第488話 二人の未来④

 随分と静かだ。

 愛機・《ホルン》の中で、サーシャはそう思った。

 大歓声は耳に届く。

 だけど、それが遠くに聞こえるほどに、心がとても落ち着いていた。


 ――《夜の女神杯》・決勝戦。

 ここまでの道程は長く、平坦ではなかった。


 特に、アリシアとの戦い。レナとの決闘。

 どちらも、格上との戦いだった。

 アリシア相手だと、十回戦えば、九回は負ける。

 レナ相手なら、百度に一度、勝利を納められれば奇跡だろう。

 それを乗り越えて、ようやくこの舞台に辿り着いた。


(……けど)


 サーシャは琥珀色の眼差しで、目の前を見据えた。

 そこには、紫色の鎧機兵の姿があった。

 長尺刀を持つ、髪を彷彿されるような飾りが頭部にあるのが印象的な機体。

 決勝戦の対戦相手である、シェーラ=フォクス選手の愛機だ。


(……フォクスさんがここまで来るのも、簡単じゃなかったはず)


 格上との戦いを乗り越えてきたのは、彼女も同じだった。

 闘技に精通したルカ。

 何よりも、《七星》の一人であるミランシャ。

 その困難さは、彼女たちをよく知るサーシャにはよく分かった。

 フォクス選手には、サーシャと同じぐらい負けられない理由があるのだろう。

 いや、その理由もすでに知っている。

 準決勝で、彼女はミランシャ相手に語っていた。

 彼女は好きな人と結ばれるために、この大会に参加しているのだと。


(……あはは、私と同じなんだ)


 サーシャは微笑んだ。

 強い共感を抱く。

 彼女の想う人が、どんな人なのかまでは知らない。

 生真面目そうなフォクス選手が愛する人だ。きっと真面目な人物なのだろう。

 こういう状況でなければ、彼女には結ばれて欲しいとも思う。

 しかし、今回ばかりは、


(……ごめんなさい。フォクスさん)


 サーシャは面持ちを改めて、操縦棍を強く握り直した。

 今回、負けられないのは、サーシャも同じだった。

 それに、


(フォクスさんは、きっと私よりも強い)


 ――準決勝・第二試合。

 それは、サーシャも見届けていた。

 あのミランシャを押し切った最後の動き。

 あれは、只事ではなかった。土壇場の底力というよりも、まるで抑えつけていた力を解放したといった感じだった。

 恐らく、あの力は偶然や、あの場限りの力ではない。

 いつでも出せる力。しかし、最初から出してはミランシャには通じない。

 だからこそ、力の出しどころを見極めたのだ。

 それなりの実戦を経験してきたサーシャの勘がそう告げていた。


 そして、この決勝戦。

 サーシャはミランシャに比べれば、明らかな格下だ。

 だから、きっと彼女は――。


『……いざ』


 すうっ、と。

 シェーラの愛機・《パルティーナ》が長尺刀を水平に構えた。


『……参るのであります!』


 そう叫び、《パルティーナ》が跳躍した。


(――速い!)


 サーシャは目を剥いた。

 やはり、これまでの速さではない。

 準決勝での動きだ。


(やっぱり最初から全力!)


 一瞬で間合いを詰めた《パルティーナ》が、上段から長尺刀を振り下ろした。

 サーシャの愛機・《ホルン》が長剣の刀身を左手で支えて、斬撃を受け止めた。

 ――ズシンッ!

 重い斬撃に、《ホルン》の両足が沈み込んだ。

 まるで重装甲タイプの機体の一撃だ。

 《ホルン》の両腕がギシリと軋み、サーシャは歯を喰いしばった。

 だが、それも一瞬だけのことだった。

 突如、《パルティーナ》が反転、竜尾を《ホルン》の胴体に叩きつけてきたのだ。


『――くあっ!』


 ――ブワッ、と。

 《ホルン》の体が宙に浮く。そのまま大きく跳ね飛ばしてしまった。

 この一撃も、これまでの試合の比ではない。


(――クッ!)


 吹き飛ばされた《ホルン》は宙空で姿勢を整え直して、両足を地面につけた。ガガガッと両足が火線を引き、土煙が上がる。


「「「おおお……」」」


 観客席が、どよめいた。

 明らかに膂力が違う。観客たちは《パルティーナ》に注目した。


『これは凄い! 明らかにパワーアップしています! これはもしや……』


 司会者の声が会場に響く。

 そして十数秒後、


『おお! フォクス選手の《パルティーナ》! やはり恒力値が上がっております! それも……実に凄い! なんと三万五千ジン! 師匠の《黒鬼》に次ぐ出力です!』


「ええッ!」「マジか!」「どうなってんだよ! それ!」


 観客たちが騒ぎ始めた。中には「反則だ!」と叫ぶ者たちもいる。

 対し、大会運営者側である司会者は、


『御来客の皆さま! これは反則ではありません! 本大会において、恒力値の上限の規定はありませんから! 強敵との戦いを想定して真の実力を隠すのもまた戦術です! しかし、こうなると苦しいのは、やはりフラム選手!』


 一拍おいて、声を張り上げた。


『その恒力値の差は、実に十倍! 果たしてフラム選手に勝機はあるのか!』


 その台詞を聞き、サーシャは苦笑を浮かべた。

 出力が上がっていることは実感していたが、まさか三万超えとは。


(……十倍かぁ)


 これは、想像以上の出力差だった。

 だが、こういっては何だが、たかだか十倍である。

 サーシャと《ホルン》の事実上の初陣など、もっとえげつない出力差だった。


 掠るだけで装甲が吹き飛ぶような攻撃力。

 挙句に、炎まで吹いたあれ・・に比べれば、遥かにマシだ。


 そもそも、自分の愛機より恒力値が低い相手は稀なのである。と言うよりも、そんな相手とは一度も戦ったことがないような気がする。

 いずれにせよ、もう出力差は気にしなくなっていた。


(たかだか十倍! まだまだ!)


 この程度で、心が折れたりはしない。

 サーシャの闘志に呼応して、《ホルン》の両眼が輝いた。

 白い鎧機兵は、長剣を真っ直ぐ構える。


『その闘志。見事であります』


 サーシャの心が全く折れていないことに、シェーラもすぐ気付いた。

 《パルティーナ》が、脇に添えるように長尺刀を構えた。

 ギシリ、と柄を強く握る音が聞こえてくる。


『流石は、アラン叔父さまのご息女であります。では、いよいよ』


『……はい』


 サーシャは、こくんと頷く。シェーラも頷き返した。

 二機は静かに対峙した。

 盛り上がっていた会場も、徐々に静かになって二機に注目する。

 そして、


『私たちの決勝戦を』


『始めるであります』

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