第337話 立合い③

 一行は、馬車から降りた。

 二台の馬車は公道から平原へと入り、そこに停車していた。

 後方にある王都の壁が、かろうじて窺えるような距離だ。

 すでに、アッシュとユーリィ。オトハは馬から降りている。馬達は利口なようで特に暴れる様子もなく、主人達の傍らにいた。


「さてと」


 アッシュが言う。


「ここなら多少無茶しても誰にも迷惑はかけねえ」


「……はい」


 コウタが頷く。


「……では」


 肘を押さえて腕を組んだ、オトハが言う。


「私が立会人でいいな」


「はい」それに対してもコウタは頷く。アッシュも、ボリボリと頭をかいて「悪りい。オト。頼むわ」と応えた。


 もはや、仕合の流れは止まらない。

 自然と、リーゼやアイリ達、アリシアやエドワード達も離れていった。

 ずっと、アッシュのつなぎを掴みっぱなしだったユーリィも、サーシャに促されて、アッシュとコウタの二人から距離を取ろうとする。


 ――が、たった一人だけ。

 鋼の巨人だけは、その場に残っていた。


「……メルちゃん?」


 アリシアが、彼女に声をかけようとした時、


「……メル」


 コウタが、鋼の巨人に手を差し伸べた。


「ボクはこの戦いに、すべての力で臨みたい。我が儘だと思っている。だけど」


『みなまで言わないでください。コウタ』


 鋼の巨人は応える。


『あなたが望むのなら、私はどこまでも付いていきます』


 そう告げた途端、変化が起きた。

 ――プシュウ、と。

 鋼の甲冑の前面が、上方向に開いたのだ。

 まるで鎧機兵の胸部装甲ハッチのように。

 サーシャ達が大きく目を見開く中、は平原に降り立った。


 歳の頃は十五、六だろうか。

 金色に輝く瞳に、紫がかった銀色の髪。うなじ辺りまで伸ばしたその髪の上には獣人族の証であるネコ耳がある。服装は白いブラウスと黒のタイトパンツ。ノースリーブのブラウスから伸びる腕はすらりとしていて、肌は白磁のごとく透き通っている。


