第336話 立合い②
「お、おい! やめとけってコウタ!」
ガラガラ、と揺れる馬車の中。
エドワードは青ざめた顔で、新しい友人にそう忠告した。
彼らは、再び馬車に乗っていた。
だが、行き先は王都内ではない。
門を越えて、今は草原の見える道を走っていた。
「……コウタ君。どうしてなの?」
アリシアが困惑した顔で尋ねる。
乗員のメンバーは、クライン工房に向かった時と同じだ。
エドワード、ロック、アリシア、サーシャにルカ。
そして、コウタ本人と鋼の巨人メルティア。
ただ、ユーリィだけはいない。
それぞれの持ち馬で平原に向かう、アッシュとオトハに同行していた。
ユーリィは今、アッシュの後ろに乗ってしがみついている。
アッシュとコウタのやり取り以降、彼女はアッシュから離れようとしない。
どうも、強い不安を抱いているようだった。
(……ユーリィちゃんも、何か感じ取ってるのね)
ただの仕合ではない。
もちろん、稽古でもない。
それは、空気から、嫌でも感じ取れた。
ちらりと横を見ると、サーシャも緊張しているようだ。
無言でコウタを見つめ、ギュッと手を膝の上で握りしめている。
(一体何が起きているの?)
アリシアにしろ、サーシャにしろ、只ならぬ空気に困惑していた。
「……これは、ボクにとってずっと望んでいたことなんです」
そんな中、コウタは語る。
「……ずっと」
黒髪の少年は、自分の拳に目を落とした。
「ボクは、あの人にずっと憧れていた。それは今も変わらない。だからこそ……」
「い、いや、騎士を目指す者なら、師匠に憧れるのも分かるが……」
ロックが腕を組んで、渋面を浮かべた。
「あの人の実力は本気で人外レベルなんだぞ。今朝も話しただろう」
朝方。王城の渡り廊下でのことだ。
ロックとエドワードは、コウタと話す機会があった。
その際にアッシュのことを聞かれ、自分達の体験談などを語ったのだ。
出会った時には空を飛ばされたとか、塵にされかけたエドワードの逸話など。
それはもう恐ろしい実体験だ。
ある意味、彼らは弟子のサーシャ以上に、アッシュの強さを知っている。
そんな相手に、コウタは挑もうとしているのだ。
「せめて稽古に出来ないのか? 仕合など大仰すぎると思うのだが……」
と、ロックが新しい友人の身を案じてそう告げるが、
「……ハルト先輩」
その時、ルカがかぶりを振った。
「それじゃあ、コウ君にとって、意味がないんです。仮面さんにとっても」
「意味がない? どういう意味だ?」
ロックが眉をしかめると、ルカは、
「ごめんなさい。今はまだ言えません。けど、これが終われば、すぐ、分かりますから」
だけど、と呟く。
ルカは、視線をコウタに向けた。
「ハルト先輩の言う通り、仮面さんは凄く強い人、です。多分、普通の《ディノス》だと、とても相手にもならないと思います」
そう告げてから、ここまで沈黙を守っている鋼の巨人――師の方にも目をやった。
ルカの師は、石像のように動かず佇んでいた。
「お師匠さまは、どうするのですか?」
『……私も、すでに覚悟は決めています』
鋼の巨人は、ルカに視線を向けて答えた。
『そもそも私だけは、まだあの人にちゃんとした挨拶をしていません。あの人にだけは、この姿のままで挨拶するなんて失礼ですから、きちんと挨拶をするつもりです』
「……そう、ですか」
ルカは微笑む。続けて嬉しそうに、ポンと柏手を打ち、
「分かりました。じゃあ、お師匠さまも、いずれ私のことを、ルカお姉ちゃんと呼んでくれるんですね」
『え? い、いえ、まあ、あなたの想いについては昨日、聞いていますし、確かにその可能性も……。ですが、お姉ちゃんですか?』
と、言い淀む鋼の巨人。
脈略のない二人の会話に、アリシア達が眉根を寄せた、その時だった。
「あ、少し馬車が遅くなったかも」
サーシャが呟く。
馬車の速度が、徐々に落ちくるのを感じたのだ。
窓の外を見ると、王都から大分離れたのが分かる。ここら辺りなら多少無茶な仕合をしても問題ないだろう。
サーシャは瞳を細めた。
そして椅子に座るコウタに目をやる。
「……本当にやるんだね」
「はい。決めていたことですから」
コウタの返事には迷いはない。
サーシャは、沈黙した。
覚悟を決めている者を、これ以上、止めるのも野暮だ。
「怪我だけはしないように気をつけてね」
ただ、そう告げる。
コウタは「はい」とだけ答えた。
そうして馬車は、ゆっくりと停車した。
二人の戦いの幕が、切って落とされるのも、目前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます