第333話 その場所へ③

「アッシュ。ただいま」


 と、ユーリィが言う。

 アッシュは作業場ガレージに立つと、ユーリィの傍まで寄り、


「お帰り。ユーリィ」


 そう言って、彼女の空色の髪を撫でた。


「……? アッシュ?」


 どうしてか、いつもよりも少しだけ力が入っているような気がする。

 ユーリィは眉をひそめた。


「どうかしたの?」


 率直に尋ねた。


「……ん。そうだな」


 いつも勘の鋭い愛娘に、アッシュは苦笑を浮かべつつも、


「まあ、色々あってな。それより今はお客さんだ」


 アッシュは、客人達に目を向けた。

 改めて見ると、かつてないほどの来客数である。

 まずはいつものメンバー。サーシャ達、学生四人組。今日はルカの姿もある。

 いつもはおっとりしている王女さまだが、どうも今日は緊張しているようだった。

 とても真剣な顔で、こちらの方を見つめている。

 シャルロットとも知り合いであると聞く彼女は、もしかすると、自分の事情をすでに聞いているのかも知れない。

 すぐ傍には、シャルロットの姿も目に入った。彼女は頭を下げてくる。と、


「……アシュ君」


 一人の女性の声が聞こえてくる。

 ミランシャの声だ。彼女は腕を後ろ手に組んでアッシュを見つめていた。


「おう。お前も来てたんだよな」


「うん。積もる話は一杯あるけど、一つだけ先にいいかな?」


「ん? なんだ?」


 アッシュがそう尋ねると、ミランシャは若干頬を染めて大きく深呼吸した。

 そして、いきなり首に抱きついた。


「おいおい」


 アッシュは少し驚くが、端から見ていると、ただの再会のハグだ。

 だから、ユーリィ達も特に騒がないが、


「(あ、あのね。アシュ君)」


 ミランシャは、小声でアッシュに話しかけていた。


「(昨晩のことは、もう仕方がないけど、次の夜は、その、どうかアタシを選んでね。一生懸命、頑張るから)」


「…………は?」


 アッシュが目を丸くすると、ミランシャはすぐに離れた。

 そして、真っ赤な顔でニパッと笑い、「じゃ、じゃあ、お願いね!」と言って、逃げるように、そそくさと距離を取る。

 アッシュは少し呆然としていると、


「……まったく。あいつは」


 オトハが、アッシュの前まで進み出てきた。

 昨日の夜。全身で余すことなく、その愛しさを再確認した女性が、普段通りの凜々しい顔でアッシュの胸板に拳をつける。


「少しは落ち着けたか?」


「ああ。おかげさまでな」


「う、うむ。まあ、昨日は、その、私があれだけ付き合ってやったのだ。もう気持ちの切り替えも出来ただろ。しっかりするんだぞ」


 言って、オトハは自分の胸を支えるように腕を組み、そっぽ向いた。

 瞳を逸らした彼女の横顔は赤い。


「はは、ありがとよオト」


 このまま、グッと抱きしめたくなるぐらいの愛おしさが込み上げてくるが、それは一旦抑えてアッシュは再び客人達に目を向ける。

 目に入ったのは鋼の巨人だ。巨人は、ビクッと肩を震わせたようだった。

 その傍には、鎧を着た三人の幼児達。

 すると、その一人、小さな王冠をヘルムつけた幼児が近付いてくる。

 鎧の幼児は、おもむろに拳を突き上げてきた。


「……ヒサシイナ。友ヨ」


「……? おう?」


 よく分からないが、アッシュも拳を突き出す。

 ゴツン、と鋼と生身の拳が触れ合う。

 鎧の幼児は、満足そうに頷くと、巨人の元へと帰っていった。


(しかし、ありゃあ、本当に凄げえな)


 改めて感心する。

 アッシュとて職人だ。彼ら全員がであると見抜いていた。

 小型の三機は恐らく自律型。オルタナと同じタイプだろう。

 そして巨人は装着型か。屋内で白兵戦まで出来る機体と見た。


(なるほど。あん中にいるのが、ルカ嬢ちゃんのお師匠さまってことか)


 そこまで読み切る。

 一人の職人としては興味深いが、今は別の人物に視線を向ける。

 二カッと清々しい笑みを見せるのは、大柄な少年だった。


「ジェイク=オルバンっす。よろしくお願いします」


 頭を下げてきた。アッシュは笑う。


「アッシュ=クラインだ。


 少年だけでなく、他の人物にも伝わるようにそう名乗った。

 次いで、視線を少し落とす。そこには小さなメイドさんがいた。

 薄緑色の長い髪が特徴的な女の子。

 どこか、昔のユーリィを思い出させる綺麗な少女だ。


「……初めまして。


 微妙にニュアンスが違う発音でそう言うと、彼女は頭を下げた。


「……アイリ=ラストンだよ……です。よろしくお願いします」


「ああ。よろしくな。アイリ嬢ちゃん」


 アッシュは、ユーリィにするように彼女の頭を撫でた。

 すると、幼女は顔を赤くして慌てて離れた。

 そして鋼の巨人の影に隠れた。


「……す、凄い。お見事。自然すぎて当然のように受け入れてたよ」


『……は、はい。想像以上ですね。流石です』


 そんな声が聞こえてくる。

 アッシュはポリポリと頬をかくと、残り二人の人物の内の一人に目を向けた。

 その少女と、目が合う。

 蜂蜜色の髪を持つ彼女は、少し緊張した面持ちだったが、


「……初めまして」


 腰に巻いた白布ケープを、スカートの裾のようにたくし上げて頭を垂れる。


「リーゼ=レイハートと申します」


「アッシュ=クラインだ」


 彼女は、実に美しい少女だった。

 アリシア、サーシャにも劣らない美貌だ。

 だが、それ以上に印象的なのは、立ち振る舞いから溢れ出る優雅さだった。


(レイハートか。じゃあ、この子が、シャルのご主人さまなんだな)


 シャルロットが忠義を尽くすに相応しい子だな、と思った。

 ともあれ、これで残りは一人だ。

 これだけの大人数を前にしても、一目見ただけ分かった。

 だからこそ――。

 アッシュが、意図的に最後にした少年。

 リーゼやジェイクと同じ、黒い騎士服を着た少年だ。

 ゆっくりと見やる。


「…………」


 少年は無言だった。

 アッシュもまた視線が重なって何も言わず、少年の元に向かう。

 一歩、一歩。

 他者には決して分からない。とても重みのある足取りで前に進む。

 そうして、二人は、正面から立った。


「………」


 少年は黒い眼差しで、アッシュを見つめていた。

 ただ、それだけの時間だけが続く。


「……アッシュさん? コウタ君?」


 奇妙な沈黙に、アリシア達も眉をひそめ始めていた。


「……アッシュ? どうしたの?」


 ユーリィがそう呟いて、アッシュの元へ近付こうとした時だった。


さん」


 黒髪の少年が、おもむろに口を開く。

 続けて彼は、こう告げた。


「どうか、これからボクと仕合って頂けませんか?」

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