第四章 《夜の女神杯》

第426話 《夜の女神杯》①

「――納得いかねえっすよッ!」


 狭い宿屋の一階。食堂にてダインが叫ぶ。

 まだ朝も少しばかり早いということで客があまりおらず、何より団長であるレナがいないこともあって、ダインはなお叫んだ。


「団長は本気なんすか! あんな馬の骨を仲間に誘うなんて!」


「まあ、落ち着きたまえ。ダイン君」


 同じ丸テーブルの席に座るキャスリンが、パタパタと手を上下に振った。


「団長がああ言い出すのは、君だって予想していただろう?」


「――それでもっすよ!」


 ダインは立ち上がって、腕を振った。


「オイラたちは《フィスト》なんすよ! 少数ながらも、オズニアで五本の指に数えられる傭兵団っす! うちに入りたがっている傭兵はそれこそ山ほどいるんすよ!」


「……落ち着け。ダイン」


 ホークスが熱いお茶を口に、そう告げた。

 すると、ダインは険しい表情でホークスを見据えた。


「ホークスさんは納得いくんすか! あんな馬の骨を仲間にすんのを!」


「少なくとも……馬の骨では、ないな」


 コツンと湯呑を置いて、ホークスは言う。


「《鉄拳姫》レナの……審美眼を見くびらないこと、だ。俺たちが全員、彼女に見出されたことを、忘れたか?」


「うん。確かにレナには見る目があるよ。昔のことを反省して直観力を相当磨いてきたからね。それに、ぼくもアッシュ君が馬の骨とは思っていないよ」


 キャスリンも、ホークスに続いた。


「あの養女ちゃん。ユーリィちゃんだっけ。座ったままあの子の蹴りを止めたことも凄いけど、それ以上に……」


 キャスリンは、副団長の顔でホークスに目をやった。


「あの工房にあった機体。ホークス、気付いてた?」


「……当然、だ」


 ホークスは、双眸を細める。

 一方、ダインは訝しげに眉根を寄せた。


「……機体? 何の話っすか?」


「……ダイン君」


 キャスリンは嘆息した。


「君は注意力散漫だね。まあ、あんなデレデレのレナの姿を見せられて、それどころじゃなかったってこともあるんだろうけど」


 そこで一拍の間を空けて。


「アッシュ君の工房。あそこには数機ほど鎧機兵があったんだ」


「……? まあ、工房なんすから鎧機兵はあるっしょ」


 ダインは、首を傾げてそう告げた。

 対し、キャスリンたちは、真剣な面持ちでダインを見据えた。


「……そうじゃ、ない」


 ホークスが太い両腕を組んで、ダインに告げる。


「確かに、鎧機兵の工房に、鎧機兵があるのは当然だ。しかし、『あれら』は違う」


「……『あれら』っすか?」


 ダインが訝しげな表情で反芻する。

 ホークスは「……う、む」と頷き、さらに説明を続けた。


「目についたのは二機だった。一機は紫紺色の、鎧機兵だ。傍には台座があり……鞘に納められた刀が、数本……立て掛けられていた。恐らくは、アロンの機体……だな」


「うん。分厚い鉄板を重ねた盾のような肩当て。スカート状の腰の外装。刀って武器もそうだけど、全体的にアロン製の系統が見られたね」


 と、キャスリンも呟く。ホークスは頷いた。


「……まるで、鍛え上げた一振りの刃を、思わせる鎧機兵、だったな」


 迂闊に近づけば、両断される。

 無人だと分かっていても、それをイメージさせる機体だった。


「そうだね。あのレベルの機体は、そうそうお目にかからないよ」


 キャスリンは頷きつつも、すぐに眉根を寄せた。


「けど、ぼくが気になったのは、もう一機の方かな?」


「……あれか……」


 ホークスも眉をひそめる。と、


「……どんな機体だったんすか?」


 いまいち話に付いていけないダインが、そう尋ねた。

 ホークスは、ダインに目をやった。

 そして、


「……太陽の、紋章を持つ、黒き鬼だ」


 どこか、警戒心のようなものを孕んだ声でそう語った。

 彼は、さらに続ける。


「……漆黒の鎧。四本の、紅き、角を持つ、白髪の、鬼だった」


「……うん。あれは、まさに『鬼』そのものだったね」


 キャスリンも、神妙な声で語る。

 クライン工房の一角。そこに待機していた黒い鎧機兵。先に述べた紫紺色の鎧機兵も相当な威圧感だったが、こちらの機体はもはや異形レベルだった。

 三重に装甲を重ねた重武装型の鎧機兵。武器らしきものは近くになかったため、恐らくは素手での戦闘を主体とする闘士型なのだろう。胸部装甲の中央に刻まれた、八つの宝玉を背負う金色に輝く太陽の紋章が、とても印象深い機体だった。


「まるで《煉獄の鬼》だね。多分、それをイメージした機体なのかな?」


「……そうだろうな」


 ホークスが頷いた。


「いずれにせよ、二機とも、並みの機体ではない。そして……あの二機の、どちらかが、店主殿の、愛機なのだろうな」


「まあ、そうだろうね」


 キャスリンは、あごに指先を当てた。


「他の機体は作業用とか農業用だったし。あの二機だけが異質すぎたよ。完全に戦闘用。それも実戦を想定した機体だったよ。あれは相当に使い込まれているね。多分、恒力値も一万は超えるとみたよ」


「いやいや待ってくださいっすよ!」


 恋人同士でもあるホークスとキャスリンが頷き合う中、ダインが反論の声を上げた。


「たまたま、依頼で誰かの機体を預かってるだけかもしんねえじゃねえっすか!」


「この平和を謳う国で、あんなガチの戦闘用鎧機兵をかい?」


 と、キャスリンが告げる。ダインは「グッ」と呻いた。

 しかし、まだ諦めない。


「け、けどッ!」


 ダインは腕を振って叫んだ。


「そんなすげえ鎧機兵持ってんのに、なんでこんな田舎の国で職人なんかしてんすか! それなら騎士でも傭兵でもしてりゃあいいじゃねえっすか!」


「……まあ、その意見は、もっともなんだけどね」


 キャスリンは、苦笑いをして見せた。


「きっと、アッシュ君には、アッシュ君の事情があったんだよ」


「……道は、一つだけではない。別の、道を行くのも選択肢の、一つだ」


 ホークスも両腕を組んだまま、キャスリンに同意する。


「いやいや」


 一方、ダインは未だ納得いかない顔で、手を左右に振った。


「それならそれで、は職人の道をもう選んでるってことじゃねえっすか。それを今さら傭兵の道に連れ戻してどうするんすか」


 一見すると、アッシュを気遣っているような台詞だが、実際のところは勧誘反対に賛同して欲しい気持ちで溢れている台詞だった。

 ホークスとキャスリンは、互いの顔を見て苦笑を浮かべた。


「確かに、それはそうだけどね」


「結局、再び、傭兵の道を、選ぶか。それも、店主殿の自由だ」


「そんなあ……」


 泣き出しそうな顔をして、ダインが呻く。

 もはや勧誘阻止は不可能なようだ。


「まあ、諦めるんだね。そもそも、ここで文句を言っても仕方がないよ」


 キャスリンは言う。

 次いで、丸テーブルの空いた席に目をやった。


「すでに賽は投げられているんだ。我らが麗しき団長殿が彼を口説き落とせるか。ぼくたちは結果を待つしかないんだよ」

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