第439話 美しき、闘宴の開幕②

「………え?」


 一方、その頃。

 選手一同が集められた闘技場の控室にて。

 サーシャは、目を丸くしていた。

 ただ、目を丸くしているのは、彼女だけではない。

 アリシアにルカ。シャルロットも驚いた顔をしていた。

 ただ一人、レナだけはニカっと笑い、


「おっ、何だ、ミランシャじゃねえかよ! お前も参加してたのか!」


 と、告げる。


 ――大会の開会式前。

 サーシャたち、出場選手は大会の主催者兼出資者パトロンでもある人物の指示で、大きな控室に集められていた。

 その場に集まった十六名は、実に様々だった。

 制服姿のサーシャとアリシアとルカ。いつも通りのメイド服のシャルロット。いつもの格好のレナの姿も見つけて、五人は一ヵ所に集まった。すでにこの時のレナには、シャルロットやミランシャとの面識もあった。


 他にも印象的な人物は多い。

 例えば、前回の覇者。シェーラ=フォクス。

 赤い騎士服を纏った彼女は、まずは王女であるルカに膝をついて挨拶した。

 次に、第三騎士団長の娘であり、侯爵令嬢でもあるアリシアと握手を。

 最後に、サーシャとも握手を交わした。


 ただ、サーシャに対してだけは、彼女の様子が少し違っていた。


『……………』


『あ、あの、フォクスさん?』


 握手したまま、どうしてか、サーシャをじいっと見つめているのだ。

 サーシャが困惑していると、『……これは失礼したのであります』と告げて、彼女は手を離して軽く頭を下げた。


『お父上には、いつもお世話になっているのであります』


『あ、いえ。こちらこそ』


 サーシャも頭を下げた。

 そしてまた沈黙。サーシャやアリシアたちが眉をひそめると、


『では。大会では正々堂々戦いましょう』


 そう言って、彼女はその場から離れていった。


『サーシャの髪が珍しかったのかしら?』


 そんなことを呟くアリシア。

 他にも十五歳ぐらいの男勝りっぽい女の子に、レナと同じく、たまたまこの国に立ち寄った傭兵なのか、露出度の高い服を着た筋肉質な女性。または、主婦にしか見えないおっとりした女性などと様々な面子である。


 ただ共通点として、全員がかなり綺麗な女性ばかりだった。

 これは果たして偶然なのか。

 まるで、意図的に集められたようなメンバーである。


 ともあれ、その中で見つけたのが『彼女』だった。

 白いタキシードを身に纏った、中性的な女性。顔には目元のみを隠す赤い仮面をつけている変わった人物だ。

 しかし、それ以上に印象的なのは……。


『『『…………………え』』』


 サーシャたちは、声を揃えて呟いた。

 強いウェーブがかかったソバージュヘア。まるで炎を思わせるような真紅の髪。

 それは、誰がどう見ても、彼女の特徴であった。


「おっ、何だ、ミランシャじゃねえかよ! お前も参加してたのか!」


 そうして、レナが声を掛けたのである。

 一方、声を掛けられた彼女の方といえば、ビクッと肩を震わせていた。

 それから、そそくさと控室の端に移動しようとする。が、


「ちょ、ちょっと待ってください! ミランシャさん!」


 それを、アリシアが止めた。

 サーシャたちは慌てた様子で、赤い仮面の彼女の元に向かった。


「どうしてミランシャさんがここにいるんですか!」


 アリシアが詰め寄って、彼女の肩を指でつつくと、


「ア、アタシは、ミランシャじゃないわ」


 赤い仮面の女性は、おどおどしつつも、そう返した。


「うん。そう。人違いよ。アタシの名前は『ミズ・プロミネンス』。流浪の騎士よ」


「……いえ。ミランシャさま」


 シャルロットが、額に手を当てて嘆息した。


「何ですか。その変装のクオリティは。せめてもう少しぐらいは隠そうとする努力をしてください。どこぞの伯爵でさえ、全頭型フルフェイスのヘルムぐらいは被っていましたよ」


