第343話 そして再会②

「――クライン!」


 オトハが叫ぶ。


「お前、何を考えている!」


『悪りい。オト』


 アッシュは、苦笑じみた声で返した。

 愛機の中では頬をかいている。


『どうも、俺は自分で思ってる以上に我が儘で強欲みてえだ』


「い、いや、それは」


 オトハは、頬を染めつつ呟いた。


「誰よりも、私自身が知っているが……」


『マジで悪りいが、もう少しだけ付き合ってくれ』


 アッシュは、悪竜の騎士を見やる。

 魔竜を象る鎧機兵は、警戒する様子で構えている。

 瞬時に動揺から立ち直る。

 本当に大したものだ。


『一分だ』


 そしてアッシュは、宣言する。


『これから一分間。俺は全力で戦う』


 オトハが息を吞む。

 悪竜の騎士は、ギシリ、と折れた処刑刀を握り直した。


『お前の今の全力は知った。だから見せてみろ。その先を。お前の底に眠る力の一端を』


 淡々と告げる。

 同時に《朱天》が胸部装甲の前で両の拳を叩きつけた。

 最終戦を告げる号砲だ。

 ――ゴオオオオオオオオッッ!

 悪竜の騎士が、再び業火を纏った。


『――え』


 だが、次の瞬間、少年の呟きが零れ落ちる。

 少年の動体視力を以てしても、全く感知できないほどの速度で、《朱天》が目の前に移動していたのだ。

 拳はすでに、悪竜の騎士の胸部装甲に触れている。

 そして――。

 ――ズドンッ!

 地面が、大きな円状に陥没するほどの震脚。

 胸部装甲に亀裂を刻みつけて、悪竜の騎士は後方に吹き飛んだ。

 自らも跳んだおかげでこの程度で済んだが、もし一秒でも反応が遅れていれば、機体を木っ端微塵に粉砕されていた。それほどの威力だ。

 闘技でもない、ただの拳が。


『――クッ!』


 悪竜の騎士は、空中で着地の体勢を整えようと、竜尾を揺らして機体を反転させようとした、その時だった。


『――なッ!』


 大きく目を見開く。

 上空に《朱天》の姿があったからだ。

 真紅の鬼は右腕を突き出す。途端、途轍もない衝撃が走り、悪竜の騎士は地面に叩きつけられた。――いや、地面ごと押し潰された。

 ――《大穿風》。

 地面には巨人の掌が、押しつけられた痕跡が刻まれていた。

 ズズン、と着地する《朱天》。


『ぐぐぐ……』


 それでも、悪竜の騎士は大破していなかった。

 すぐさま陥没した大地から飛び出し、間合いを取り直す。

 まだ戦意は消えていない。

 とは言え、機体自体の損傷は相当なものだったが。


『――まだまだ!』


 少年は、自分を鼓舞する気迫を吐き出した。

 そして悪竜の騎士が《雷歩》で跳躍。

 ここで攻勢に出なければ呑み込まれる。そう判断したのだろう。折れた刀身を物質レベルまで粘性を上げた炎で補強し、処刑刀を振りかぶる!

 ――が。


『遅せえよ』


 処刑刀が振り下ろされる一瞬に、《朱天》は動いた。

 それは、拳闘で言うところの、ジャブのような軽い拳だった。

 されど、その威力はまるで砲弾。数は十数にも至る。

 まるで爆撃のような轟音が鳴り続けた。

 炎を纏う装甲が次々と砕け散り、一瞬で十数の集中砲火を受けた悪竜の騎士は、処刑刀を振り下ろすことも叶わない。

 そうして悪竜の騎士の重心が、グラリと傾いた時、

 ――ドンッ!

 大地を踏み砕く震脚。

 ひと際重い拳が、胸部装甲の中核を打ち据える。

 悪竜の騎士は、再び大きく吹き飛んだ。


『ぐうッ!』『――きゃあ!』


 少年の声と同時に、少女の悲鳴も聞こえる。


(すまん。メルティア嬢ちゃん)


 弟の試練に、もしかすると、将来的には義妹になるかも知れない少女を巻き込んだことは心苦しい。しかし、今さら手も抜けなかった。

 地面に激しく打ちつけられる悪竜の騎士。

 装甲が、ガガガガッと地面を削り、ようやく動きを止めた。

 うつ伏せに横たわる全身からは、無数の火花を散らしている。


『そこまでか?』


 アッシュは、問う。


『もう立ち上がれねえか?』


『そんな……ことは、ない!』


 バチンッ、と肩からひと際大きな火花を散らしつつ、悪竜の騎士は四肢に力を込めて、よろめくように立ち上がった。

 機能を失ったのか、全身の炎はすでに消え、今はまるで肩で息でもするように、ブランと処刑刀を握りしめている。

 だが、魔竜の眼光に衰えはなかった。


『ボクは……』


 少年は、語る。


『もう誰にも負けない。何も失わない。そのために最強になるんだ!』


 そう宣言した瞬間、悪竜の騎士の右腕が赤く輝き始めた。

 真紅の《朱天》と同じ現象だ。同時に、炎が再び処刑刀を補強する。

 だが、今回は、それだけでは終わらない。

 左の籠手の竜頭の瞳が輝くと、左腕もまた赤く染まったのだ。

 さらに、左手には炎で作られた処刑刀が生まれる。二刀流の姿だ。

 ――いや、その姿を例えるのなら双頭の竜か。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!


 滅びの魔竜が、咆哮を上げた。

 そして、両腕を左右に大きく広げる。


『……最強、か』


 アッシュは、ふっと笑った。

《朱天》は、地を踏みしめてゆっくりと歩くと、とある場所で止まった。

 そして、真紅の鬼は、竜尾で地を雄々しく叩く。


『面白れえ』


 主人の呟きに、泰然とした動きで《朱天》は応じた。

 左足を前に、右足は後ろへ。壊れた左腕は掌を前へと突き出した。腰だめに構えた右の拳は、景色を歪めるほどの高温を放つ。


『さあ、来な』


 アッシュは、告げる。


『意地を見せてみろ。コウタ』

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