第262話 その男、浪漫を語る②
「シルクディス遺跡?」
疑問の声を上げたのはアッシュだった。
「この島に遺跡なんかあったのか?」
「――ふん。そんなことも知らんのか。嘆かわしいな白髪小僧」
それに対し、ゴドーの反応はキツい。
まあ、愛娘同然の少女達に近付く男に対しては当然の態度かもしれないが。
「はい。先生」
が、当のサーシャの方はアッシュを嫌うことなどない。
将来は良妻賢母になることを確信させるにこやかな笑みを浮かべて師に答える。
「ラッセルから北東方向に向かって七、八時間ぐらい進んだところに『シルク』という街があるんです。街の名前は遺跡から取ったそうですよ。そこからさらに森の山道を歩いて二十分ぐらいの距離にその遺跡はあります。神話時代からあると言われている、この国では有名な遺跡なんですよ」
「へえ~」
アッシュがあごに手をやって感嘆の声を零す。
「神話時代の遺跡なのか。そいつは知らなかったな」
「うん。私も知らなかった」
創世神話に詳しいユーリィも言う。オトハも「私もだ」と同意した。
三人の様子にアリシアが苦笑を浮かべた。
「けどアッシュさん達が知らなくても無理もないですよ。もう発掘されまくって今や観光名所になっているような遺跡ですし。ただ、その最深奥の広場には絶対に開かない開かずの扉があるんです。凄く有名な大扉で――」
そこでゴドーを見やる。
「話からするとその大扉を開く『鍵』を見つけたってことですか?」
「うむ。そういうことだよ。アリシアちゃん」
と、ゴドーが自慢げに語る。
「おおっ! それマジっすか!」
その宣言に食いついたのはエドワードだった。
「俺も一回、観光で行ったことあるんすけど、あの大扉が開くんすか!」
「俺も見物には行ったことがある。何でもひと昔前に鎧機兵を使ってまであの大扉をこじ開けようとした人間もいたらしいが、結局それでも無理だったと聞いたな。あの開かずの部屋の奥にあるモノか……。流石に興味があるな」
ゴドーの話に少年心が刺激されたのか、普段はエドワードを諫める側に立つロックまでかなり興味津々だった。
「うむ! その通りだ、少年達よ!」
少年達の食いつき方に、ゴドーは少しご満悦だった。
「今回の冒険で俺はまた一つ、浪漫へと続く扉を開くことになる! ああ! 今から楽しみで仕方がないぞ! あの先には果たして何が眠るのか!」
「「おおおお……」」
ゴドーに意気込みにエドワード達は共感の声を上げた。
「……おい、お前ら」
アッシュは嫌な予感がした。
何やらついて行ってもいいですかとでも言い出しそうな雰囲気だ。
「ゴドーさん! ついて行ってもいいっすか!」
数秒さえ持たずに予感が的中した。
言葉には出していないが、恐らくロックも同じ気持ちだろう。
対し、ゴドーは「うむ!」と力強く頷き、
「構わんぞ。浪漫を求める若人達よ! 大いに歓迎だ!」
「いやいや待てよ。おっさん。それにエロ僧」
アッシュは額に手を当て嘆息した。
「学校はどうすんだよ。ラッセルから七、八時間ぐらいだと移動だけで丸一日だろ。往復で考えると三日ぐらいかかるぞ」
「あっ、それなら大丈夫っすよ。ゴドーさん。シルクに行くのは今度の連休に合わせてもらってもいいっすか? それなら学校休まずに済むんで」
と、尋ねるエドワードに「うむ。問題ないぞ。なにせ俺は自由人だからな!」とゴドーは胸を張って答えた。
「……はぁ、ロックお前もか?」
「すみません。師匠。俺も遺跡には興味があります」
と、普段は大人びた行動を取る少年まで今回の計画に乗り気な態度を示した。
アッシュは深々と溜息をついた。
何だかんだ言ってもエドワードとロックはアッシュの弟分だ。あまり悪影響がありそうな経験はさせたくないが、ここで頭ごなしに否定するもどうかと思う。
引率者であるゴドーはかなり胡散臭いおっさんではあるが、そもそも内容自体には特に危険があるようにも思えない。むしろ神学の勉強になることだろう。この内容ならエドワード達の保護者は許可を出すだろうし、ゴドーが同行を許した以上、もう二人の行動を止めるのは難しかった。
(仕方がねえか)
アッシュは顎に手をやり深く考えた後、結論を出した。
「じゃあ、俺も同行するよ」
「え?」「師匠がっすか?」
唐突な同行者に目を丸くするエドワード達。アッシュは静かに首肯する。
「どうもお前らは変なとこではしゃぎそうだし、何よりそのおっさんが引率に向いているとは思えねえ。監視役だ。構わねえだろ、なぁおっさん」
と、一応ゴドーに声をかける。
「そうだな」ゴドーは腕を組んでアッシュを一瞥する。「貴様との対話もまだ済んでおらんしな。構わんぞ。同行を認めてやろう」
この上なく上から目線でそう告げた。アッシュは「ありがとよ」と言いつつも苦笑を浮かべるが、そこでオトハとユーリィの方へと目をやった。
