第414話 想いは変わらず②

 そうして現在。

 キャスリンは、小声でホークスに語りかけた。


「(……まさか、廃村になっているなんて想定外だったからね)」


 ホークスは「う、む……」と呻いた。

 ジョッキを片手に、ダインも気まずそうな顔だ。

 レナの顔は、未だ無表情だった。


 あの日、レナの案内で訪れた村の光景は衝撃的だった。

 山林に覆われたそこには田畑も家屋もなく、ただ、広い空き地だけがあったのだ。

 流石にレナたちも唖然とした。ふと見ると、空き地の中央には一つだけ石碑があり、かなり前のもののようだが、花も添えられている。

 それは、ここにあったはずの村に、何かしらの事件があったことを示すものだった。


 レナたちは、トンボ返りで街に戻った。

 そしてその村――クライン村について、酒場の傭兵たちに聞いた。

 結果、分かったことは、


『あの村はもう随分と前に滅んじまったよ』


 という話だった。

 何でも盗賊か何かに襲撃され、村人のほとんどが殺されたそうだ。

 生き残りがいるのかどうかも分からないらしい。

 レナは、茫然自失となった。


『う、うそだ……だ、だって、だって、トウヤは凄く強くて……』


 そう呟きながら、彼女は、宿の部屋にしばらく閉じこもることになった。

 ホークスたち――特にダインはレナを酷く心配したが、憔悴するレナに、彼らが掛けられるような言葉はなかった。

 ただ、団長が出てくるのを待つだけの日々。いっそのこと、妹さんに事情を話して助力を求めようかと考え始めた矢先、レナはようやく部屋から出て来た。


 恐ろしく憔悴した顔で。


『仕事に行くぞ。お前ら』


 淡々と、そう告げた。


 その日から一ヶ月に渡って、レナは鬼気迫る様子で仕事をこなし続けた。

 そうしなければ、やっていられなかったのだろう。

 しかし、その姿は仲間たちにとって、あまりにも痛々しすぎた。

 余計なことを考えず、ひたすら体を動かすことで顔色こそ少しはマシになったが、表情や感情はどんどん消えていっているような錯覚を覚えるぐらいだ。


 ――神速の拳。千手の乱舞。

 オズニア大陸の傭兵ならば、誰もが知る《鉄拳姫》レナ。

 男勝りでも知られる彼女は、本来ならば活発で豪放な性格だというのに、今の彼女はまるで別人のようだった。


 ――このままでは、非常に危険だ。

 こんな追い詰められたような心理状態で仕事をしては、いつか命を落としかねない。

 いや、確実に命を落とすことになるだろう。

 ホークスたちは、そう考えていた。


「(これは、やはり仕方がないね……)」


 キャスリンが、仲間二人に確認を取る。


「(ホークス。ダイン君。予定通り、ぼくから話を切り出すけど、いいかい?)」


「(ああ。頼む)」「(お願いするっす)」


 二人は小声でそう返して、真剣な顔で首肯した。

 キャスリンもまた、神妙な様子で頷き返す。

 そして、


「ねえ、団長」


「……何だよ」


 機械的に食事を口に運ぶレナが、視線をキャスリンに向けた。

 生気がまるで感じられない眼差しだ。

 元気の塊のような親友とは思えない姿に、キャスリンはキュッと唇を噛む。


「……提案があるんだ」


 そう話を切り出した。


「ここ一か月、ぼくたちはずっと働き詰めだ。来たばかりでまだ慣れていない大陸でほとんど休みもなくね。正直に言って、結構疲労も溜まっているよ」


「……そうか。うん、そうだよな」


 レナは、フォークをテーブルの上に置いて頭を下げた。


「休暇要望か。悪りい。確かに働き詰めだった。お前らは休暇を取ってくれ。オレは一人で出来るような仕事に規模を落として――」


「――レナ!」


 キャスリンが叫ぶ。

 バンっとテーブルを叩き、レナを睨みつけた。


「仲間ではなく友人として言うよ! 君も休暇を取るんだよ! 自分を追い詰めすぎだ! このままでは君は死ぬぞ!」


「キャス……」


 同い年の仲間であり、親友でもあるキャスリンの剣幕に、レナは顔を上げた。

