第272話 「シルクディス遺跡」②

 ――遺跡都市『シルク』。

 そこはアティス王国に所属するグラム島の街の一つだった。

 人口は三百人程度。人口的には街と言うよりも村に近い小規模の都市だ。

 街へと続く道以外は広葉樹の森に覆われており、都市を囲む外壁の中で唯一開いた門をくぐると、周囲に見えるのは石造りの街並みだ。各建造物は綺麗に整理されているため大都市を彷彿させる趣だが、建物のほとんどは二階まで。どちらかというと綺麗な造りの分、こぢんまりさが浮立つ街だった。

 主要な収入源は街の名前にも使っているシルクディス遺跡の観光だ。そのため、土産店や飲食店、気軽に使える素朴な宿屋、大人数でも宿泊できるホテルなどが目立つ。

 そんな街の一角。

 裏路地にある安宿で彼は椅子に座り瞑目していた。

 しかし眠っているわけではない。彼は報告を待っていたのだ。

 そして――。

 コンコン、と。

 不意に雑な造りのドアがノックされた。

 彼は瞳を開けるとドアを一瞥し、「入れ」と告げる。


「失礼します」


 その声と共にドアが開かれる。

 入ってきたのは全身を黒一色の服でかためた二十代半ばの青年だ。


「報告に参りました。ヒル隊長」


「そうか。話せ」


 と、彼――カルロスは部下に報告を促す。

 部下は姿勢を正して口を開いた。


「本日の十三時。《双金葬守》がシルクに到着しました。総員で九名。その中には《天架麗人》及び《金色聖女》も同行しております。シルクの南方地区にあるホテル『ハイランド』にチェックインしたのを確認しました。現在は標的の滞在部屋を調査中です」


「………そうか」


 カルロスは瞳を開いて部下を一瞥した。


「奇襲は深夜に行う。それまで監視を怠るな。だが、近付きすぎるのは避けろ。報告によれば《金色聖女》が同行している時の奴は異常に警戒している。その上、《天架麗人》までいる。我らの存在に気付かれたら最後と思え」


「了解しました」


 言って頭を垂れる部下だが、ふと上司に尋ねてみる。


「しかし、何故わざわざあの男が警戒を強める旅行中に襲撃を? ラズンにて奇襲をかける方が、成功率が高いと思われますが……」


「確かにそうだろうな」


 部下の問いにカルロスは両指を組んで答えた。


「だが、それは奇襲が成功しやすいというだけの話だ。奴を殺すにはそれだけではまるで足りん。足手まといが多数同行している今が好機なのだ。奇襲は成功させて当然。それに加え、足枷をつけるのが本作戦の骨子だ。守るべき対象が多ければ多いほど奴の集中力を削ぐことが出来るからな」


「なるほど。そういうことでしたか」


 部下は納得すると再び頭を下げた。


「浅慮な質問、失礼致しました。流石はオージス支部長の懐刀と称されるヒル隊長です。私程度では考えが及びませんでした」


 と、真っ直ぐな敬意の眼差しを向けてくる部下。それに対し、カルロスは視線を逸らして気付かれない程度に渋面を浮かべた。


(……ふん。この俺が懐刀か……)


 何とも皮肉な話だった。

 自分ほどあの男に二心を抱く者などいないというのに。

 だが、今は自分の本心を面に出す訳にはいかない。今回この作戦に同行した十八名の部下達は皆ガレックを心酔していた。下手な発言は士気に大きく関わってくるので否定の台詞も言えなかった。