 顔立ちの美しさも群を抜いているが、プロポーションもまた抜群だった。

 身長は、ユーリィとさほど変わらないのに、サーシャやオトハにも見劣りしないスタイルを有しているのである。


「「「…………え?」」」


 突如、現れた美少女に、アリシア達は呆気に取られていた。

 ――が、ややあって、


「きょ、巨人から、とんでもねえ美少女が出てきたぞ!?」


 エドワードが、全員の意見を代弁したかのような叫び声を上げた。

 その目は、紫銀色の髪のネコ耳少女を凝視している。

 それは、サーシャやアリシア。そしてユーリィも同じだ。

 硬派なロックでさえも、少女の美貌を前にして魅入っていた。


「うおお……マジで、マジでとんでもなく可愛いぞ……」


 ユーリィ一筋のエドワードも、流石に興奮を抑えきれない様子だった。

 思わず、両の拳を掲げて握りしめている。と、


「まあ、落ち着きなさいって」


 不意にミランシャが、エドワードの肩をポンと叩いた。

 続けて、どこか苦笑じみた笑みを浮かべながら、とんでもないことを言う。


「あの子がメルちゃんなのよ。あれが彼女の本当の姿なの」


 エドワードは目を剥いて、さらにギョッとする。

 アリシア達も、目を見開いている。


「う、うそおっ!?」


「ほ、本当の姿!? つうか、なんであんな甲冑つけてんすか!?」


「いえ、メルちゃんはね」ミランシャは、少し眉根を寄せて言葉を続ける。「極度の人見知りなのよ。対人恐怖症レベルでね。出かける時はあの鎧が必要なのよ」


「そ、そうなんすか?」


 エドワードが、呆然と尋ねると、


「……いや、ミランシャ。あれって鎧なんかじゃあねえだろ?」


 不意に、アッシュが会話に入ってきた。

 そして胸部装甲を開いたまま待機する、甲冑に目をやった。


「鎧機兵なんだろ。あの鎧って。あと、あっちのチビ達も」


 親指で、クイッと零号達を差す。

 アリシア達は愕然とした表情で、待機する鎧と、鎧の幼児達に目をやった。


「え? が、鎧機兵!?」


 サーシャが驚いた顔で、一番近くにいた鎧の幼児の体に触れた。

 持ち上げてみようとすると、ずっしりとして重い。


「うん。そうだよ。零号さん達はオルタナと一緒なの」


 その時、ルカが微笑んで告げた。


「……ウム! アニジャタチハ、アニジャタチダカラ、オレノ、アニジャタチナノダ!」


 次いで、零号の冠に止まるオルタナも翼を広げて叫んだ。

 ちなみに、零号達は親指を立てている。

 アリシア達にしてみれば、唖然とするばかりだ。


「個人的にはすっげえ興味があるんだが、まあ、それは後でもいいか」


 アッシュは、視線を降りてきた少女に向けた。

 彼女――メルティアは、極度に緊張した様子で息を大きく吸い込む。

 それを何度か繰り返してから、


「は、初めまひて!」


 少し嚙みつつも、頭を下げてきた。ネコ耳がピコピコと盛んに動いている。


「メ、メメ、メルティア=アシュレイでふ! コ、コウタの幼馴染み、です! そ、その、よ、よろしくお願いしましゅ!」


 最後まで嚙んでいた。


(……アシュレイか)


 アッシュは、双眸を細めた。

 シャルロットの話では、コウタの命の恩人が、アシュレイ公爵家の当主らしい。

 きっと、彼女は、その人の娘なのだろう。

 アッシュからすれば、弟を救ってくれた恩人の娘だ。


「……アッシュ=クラインだ」


 本当の名を名乗らないのは、失礼に当たる。

 それは分かっているのが、それでもアッシュは、この名前で通した。

 何の想いもなく、この名前を名乗っている訳ではないからだ。


「そう呼んでくれ」


「は、はい!」


 メルティアは、こくんと頷いた。


「アッシュ=クラインさん」


 コウタが言う。


「ボクの愛機は彼女と二人で乗って真価を発揮します。彼女も同乗してもいいですか?」


「それは、別に構わねえが……」


 そこで、ふっと笑う。

 アッシュは、近くいるコウタとメルティアにしか届かない声で告げた。


「昔は、いつかこんな日が来るんだろうなって楽しみにしてたよ。もう、叶わねえんだなと思ってたんだが、まさかこんな形で実現するとはな」


 コウタは、ずっと彼女の手を握っている。

 彼女のことを、どれほど大切に思っているかは一目瞭然であった。


「……え?」


 まあ、当人であるコウタは目を丸くしていたが。

 アッシュは、優しく口元を綻ばせた。


「後で、ゆっくり二人の話を聞かせてくれ。だが、今はそれよりも」


 表情を真剣にして、告げる。


「そろそろいいな?」


「……はい」


 コウタも真剣な面持ちで返した。

 二人は平原の奥に進み始めた。

 アッシュの後に、オトハが。コウタの後ろにメルティアが付いていく。

 アリシア達は、メルティアを止めようとしていたようだが、そこはミランシャとシャルロットに諫められたようだ。

 そうして、皆からある程度離れると、アッシュ、そしてコウタとメルティアは、互いの距離を取った。それぞれの愛機を召喚できる距離だ。

 オトハは、その中央の位置に立った。

 強い風が吹く。


「……では」


 緊迫した空気の中、傭兵の姫君がすっと右腕を上げた。


「これより、アッシュ=クラインと、コウタ=ヒラサカの立合いを開始する」


 奇しくも、互いに愛しい女を傍に置き。

 二人の男の戦いが始まった。

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