第368話 鬼才再び②
一流のメイドであるシャルロットは、愕然としていた。
「こ、これは……」
静かに、喉を鳴らす。
「クラインから聞いてはいたが、想像を超えたセンスだな……」
ゴクリ、と。
歴戦の傭兵であるオトハも喉を鳴らした。
そこは、クライン工房のキッチン。
二人の女傑が見守る中、一通りの調理を終え、とある品が完成したところだった。
「……? 想像を超えたって?」
白いキャミソールの上に、ピンク色のエプロンを纏うユーリィが小首を傾げる。
彼女が今回の調理人であった。
大きな皿に並べられたのは、サンドイッチだ。
しかし、ただのサンドイッチではない。
まず挟むトーストの色が凄い。赤、青、緑、銀色まである。
「(オ、オトハさま……)」
シャルロットが、小声で話しかける。
「(ユーリィちゃんが使用したのは、市販のトーストですよね?)」
「(う、うむ)」
オトハが頷く。
「(昨日、私が朝食用に買ってきたトーストだ)」
「(そ、そうですか)」
シャルロットが青ざめた顔でオトハの顔を見つめた。
「(私、ちょっと、自分の腕に自信が無くなってきました。ユーリィちゃんの調理手順を見ていたはずなのに、何故色が変わったのか全く分かりませんでした)」
「(……それは私も同じだ)」
シャルロットほどではないが、オトハも中々の料理の腕を持っている。
料理に対する知識も豊富だ。しかし、それでも分からなかった。
「(どうして色が変わるんだ? それに……)」
そこで、サンドイッチの具材にも目をやる。
(……う)
少し頬が引きつってきた。
そこには、焼かれた鶏の頭らしきものがはみ出していた。
嘴もあって、舌らしきものが飛び出しているように見える。
「(鶏肉の類は一切使っていなかったはずだが……?)」
「(は、はい。どこから現れたのでしょうか? あの鶏は……)」
シャルロットも息を呑む。
他にも黒い蟲の脚らしきものも見える。
ちなみに、レタスは紫色や黄色いものもあった。
「あ、あの、ユーリィさん」
シャルロットは、思い切って話を切り出した。
椅子の背もたれにエプロンをかけていたユーリィが振り向いた。
「なに?」
「そ、その、一つ頂いてもよろしいでしょうか?」
「……? 別に構わないけど」
言って、ユーリィはサンドイッチを一つ掴んでシャルロットに手渡した。
一瞬だけ、シャルロットの頬が強張った。
「ス、スコラ! お前!」
オトハは唖然とする。
シャルロットはオトハに目配せして、小声で告げた。
「(あるじさまのためです。ユーリィちゃんには悪いですが、毒見をさせて頂きます)」
「(お、お前、そこまでクラインのことを……)」
オトハは少し感動した。
同じ男を愛する女として敬意さえ抱く。
シャルロットは真剣な眼差しで、さらに語る。
「(ご安心を。私には貴人を守るメイドとして毒見スキルがあります。危険と察したら、即座に吐き出します)」
「(……いや。それはそれで、エマリアの奴が泣くんじゃないか?)」
「(大丈夫です。分からないように吐き出しますから)」
と、シャルロットは力強く首肯する。
オトハは「……そうか」と呟いた。
「(分かった。任せよう。その、すまない。クラインのために)」
「(いえ。これはユーリィちゃんのためでもありますから)」
シャルロットは、殉職者の笑みを浮かべた。
「(それに私はメイド。愛についてもですが、何より、あるじさまへの献身においては誰にも負ける訳にはいきません)」
そう宣言してから、シャルロットは改めてサンドイッチに目をやった。
それは、よりにもよって、蟲の脚のようなものがサンドしているものだった。
トーストの色は銀色。レタスは紫色だ。
(う、ぐ)
さしものシャルロットも内心で呻く。
が、すぐに覚悟を決めて。
――カリッと。
少し可愛らしい仕草で、サンドイッチを口にした。
(……え?)
そして目を見開く。
(甘い。そして少し苦みがある。これは黒糖ベースのお菓子? トーストは焼いたもの? 絶妙な具合にカリッとしてる。けど、え?)
シャルロットは、サンドイッチから口を離してユーリィに尋ねた。
「……ユーリィちゃん」
「……なに?」
「その、オーブンは使っていなかったですよね?」
「うん」
ユーリィが小首を傾げてから頷く。
シャルロットは言葉を失った。
……では、何がトーストを焼いたのか?
そもそも黒糖は材料にさえなかったはずなのだが……。
(と、ともあれ)
シャルロットは、もう一度サンドイッチを咀嚼して告げる。
「……見事な味です。これならばクライン君も満足するでしょう」
純粋な味という点においては、そう判定するしかなかった。
というより、これだけの味は、シャルロットでも簡単には作り出せない。
「うん。ありがとう」
ユーリィは微笑んだ。オトハは唖然としている。
そしてユーリィは、サンドイッチを、白いクロスを底に敷いたバケットの中に、崩れないように気をつけて入れていく。
最後に魔法瓶の中へと、ケトルを使って液体を注いでいく。
――しゅわわわ。
という音に、オトハとシャルロットはギョッとするが、ユーリィの方は満足げな顔であり、液体を充分注ぎ切ると、キュキュッと魔法瓶の蓋を締めた。
「準備は出来た。アッシュに言ってくる」
言って、ユーリィは、一階にいるアッシュの元へと駆け出した。
キッチンに残されたのは、オトハとシャルロットの二人だ。
二人はしばし硬直していたが、
「オ、オトハさま」
「あ、うん」
互いに頷くと、棚からコップを一つ取り出した。
そしてケトルに残された液体を注いでみる。
――しゅわわわ。
「う、あ」
「これは……」
思わず青ざめる二人。
それは一言で述べると、気泡まみれのドス黒い液体だった。
その色は、ブラックコーヒー並みの濃さである。
しかし、匂いは全く違うものだ。キツイぐらいに甘い。
「で、では行きます!」
「ス、スコラ、いや待て! シャルロット!」
ぐいっと未知の液体に口をつけるシャルロットの勇気に、思わず名前で呼ぶオトハ。
彼女はギュッと目を瞑りながら、ゴクゴクと飲み始めた。
どうやらかなり飲みにくい液体のようで、何度か口は離したが、それでも最後まで飲み干した。シャルロットは自分の口元を片手で押さえた。
「だ、大丈夫なのか? シャルロット」
オトハが心配そうに声をかける。
すると、シャルロットは一瞬、葛藤するように表情を歪めた。
そして――。
「……美味しい」
「うそ!?」
「本当です。甘くて、凄く刺激的な味。けど、これってどうやって……」
シャルロットは、コップを両手で持って、じいっと見つめた。
しばしの沈黙。
「りょ、料理って……」
シャルロットは、少し泣き出しそうな顔で振り向いた。
そして尋ねる。
「何なのでしょうか?」
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