整える。

 それから、サクヤとオトハも含めて、全員の顔を見渡した。

 こくん、と頷く。


「う、うん。分かった。けど、まず、最初に……」


 そうして、彼女は、極めて真面目な顔でこう告げるのだった。


「……三日間は無茶だった。本当に無謀だった。ダメ。もうダメダメだよ。愛されすぎておバカさんになっちゃうから」



       ◆



「……ふゥ」


 一仕事終えて、アッシュが息をつく。

 そこは、クライン工房の一階。作業場だ。

 アッシュの目の前には、修理し終えたばかりの《ダッカル》の姿があった。

 大会でアッシュが壊して、今ここでアッシュが直したということだ。


(……マッチポンプかよ)


 苦笑を浮かべる。

 ともあれ、これで大きな仕事の一つは片付いた。

 小旅行のために溜まっていた仕事も、これで終了だ。


「……旅行か」


 アッシュは目を細めた。

 愛弟子の優勝を祝って、二人で出かけた旅行。

 サーシャは父親に、友人たちと行くと嘘までついたらしい。


「悪いことをさせちまったな」


 ボリボリ、と頭をかく。

 彼女に嘘をつかせてしまったのは、自分の不甲斐なさゆえだ。

 サーシャをこの腕に抱くと決めた以上、彼女の父親をちゃんと説得しないのは、不義理に当たる。旅行の前に、アッシュは何度もフラム邸に訪れたのだが、残念ながら一度もサーシャの父親と会うことは出来なかった。

 そうして、そのまま旅行の日になってしまったのである。


「それに……マジで、はっちゃけすぎちまったか」


 その点も反省する。

 健気なサーシャが、あまりにも愛らしすぎて。

 あの三日間は、あの子に、相当な無茶をさせてしまったと思う。


 初日の夜は、まだ優しくしてやれた。

 潤んだ琥珀色の眼差しに、窓から差し込む月明かりで輝く銀色の髪。一糸も纏わない彼女の姿は、本当に綺麗で……。


 とても、大切にしてやれたと思う。

 二日目は、二人でほとんど部屋に籠っていた。サーシャを離したくなかったのだ。

 夕方までは一度も部屋を出ることはなく、軽く入浴した後、ふわふわとした彼女の肩を支えて二人で夕食をとり、また夜を迎えて――。


 その日は、何度キスを交わしたのか分からないぐらいだ。

 サーシャのことが、本当に愛しかった。

 ただ、心底愛しすぎたために、いつしか全身に玉の汗を浮かべて、自分の腕の中で荒い息を繰り返すだけになってしまったサーシャには、かなり焦ったものだった。


 ――しまった。二日目にして、愛情と熱情をぶつけすぎてしまった。

 思えば、サクヤの時も、オトハの時もそうだった。

 どうも自分は愛する女に対しては、本当にタガが外れてしまうらしい。


(……何してんだよ。俺は)


 こればかりは、心から反省する。

 ……まあ、翌朝、『も、もう大丈夫だよ! 私は体力が取り柄だし!』と、健気にガッツポーズを取る彼女に、どうしようもないぐらいの愛しさを感じて、結局、三日目の夜には、もっと激しく愛情をぶつけてしまうことになるのだが。


 その夜は、サーシャも完全に目を回していた。

 だが、これでサーシャも名実ともに、自分の愛する女になったということだった。


 サクヤと、オトハ。そしてサーシャ。

 生涯で愛した三人の女性。

 そして、近い内に愛すると約束したシャルロット。


 アッシュは、腕を組んで改めて考える。


「……サクとシャルには家族はいねえしな。団長……オトの親父さんの方は、流石に今は無理でも、やっぱサーシャの親父さんの方には、絶対に挨拶に行くべきだよな」


 そこで、いずれ娘さんを嫁に貰うことを報告するつもりだった。

 必ず幸せにする、と義父に誓うつもりだった。

 まあ、実際のところ、それを告げるのは相当後のことになる。

 その件を告げる前に、逆にサーシャの方が驚愕するような報告を父にされるからだ。

 それに関しては、アッシュも本当に驚くことになった。

 ただ、それも、もう少しだけ後の話だ。


「けどよ」


 アッシュは、遠い目をする。

 この国に来て、本当に自分の人生は大きく変わったものだ。

 騎士時代にしろ、傭兵時代にしろ。

 もっと遡って、クライン村にいた頃にしろ。

 まさか、嫁さんを四人も迎えることになるとは夢にも思わなかった。

 ……思うはずもない。

 ――それに、まだレナのこともある。

 本気の彼女にどう答えるべきか。何より、ユーリィに対してもまだ……。


(……う~ん)


 ポリポリ、と頬をかく。

 一向に悩みの種が減らない気がするのはどうしてだろうか?


(まあ、結局、全部、俺が選んだことだしな)


 苦笑いを浮かべる。

 将来のことはともあれ、今言えることは、確実に家族は増えるということだ。

 彼女たちを幸せにするためにも、これからは、さらに頑張っていかなければならない。


「おし。仕事をすっか」


 そう呟いて。

 今日も仕事に勤しむ、アッシュであった。




 第15部〈了〉


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 読者のみなさま。

 本作を第15部まで読んでいただき、誠にありがとうございます!


 第15部以降も基本的に別作品の『骸鬼王と、幸福の花嫁たち』『悪竜の騎士とゴーレム姫』と執筆のローテーションを組んで続けたいと考えております。


 もし、感想やブクマ、♡や☆で応援していただけると、とても嬉しいです! 

 大いに励みになります!

 今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします!

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