第482話 極光の意志➂
(意外と手強いわね)
激しい剣戟の応酬の中、ミランシャは少し感心していた。
ガンッ、と長尺刀の一撃を盾で弾く。
――シェーラ=フォクス。
この国の騎士であり、前大会の覇者でもある選手。
肩書だけだと、なかなかのモノだ。
しかし、グレイシア皇国の上級騎士であり、不慣れな機体といえども《七星》の一人であるミランシャから見れば、脅威を感じるほどの相手ではない。
事実、ミランシャが知る最強クラスの剣士であるオトハに比べれば、斬撃も動きもまだまだだ。苦戦するようなレベルでもない。
だが、現状は、
(本当に、ねばるわ)
ミランシャが操る《白牙》が刺突を繰り出す!
対するシェーラの《パルティーナ》は、大きく横に跳んで回避した。
優雅な回避でない。緊急回避に近い大きな動きだ。
ミランシャは、態勢を崩した《パルティーナ》に追撃を加えた。
ズガンッと盾で殴りつける!
頭部を打ちつけられた《パルティーナ》は、片膝をガクンと崩した。
そこへ長剣を振り下ろすが、それは長尺刀で受け止められた。
――ギリギリギリ……。
二機は、その姿勢のまま、鍔迫り合いを行う。
膂力においても、姿勢においても有利なのはミランシャの《白牙》だった。
刃に押されて《パルティーナ》の膝は、徐々に沈み込んでいく。
――と、
――ズガンッッ!
《パルティーナ》は盾で殴打された。
防御も出来ず、《パルティーナ》は大きく吹き飛ばされてしまった。
一度、二度とバウンドする。バチッと肩から大きな火花が散った。
まさに満身創痍だ。
だが、それでも《パルティーナ》は、長尺刀を杖に、どうにか立ち上がった。
劣勢であっても諦めないその姿に、観客席からも「「おお……」」と声が上がる。
『大した執念ね。フォクスさん』
一方、ミランシャも感嘆の呟きをもらした。
正直なところ、ここまでねばるとは思っていなかった。
すると、
『……当然であります』
シェーラは、訥々と語り始めた。
『シェーラは負けられないのです』
『……それは、前回の覇者の意地ってやつ?』
ミランシャがそう尋ねると、シェーラは操縦席の中でかぶりを振った。
『違うのであります。そんなものは、シェーラにとっては何の意味もありません。意味のない称号です。ハウル殿』
一呼吸入れて。
『貴女の一回戦は、シェーラも見ていました。貴女は愛しい人のために、優勝を目指しているのでしょう?』
『……ええ、そうよ』
ミランシャは頷いた。
『彼と結ばれるために、アタシは優勝するのよ』
『それならば、シェーラも同じです』
グググっ、と《パルティーナ》が立ち上がる。
『シェーラも、この大会に、ある方との未来を賭けているのです。すべてはあの方と結ばれるために。そのために助力してくださった方々もいます』
《パルティーナ》が長尺刀を構えた。
『何年も何年も、想い続けた方なのであります。ようやくここまで来たのです。この想いは貴女にも劣りません』
『……そう』
ミランシャは双眸を細めた。
『なるほどね。堅物な人かなと思ってたけど、案外情熱的じゃない。貴女の好きな人、どんな人なのか、後で教えてくれる?』
と、ビッグモニターに悪戯っぽい笑みを映すミランシャに、
『この大会の後でなら。こっそりとでありますよ?』
シェーラも、初めて緊張を解いたような笑みを見せた。
二人の美女の笑みに、「「「おおおお……」」」と観客席が沸いた。
「いやいやいや!? マジか!? うそだろ!? シェーラちゃん!?」
「シェーラちゃんまで……けど、流石に師匠じゃなさそうだよな?」
「う~ん、今の流れだとそうみたいだが、じゃあ、誰なんだ?」
そんな声が上がる。
一方、当事者でありながら自覚のないアランは、
「……そっかあ、あの子にも好きな男が……」
何とも言えない寂しそうな顔をして嘆息していた。
最近、
ともあれ、二機は再び対峙した。
『けど、退けないのは、アタシも同じだからね』
『分かっているのであります』
二人の声に合わせて、二機が互いの武器を構える。
《白牙》は盾を前方に、長剣を水平にした刺突の構え。
《パルティーナ》は、長尺刀の切っ先を後方下に、重心を沈めた。
互いの距離は十セージルほど。二機は沈黙する。
そして――。
――ズガンッッ!
《パルティーナ》が《雷歩》で跳躍した。
一気に間合いを詰める!
それに対し、ミランシャは冷静だった。
すでに、シェーラの全力は見切っているからだ。
斬撃を盾で防ぎ、刺突で頭部を射抜く。それで決着するはずだった。
しかし、
――ドンッ!
二機がぶつかる直前で《パルティーナ》が地を蹴ったのだ。
《パルティーナ》は《白牙》の横へと跳んだ。
そして跳んだ先で再び地を蹴り、《白牙》へと迫る!
(フェイントか)
ミランシャは、双眸を細めて《白牙》を反転させた。
フェイントを受けても動揺はしない。
彼女は、再び《白牙》に盾を構えさせた。
《パルティーナ》の力は、すでに掌握済みだ。
どんなフェイントを受けたところで、焦るものではない。
そのはずだった。
(――今であります!)