「いや、だって、それだとサーシャちゃんとキャラが被るじゃない。それに、アシュ君には気付いてもらえないと意味が………あ」


 赤い仮面の女性は、口元を片手で押さえた。

 サーシャたちはレナだけを除いて、深々と溜息をついた。


「結局、参加しちゃったんですか?」


 サーシャが眉根を寄せて尋ねると、流石に彼女も観念したようだ。


「そうよ。だってみんなズルいんだもの!」


 赤い仮面を取って、ミランシャは不満を爆発させた。


「アタシだって、アシュ君のご褒美が欲しいのよ! いっぱい甘えたいの! 折角この国に来たのに、甘えてるのがサクヤさんか、オトハちゃんだけなんて不公平だわ!」


「……それは同意ですけど」


 アリシアが、渋面を浮かべた。


「……もしかして《鳳火》で参加したんですか?」


「……いえ。流石にそれだけは自粛したわ」


 ミランシャは、パタパタと手を振った。


「《鳳火》で優勝しても、アシュ君に怒られるだけよ。だから、うちの兵団から鎧機兵を一機強奪――もとい拝借してきたのよ。オーソドックスな騎士型のやつを」


「あ……なるほど、です」


 ポンと、ルカが手を叩いた。


「確かに、それなら、仮面さんも、怒らないかも」


「でしょう? 《鳳火》じゃなかったら、きっとアシュ君も大目に見てくれると思って」


 ニッコリ笑って、ミランシャは語る。


「いえ、それでもどうかと……」


 シャルロットが、困ったふうに顔をしかめた。

 ミランシャは、アッシュやオトハと同じ《七星》の一角だ。

 たとえ、操るのが慣れていない機体であっても、その実力は群を抜いている。

 間違いなく優勝候補筆頭になるだろう。優勝を果たし、今度こそ『ステージⅢ』への移行を目論んでいたシャルロットにとっては、とんでもない伏兵だった。


「ふふん、シャルロット」


 そんな友人の心情を見抜いてか、ミランシャが両手を腰に当てた。

 次いで、ドヤァといった顔でシャルロットを見据えて。


「甘いわよ。確かに、以前は唯一の『ステージⅡ』だったあなたが二番手として望ましいと思ったけど、今となってはもう関係ないわ。アタシもすぐにでも『ステージⅡ』に行くわ。そして三人目にはアタシがなるから」


「………ミランシャさま」


 あまりにも堂々とした宣言に、流石に剣呑な表情になるシャルロット。

 その傍らでは気の強いアリシアが半眼になり、おっとりしたサーシャとルカも、少しムッとした表情を見せていた。


 少し緊迫した空気が流れる。

 ――と、


「ははっ! おいおい、何言ってんだよ!」


 一人だけ、笑顔を見せる者がいた。

 大抵のことは笑い飛ばす、元気娘のレナである。


「優勝すんのはオレに決まってんだろ! だから三人目になんのもオレだな!」


 ぽよんっ、と大きな胸を叩いて勝利宣言をする。

 全員の視線がレナに向いた、その時だった。


「出場者の皆さま。お集まりいただき、ありがとうございます」


 不意に、男性の声が響いた。

 目をやると、そこには三人の人物がいた。

 闘技場のスタッフが二人。そして、灰色系の紳士服スーツ姿の壮年の男性が一人だ。

 スタッフの一人は女性だった。彼女は両手で大きな衣類箱を抱えている。


 ただ、彼女には少し違和感があった。

 何故なら、その女性スタッフは、とても困惑した表情を浮かべていたからだ。


 そして、


「さて。皆さま。これから本大会の主催者であるボーガン商会。その第三開発室の室長であらせられる、セド=ボーガン氏から、ご挨拶及びご説明がございます」


 男性スタッフがそう告げた。


「………え」


「ボーガン商会?」


 サーシャとアリシアは驚いた。

 その名前には、聞き覚えがあったからだ。

 以前、クライン工房を買い取ろうとした企業。それがボーガン商会だった。

 その企業こそが、今回の大会の新しい出資者らしい。

 流石に困惑するサーシャとアリシア。

 が、それには構わず、壮年の男性が一歩前に進み出た。


「初めまして。皆さま。私は、ボーガン商会・第三開発室の室長を務める、セド=ボーガンと申します」


 一拍おいて、


「この度は本大会にご出場していただき、誠にありがとうございます。出資者として、また主催者としても、大変喜ばしく思います」


 軽く頭を下げて一礼する。


「さて。実は皆さまには、入場式の前にご説明しておきたいことがございます」


 セド=ボーガンは、女性スタッフに目をやった。

 女性スタッフは何とも気まずい顔を見せつつも、出場者たちの前に進み出た。

 そして衣類箱を床に置くと、中からそれを取り出した。


「……どうぞ。後で色は交換できますので、まずはサンプルとしてお受け取り下さい」


 女性スタッフは、それを一つずつ出場者たちに配っていった。

 サーシャも、それを両手で受け取り、


「………………え」


 盛大に頬を引きつらせた。


「え……」「ちょっと、これって……」「……は?」


 ルカも、アリシアも、ミランシャも。


「……何ですか、これは?」


 冷静沈着なシャルロットさえも、それを手にした時には顔を強張らせていた。

 一人、レナだけは「おお~」とそれをかざして感嘆の声を上げていたが。


「……え?」「な、何これ?」「う、うそ……」


 顔を引きつらせたのは、サーシャたちだけではない。

 シェーラも含めた他の出場者たちも、次々に困惑の声を上げていた。


「全員に渡ったようですね」


 セド=ボーガンは、満足げに頷いた。

 そして、


「では、早速ご説明いたしましょう」


 穏やかに笑みを湛えたまま、そう告げるのであった。

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