第七章 美しき、闘宴の開幕

第438話 美しき、闘宴の開幕①

 ――《夜の女神杯ルナミスナイツ・カップ》。


 それは、二年に一度開催される女性限定の鎧機兵の大会のことである。

 普段から、闘技場ではイベントが多い。

 有名どころでは、三か月に一度開催されるトーナメントだ。

 それらも大いに盛り上がるのだが、《夜の女神杯》は規模が違う。


 二年に一度。さらに、出場者はみな美しい女性ばかり――特に容姿に関する条件はないのだが、女神の名を冠している大会だけあって、出場者は綺麗な女性が多い――ということもあって、街中がお祭り騒ぎになるのだ。


 しかも、今回は出資者パトロンが変わったことで優勝賞金が前回の十倍。

 それに加えて、本大会に向けて、闘技場は二ヶ月かけて一部増築も行っていた。

 三方に増築された三部屋のVIPルーム。新たに開発された、鎧機兵の操縦席内を映し出すビッグモニターが、新たに設置されているそうだ。

 それもまた、本日がお披露目なのである。


 出場選手も実に豪華だ。

 開示されているだけでも、前回の覇者に加え、絶大な人気を誇る《業蛇》討伐の英雄の内の二人の姿まである。噂では可憐で知られる王女さままで参戦するそうだ。

 これで、熱狂しないはずがない。


 闘技場のある『スザン大広場』に露店が並ぶのは当然。そこへと続く市街区、王城区の大通りにも、露店が広く展開される。

 この日は乗合馬車も定休日で、街中は露店を楽しむ人で賑わっていた。


「さて、と」


 そんな中、アッシュは、ようやくクライン工房から出立しようとしていた。

 仕事のキリが悪く、今まで出立が遅れたのだ。

 しかし、まだ時刻は午前九時。

 開催するのは、十時からなので充分間に合うはずだ。

 ちなみに、ユーリィとオトハは先に出かけている。

 アッシュは彼女たちに加え、サクヤと共に観戦する予定だった。

 本当なら弟たちとも一緒に観戦したかったのだが、この大会は完全なるチケット制。混乱を避けるために席も指定されている。残念ながら、これ以上の大きな団体でチケットを入手することは出来なかった。


 結果、コウタは、メルティアとリーゼ、アイリとジェイクの五人。零号も数に加えるのなら五人と一機で観戦することに。

 エドワードとロックは、騎士学校の友人たちと。

 レナの仲間たちは、彼らで観戦するそうだ。


 まだ面識がないが、サクヤの友人であるジェシカという女性は大会に興味がないために席を外し、リノは何やら用があるとのことで、数日前から留守にしていた。

 ミランシャだけは、チケットが取れたのか分からない。どうしてなのか、少し不貞腐れているようで教えてくれなかったのだ。

 なお、サーシャとアリシアは予選免除枠で出場。ルカとシャルロット、そしてレナは予選通過で参戦することが決まっていた。


 しかし、改めて思う。


(十六人の出場者で、五人が顔見知りってのもな)


 アッシュは、自嘲するように笑った。

 まさか、ここまで身内ばかりが揃ってしまうとは思わなかった。

 誰を応援すべきなのか、実に迷いどころである。

 特に知り合い同士が対戦した場合、果たしてどちらを応援すべきなのだろうか。

 アッシュとしては、愛弟子であるサーシャを応援したいところではある。

 だが、そこはやはり悩んでしまう。大人であり、思慮深いシャルロットならともかく、ルカやアリシアが相手だったら、相当悩むところだろう。


 アッシュは、難しい顔で腕を組んだ。

 そしてポツリと呟く。


「……けど、メットさん、すっげえ頑張ってたしな」


 多少ぐらいは、贔屓に見てもいいような気がする。

 サーシャは、この日ために必死に頑張っていた。

 毎日のように工房に訪れては講習を受けた。

 大会に向けて新技を習得するなどではなく、基礎を徹底的に鍛え上げる特訓だ。

 非常に地味で、根気と体力がいる訓練である。

 それでも、彼女は食らいついた。

 そのおかげか、成果も徐々にだが、表れ始めていた。

 まだまだ直感で動くことの方が多いが、考える習慣はついてきていると思う。

 あとは、実戦でコツを掴めれば、一足飛びに成長するかもしれない。


 正直な気持ちとして、それは見てみたいと思う。

 弟子の成長を見届けることは、師として何よりの喜びだからだ。

 ルカやアリシアは、少しばかり不満に思うかもしれないが、やはりここは、可愛い愛弟子を応援したいところだった。


 そんなことを考えつつ、アッシュは工房裏の愛馬の元へ向かおうとした。

 と、その時だった。


「……ちょっと、いいっすか」


 不意に、背後から声を掛けられた。

 アッシュは振り向いた。

 すると、そこには――。


「確か、ダインさんだったよな」


 レナの仲間。

 ひょろ長い印象の青年。ダインが立っていた。

 ダインは、出会った時よりもかなりやつれた様子だった。


「……調子が悪いのか?」


 アッシュが気遣ってそう告げるが、


「余計なお世話っす」


 ダインは素っ気ない。

 代わりに、こう告げた。


「それよりも話があるっす。時間、少しいいっすか?」

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