シェーラが、面持ちを鋭くした。
次いで、操縦シートのレバーを力の限り押し上げた。
途端、《パルティーナ》の眼光が輝いた。
《星系脈》に記された自機の恒力値が、一気に跳ね上がっていく。
《パルティーナ》の腹部に納められた《星導石》が極光の輝きを放っていた。
――一万ジン、一万五千ジン、二万八千ジン……。
その輝きは、止まらない。
しかし、ミランシャも含めて、それに気付く者はいなかった。
誰も恒力値の監視などしていないからだ。
同時に、シェーラは、もう一つの切り札を解放した。
愛機から溢れ出る莫大な恒力が、彼女の体を覆って細胞にまで浸透していく。
(く、うッ!)
一瞬、酩酊にも似た強い眩暈がするが、すぐに慣れた。
代わりに、異様なまでに感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
時間の流れすら遅く感じるほどの鋭利な感覚だ。
機体も、操手も。
明らかにレベルが跳ね上がった状態で、《パルティーナ》は斬撃を繰り出した!
『――えッ!』
ミランシャが目を瞠る。
それも当然だ。斬撃の速度が今までと段違いなのだから。
だが、それでも盾で受け止めたのは、流石は《七星》の一人だった。
とはいえ、あまりの威力に直撃を受けた盾は砕け散り、《白牙》自体は、後方へと大きく吹き飛ばされてしまったが。
(ここで押し切るのであります!)
シェーラは《パルティーナ》に追撃させた。
あえて、今の自分の全力を掌握させてから、急激なパワーアップ。
この動揺を誘うために、ここまで奮闘してきたのだ。
ここで押し切らねば、もう勝ち目などない。
紫色の軌跡を描き、《パルティーナ》は一瞬で間合いを詰めた。
長尺刀が下段から襲い掛かる!
『――クッ!』
それでも、ミランシャは天才だった。
長剣で長尺刀の攻撃を受け流す。
まともに受けては剣が砕かれると、瞬時に悟ったのである。
だが、一撃で倒せないのなら、連撃を行うまで。
『――はあああッ!』
裂帛の声を上げるシェーラ。
愛機・《パルティーナ》は、主人の意志に応えて猛撃を繰り出した。
四方八方から来る無数の斬撃。
それをことごとく凌いだミランシャは、やはり天才だった。
しかし、天才なのは、あくまでミランシャの技量だけだ。
(――くうッ!)
《パルティーナ》の嵐のような猛攻に、《白牙》は明らかに圧されていた。
それは、ビッグモニターを見れば一目瞭然だった。
ミランシャの視線、反応は《パルティーナ》の速度に充分対応している。
しかし、《白牙》の速度は、それに追いついていない。
わずかにテンポが遅れているのだ。
それは、致命的な遅れだった。
――ガギンッッ!
金属片が散る。受け流し切れずに長剣の刀身が刃こぼれしたのだ。
《白牙》は態勢を崩した。
その一瞬の隙に、《パルティーナ》は追撃した。
長尺刀が風を切り、今度こそ、長剣の刀身を打ち砕く!
『――クッ!』
ミランシャは舌打ちした。
これで《白牙》は無手になった。
そして――。
――ゴウッッ!
長尺刀が唸りを上げる。
ミランシャは最後まで反応できた。その斬撃の軌道を読んでいた。
しかし、《白牙》はその速度に追いつくことが出来ず――。
シン、と。
空気が硬直した。
長尺刀は《白牙》の胴体に直撃する寸前で止まっていた。
一方、《白牙》は、左腕を盾にしようとしたところで止まっていた。
会場は、静寂に包まれていた。
そんな中、
『……シェーラの勝ちでありますね』
《パルティーナ》の中のシェーラが告げる。
ミランシャは一拍おいて、
『フォクスさん。まさか、あなた……』
と、呟きかけたところで嘆息した。
『……そうね。アタシの負けね』
ミランシャは敗北を認めた。
流石にこの状況では、意地も張れない。
途端、大歓声が起きた。
「おおッ! すげえ! シェーラちゃんが勝った!」
「うそだろ!? ミランシャちゃんが負けちまった!?」
そんな声が響く中、
『おおッ! 見事な戦いでした! 準決勝・第二試合! 勝者はシェーラ=フォクス選手! 決勝進出は前大会の覇者、フォクス選手に決まりました!』
司会者が、決着の宣言を行った。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!」」」と沸く会場。
男女問わず、多くの観客たちが立ち上がって拍手を贈った。
紫色の鎧機兵――《パルティーナ》は、長尺刀を天に掲げた。
より一層、会場は沸いた。
ただ、そんな中で――。
「…………」
一人だけ。
アランだけは、眉をひそめていた。
最後の動き。
シェーラの最後の猛攻。あれは一体……。
「……どういうことだ?」
アランはシェーラの師だ。
彼女の戦闘は、よく知っている。
あれは、明らかに彼女の実力を超えた動きだった。
「……シェーラ?」
アランは、眉をさらにひそめる。
そして、微かに嫌な予感を抱きながら、
「お前、一体何をしたんだ?」
愛弟子の身を案じるアランだった。
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