 たとえ同僚達を騙すことになっても、本作戦だけは成功させる。

 そしてあの忌々しい男の墓前にて「ざまあみろ」と言い放ってやるのだ。

 それまでは本心を秘匿にする必要性があった。


「今夜二十時」


 カルロスは淡々と語る。


「本作戦の確認と鎧機兵の最終チェックを行う。場所は……都市外の森でだ。ポイントはD地点。他の部下にも連絡しておけ」


「了解しました。それでは失礼致します」


 言って、部下は立ち去った。

 部屋に一人残ったカルロスは背もたれに体重を預けて再び目を閉じる。

 決行は深夜。その時こそ――。


「ガレック=オージス」


 カルロスは呟く。


「リディアの子――俺の甥か姪は必ず幸せにする。そのためにも俺はいつまでもあんたの影を追っている暇はないんだ。今こそあんたを超えさせてもらうぞ」



       ◆



 時刻は昼の二時過ぎ。

 ホテルにチェックインしたアッシュ達は、同ホテルのロビーでやや遅めの昼食を取った後、早速シルクディス遺跡に向かった。

 遺跡に続く山道はそこそこ広く馬車を使えばすぐに到着するのだが、アッシュ達は徒歩で向かうことにした。天候も良く、森の中の散歩も悪くないと考えたのだ。

 目的地を目前にしたゴドーは勿論、今朝まではヘコんでいたエドワードとロックも歩を進めるほどにテンションを上げていった。一方、緊張気味だった女性陣も身体を動かすことで少し調子を取り戻しつつあった。

 アッシュは故郷に少し似た森の中を懐かしい気分で進んでいた。

 そうして二十分ほど一行は歩き続けて――。




「おお……こいつは」


 アッシュは困惑と感心の混じった微妙な声を上げた。

 彼の視界の先にはシルクディス遺跡の全容が広がっていた。

 所々がひび割れて風化した石畳。馬車が五十台は止められそうな大きな広場。両脇には一定間隔で折れた支柱が並んでいる。

 その奥には本来は神殿だったのか、開けた大きな門を持つ三階建ての巨大な建造物が見えた。所々崩れ落ちた部位が千年の時を彷彿させる威容だった。

 たとえ神話に全く興味が無くとも感嘆を覚えさせる光景である。

 しかし、それでもアッシュは微妙な表情を見せた。

 何故なら、神殿の広場を飾る光景に問題があったからだ。


「……何かイメージが違う」


 と、ユーリィが失望感たっぷりに告げる。

 広場の両脇を固める光景。それは露天商の集団だった。

 クレープなどを売る店もあるようだが、多くは工芸店のようだ。簡単は造りの店舗もあれば石畳に布を敷いて品を並べているだけの店もある。

 彼らは観光客を狙った商人達といったところか。

 観光名所になっているというだけあってこの遺跡には人の姿が多い。家族連れから恋人らしきカップルの姿などもある。多くの観光客達は露天商の前で興味深そうに足を止めていた。まるでラズンの闘技場を彷彿させる賑やかさだ。


「まあ、今は連休中だし、私達みたいに観光客が多いのも仕方がないかもね」


 肩を竦めてそう語るのはアリシアだった。が、少しだけ工芸品――土産物には興味があるようで近くの露店に時々視線を向けている。


「しかし、私も仕事関係で他の国の遺跡に行ったことはあるが、ここまで露骨に観光名所になっている場所はそうそう無いぞ」


 と、オトハが腰に片手を当てて呆れた声で呟く。

 するとサーシャがクスリと笑い、


「それこそ仕方がないですよ。この遺跡が見つかったのはもう百二十年以上も昔だそうですし。この遺跡で調べれていないのは最奥の扉だけなんですよ。それだけ経つと流石にすでに遺跡というよりも観光名所扱いになります」


 この遺跡にはもはや観光地としてしか価値がないのだ。とは言え、こうして人々の役に立っている。人知れず廃れてしまうよりは良いことなのかもしれない。


「けど、その扉の奥を見るために俺らは来たんだろ。観光客が多かろうが関係ねえよ」


 と、エドワードが言う。

 それから両腕を組んで懐かしむ眼差しで遺跡を見つめるゴドーを見やり、


「ゴドーさん。いよいよっすね!」


 瞳を輝かせてそう告げる。

 一方、ゴドーはニヤリと笑い、


「うむ。その通りだ。エドワード少年。いよいよだ」


 そこで一呼吸入れて、夢追い人ロマン・チェイサーは一行に促すのだった。


「では、参ろうか。この遺跡の最奥部へとな」

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