第481話 極光の意志②

 愛する人の声援を背に。

 シェーラは、緊張した面持ちで操縦棍を握りしめていた。

 目の前には盾と長剣を構えた白い鎧機兵。

 ミランシャ=ハウルの機体だ。

 鋭い切っ先が、シェーラの愛機・《パルティーナ》に向けられている。

 まるで隙の無い構えだった。

 シェーラは、攻めあぐねていた。

 ――と、


『それじゃあ、始めましょうか。フォクスさん』


 ミランシャがそう告げた。

 途端、ミランシャの機体・《白牙》が間合いを詰めてきた。

 しかし、地を蹴るような加速ではない。

 音もなく。初動もなく。

 まるで滑るかのように間合いを詰めてきたのだ。

 気付いた時には、《白牙》は目の前にいた。


(――ッ!?)


 シェーラは目を剥いた。

 そんな動揺をしている隙に、《白牙》が斬撃を繰り出してくる!


『――クッ!』


 シェーラは、咄嗟に愛機に長尺刀を構えさせた。

 ――ギンッ!

 刃同士がぶつかり合い、火花が散った。

 どうにか初撃は凌いだが、《パルティーナ》は大きく後退した。

 そこに《白牙》はさらに追撃を加えてくる。

 流れるような所作で、次々と斬撃を繰り出してきた。


『――ッ!』


 シェーラは、表情を強張らせた。

 一撃一撃が、重く鋭い。

 後退しながら、斬撃を凌ぎ続けるが、それも限界だった。

 ――ギンッッ!

 《パルティーナ》の長尺刀が大きく弾かれた。


(ま、まずいッ!)


 それに連動して《パルティーナ》が仰け反った。

 長い髪を揺らして、シェーラは焦る。

 この隙に、《白牙》はすでに次の攻撃動作に移っている。


 ――次の攻撃は凌げない。

 そう悟ったシェーラは、咄嗟に闘技を使用した。


 愛機の両元に見えない橋をかける。

 その不可視のレールに片足を乗せて、《パルティーナ》は後方に滑った。

 ほとんど瞬間移動のような速度。斬撃は空を斬った。


 ――《黄道法》の構築系闘技・《天架》。

 不可視のレールを足元に敷いて、高速移動を可能にする闘技だ。


 シェーラが構築できるのは、わずか二セージルほど。それ以上は安定させられず消えてしまう。完全に習得したとは言えない闘技である。しかし、不完全でも咄嗟の回避には役に立つ技だった。ルカ戦において、素通りするように彼女の鉄球をかわすことが出来たのも、この闘技のおかげだった。今回も致命的な一撃を回避できた。


 ――しかし。


『へえ。やっぱり《天架》が使えるんだ』


 霞むような速度で必殺の斬撃を回避した《パルティーナ》を前にしても、ミランシャは全く動じない。それどころか、さらに一歩踏み込んで――。


『ルカちゃんの攻撃を避けたのもそれでしょう? 使えるのは大したものだけど……』


 そこでミランシャは、くすりと笑う。


『その闘技をアタシに使うのは悪手ね。見飽きているわ』


 ――ガンッ!

 後方に回避した《パルティーナ》を盾で殴打する。


「あうっ!」


 操縦席を揺らす強い衝撃に、シェーラは声を上げた。

 倒れることはなかったが、《パルティーナ》はさらに後方に押しやられた。

 そこへ、《白牙》の鋭い刺突が繰り出される!