 見ると、ホークスとダインも、強張った顔でレナを見据えている。


「団長の……気持ちも分かる。じっとして……いられないことも。だが……俺は、あんたが死に向かうのを、見過ごせない」


「団長……どうか休んでくださいっす。このままだと死んじまうっすよ」


「レナ。やっと妹さんと再会したんだろ。妹さんを残して逝くつもりなのかい?」


「………」


 仲間たちの言葉に、レナは沈黙した。

 確かに自分は今、とても思い詰めている。

 必死すぎるぐらいに、生き急いでいる実感があった。

 自分でも、ここまであの少年の存在が大きかったのかと驚いているぐらいだ。

 彼の顔を思い浮かべると、今も心が強く締め付けられる。

 レナは片手で胸元を握りしめた。


「……オレは……」


「レナ。悪いけど、君の意見は聞かないからね」


 キャスリンは、腰に手を当てて告げる。


「これは君以外の《フィスト》の総意だ。ぼくたちは休暇を取る。これは決定事項だ」


「……いや、オレ、一応団長……」


「うっさいね」


 キャスリンは身を乗り出して、レナの頬を両手で引っ張った。

 むにィ、と頬が伸びる。キャスリンは「むむむ」と唸った。


「君って相変わらず柔らかいなあ。しかもすべすべだ」


「……なにふぉしゅるんだ」


 レナがジト目で睨みつけた。キャスリンは、ふふんっと鼻を鳴らした。


「ともかく言うことを聞くんだ。君のためでもあるけれど、結成してから早五年。ぼくたちもそろそろ一度ぐらいは長期休暇を取ってもいいと思うのさ」


「……長期休暇だって?」


 レナは、キャスリンの手を振り払って反芻する。


「どういうことだよ。それ」


「説明、しよう……」


 と、それに答えたのはホークスだった。


「団長は、休暇を取っても……隙あれば、仕事を受けそう……だしな。だからキャスは、いっそのこと……仕事が一切受けられない……場所に、行くことを選んだんだ」


 レナは眉をひそめた。


「はあ? 仕事のねえ場所? どこだよ、それ?」


「離島の小国っすよ」


 ダインが、肩を竦めて言う。


「キャスさんが調べたんす。セラ大陸から帆船で二週間もかかる小さな国っす。何でも建国以来、戦争をしたことがねえっていうお伽噺みたいな国っすよ」


「……戦争未経験って、そんな国あんのか?」


 オズニア大陸でも、そんな国は聞いたこともない。

 小国であっても大国であっても、一度ぐらいは戦争を経験しているものだ。

 あまりにも胡散臭い国に、レナは眉根を寄せた。


「まあ、それは行ってみれば分かるさ」


 そう言って、キャスリンは、ジャケットの裏側から四枚のチケットを取り出した。


「出発は明日だよ。大陸から遠く離れた島ならレナも無理のしようもないだろうからね。ここは強制的にでも休んでもらうよ」


「――はあっ!? 明日っ!?」


 レナは、思わず立ち上がった。


「全然聞いてねえぞ!? そんな話!?」


「うん。今言ったからね」


 キャスリンは、ピラピラとチケットを振った。

 レナは、言葉もなく立ち尽くした。


「まあ、いいじゃないか」


 キャスリンは笑う。


「折角の機会だ。かの国で、ぼくたちの愛機も徹底的にメンテナンスでもしようか! セラは鎧機兵発祥の大陸でもあるしね! 心も体も鎧機兵も、みんなまとめてリフレッシュしようじゃないか!」


 慎ましい胸に手を当てて、意気揚々に宣言するキャスリン。

 ダインとホークスは「おお~」と拍手をした。


 ――かくして。

 ほとんど強制的に、レナは休暇を取ることになった。

 実のところ、これはリフレッシュどころではない。

 レナを完全復活させる唯一の最善手だったのだ。

 しかし、彼らがその事実を知るのは、もう少し先の話だった。


「さあ! 行こうじゃないか! バカンスへ!」


「……はあ、分かったよ」


 今はただ、表情を暗くしたまま承諾するレナだった。

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