「けど、どうせならちょっとした休暇も兼ねるか。オト。確か今度の連休はお前も休みだって言ってたよな?」
「ん? ああ、私も休みだが」
いまいち状況についていけず、オトハは困惑したまま首肯した。
「なら、オトとユーリィも一緒に行ってラッセルで一泊でもすっか。あそこは温泉街でもあるし。二人とも予定は大丈夫か?」
「よ、予定か? う、うん、今のところ予定はないが……」
「うん。私も問題ない。温泉もいいけど、むしろ神話に興味がある」
と、オトハとユーリィが答える。その返答を聞いてから、
「なあ、おっさん」
アッシュは再びゴドーに尋ねた。
「さらに二人増えるが問題ねえか?」
「ふむ」
するとゴドーは不躾なぐらいオトハ達――特にオトハの容姿を凝視して、
「サーシャちゃんとアリシアちゃんも想像していた以上の美しさだったが、彼女もまたそうそうお目にはかかれんようなレベルの美女だな。しかもプロポーションに至ってはお見事の一言だ。滑らかで艶めかしい太もものラインに、その大きくて柔らかそうなおっぱいときたら……うむ! ぜひ女豹のポーズを取って欲しいな! 絶対にたゆんっと揺れるに違いないぞ! おお……想像するだけでドキドキしてくるな! 実によい! いいぞ小僧! むしろこちらからお願いしたいところだ!」
隠そうともしないセクハラ目線と発言に対し、オトハの額に青筋が浮かぶ。
「……殴りたいな、その男。サントスと同じ気配がする」
「ま、まぁ落ち着けよオト。あとで俺が殴っとくから。とにかくOKってことだな。じゃあ連休はこのメンバーで……」
と、話を締めようとしたアッシュだったが、
「「ちょ、ちょっと待ってください!」」
当然、異論が飛んだ。メンバーから外されているアリシアとサーシャだ。
「どうして私達が外されているんですか!」「先生! ひどいです!」
椅子から立ち上がってアッシュに詰め寄るアリシアとサーシャ。
「いや、まあ、な」
対し、アッシュは少し気まずそうだ。
「正直、アリシアとメットさんは親御さん達の説得が無理なような気がしてな。特にメットさんはラッセルでかなり危ない目にも遭っているし」
「う……」「そ、それは……」
かつてラッセルで起きた事件を思い出し、アリシア達は声を詰まらせた。
思い返せば、アッシュと泊まりがけの遠出をするたびに危険な目に遭っている。ここでまた出かけるとなれば、流石に父達もかなり渋るかもしれない。
――が、それに関してはフォローを入れる人物がいた。
「うむ、それなら大丈夫だ。サーシャちゃん。アリシアちゃん」
椅子から悠然と立ち上がり、腰に手を当てるゴドーだった。
「君達がどうしてもついて行きたいというのならば、俺がガハルドとアランの二人を説得しようではないか」
「ほ、ホントですか、ゴドーさん!」「あ、ありがとうございます! ゴドーさん」
アリシアが蒼い瞳を輝かせ、サーシャが銀の髪を揺らしておじきをする。
ゴドーは「うむうむ。気にするな」と好々爺の笑みを見せた。
「どんどん頼ってくれ。それよりも俺のことはもっと親しげに『おじさま』と呼んでくれると嬉しいんだが」
「感謝しますゴドーさん」「よろしくお願いしますゴドーさん」
「……………うむ」
間髪入れずにお礼をするアリシア達に、ゴドーはそれ以上何も言わなかった。
「まあ、今回は別に危険な訳でもないし、メットさん達だけを仲間外れにすんのも可哀想だしな。だが、そうなってくると――」
アッシュは一人、犬と戯れるルカに目をやった。
アッシュの視線に気付き、ルカは柔らかな笑みを見せた。
その無邪気な笑みに、アッシュは複雑な表情で返した。
「えっと、な。ルカ嬢ちゃん……」
言うまでもなく彼女は王女だ。温泉街に行きたいから王都を出るなどまず許されないだろう。彼女だけはどう足掻いても留守番になる……と思ったのだが、
「大丈夫です。仮面さん」
初めて会話に加わるルカは、はっきりと告げた。
「お父さんは、私が説得しますから」
「へ? 説得できるのか?」
「は、はい。頑張ります。私は仮面さんに、ついて行きます」
そう言ってルカはもう一度微笑んだ。どうやら彼女だけ異論を出さなかったのは元より最初から同行するつもりだったということらしい。
「ま、まあ、ルカ嬢ちゃん本人がそう言うのなら問題ねえか」
とりあえずアッシュは納得する。
アッシュは工房内のメンバーに目をやった。
珍客(?)や新たに加わったルカもいるが、結局今回もいつものメンバーで出かけることになりそうだ。全員が連休に向けて楽しげに談笑している。
それは一見すると何とも平和な光景なのだが、
(まあ、流石に今回ぐらいは何もねえとは思うんだが……)
自分の『トラブル引き寄せ体質』を考えると、思わず不安になるアッシュだった。
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