 今度は流石に回避も出来ない。

 長剣の切っ先は肩当てを貫き、《パルティーナ》の肩に火花を散らせた。


『くうッ!』


 シェーラは、愛機を真っ直ぐ後ろに退避させた。

 切っ先が引き抜かれる。シェーラは貫かれた左肩の様子を確認した。

 《星系脈》では左肩が赤く染まっている。しかし、左手の指を動かして動作を確認したところ、まだ正常に動く。左腕は死んだ訳ではないようだ。

 シェーラは、愛機に長尺刀を構え直させた。

 対する《白牙》も、改めて盾と長剣を構えさせた。

 シェーラは、静かに喉を鳴らした。


(ここまで、実力差があるのでありますか)


 冷たい汗が止まらない。

 今のところ、致命的な損傷は受けていない。

 しかし、攻防自体は、明らかに一方的なものだった。

 なにせ、シェーラは、一度もまだ攻撃に移れていないのだ。

 しかも虎の子の闘技まで、あっさりと見抜かれている。


 力量差は、明確だった。

 その上、ミランシャ=ハウルは、すぐに再攻撃をしてこない。


 こちらの様子を窺っているのだ。

 格下相手でも油断しない。まさに強者の鑑だった。


(このままでは……)


 シェーラは《白牙》を睨みつけて、下唇を噛みしめた。

 このままでは、敗北は必至だった。

 力量は遥かに格上。機体性能にも差がある。

 だというのに、油断さえもしてくれない。

 シェーラに勝機などなかった。


 ――そう。このまま・・・・では。


(……………)


 シェーラは、視線を一瞬だけ下に落とした。

 操縦シートの前方。操縦棍の間辺り。そこにはレバーが設置されていた。

 昨晩、急遽増設されたレバーである。

 ゴドー叔父さまが、わざわざ用意してくれた切り札でもあった。

 流石にこれを見せられた時は、シェーラも青ざめたものだ。


『い、いいのでありますか? こんな高価な物を……』


 思わずそう尋ねるシェーラに、


『フハハ、気にするな。俺からの君とアランへの結婚祝いの品とでも思ってくれ』


 ゴドー叔父さまは豪快に笑って、そう言ってくれた。

 シェーラは、結婚式には、必ず叔父さまをご招待しようと心に決めたものだ。

 おかげで、極上の切り札を手にすることが出来た。

 これを使えば、ミランシャ=ハウル相手でも五分に持っていけるかもしれない。

 けれど、


(これを使うには、シェーラはまだまだ修行不足です。先生も仰っていました。これを使うには、あの『力』も併用しなければならないと……)


 シェーラが、師から伝授された切り札。

 この二つの切り札を併用すれば、恐らく勝機はある。

 しかし、師の切り札である、あれは――。


(あれは、長時間の使用は出来ないのであります。そもそも二つの切り札を使っても、長期戦になってしまえば、恐らく彼女には勝てません)


 シェーラは、緊張した面持ちで、白い鎧機兵を見据えた。

 それほどまでに、ミランシャ=ハウルは格が違う気がする。

 長期戦に持ち込むのは、切り札の制限時間を除いても悪手だった。

 となれば、


(勝機を見極めるのが、重要であります)


 シェーラは、レバーをもう一度だけ一瞥した後、操縦棍を握り直した。

 馬鹿正直に切り札を出しても意味はない。

 苦戦は必至。下手すれば瞬殺もあり得るこの状況で、勝機を見極める。

 それだけが、シェーラの活路であった。


(どれほど強くても、彼女も人間であります。とにかく、ねばり続ければ、きっと勝機は来るのであります!)


 シェーラは、息を大きく吐き出した。

 ――と、その時、


「シェーラ! 頑張れ!」


 観客席から、そんな声が聞こえてきた。

 シェーラはハッとして、思わず視線を観客席に向けた。


 遥か遠い観客席。

 けれど、シェーラはすぐに気付いた。

 そこに、彼女が愛する人がいることに。


 彼は立ち上がって、シェーラに声援を贈ってくれていた。


 トクン、と。

 鼓動が高鳴る。


(……アラン叔父さま)


 思わず、喜びで口元が綻んでくる。

 勇気が大きく高まるのを感じた。

 シェーラは改めて、敵機を見据えた。


 ――勝つ。何としてでも。


 シェーラは、想いを強くした。

 そして――。


『ここからが勝負であります!』


 シェーラは叫び、《パルティーナ》は地を蹴った。

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