第二章 友、遠方より来たる
第255話 友、遠方より来たる①
「おお! 何とも久しいな!」
上空には澄み渡る蒼い空と、悠然と流れる白い雲。
背後には大海原を背負い、カウボーイハットを被った壮年の男は腰に手を当て叫んだ。
「お前もそう思わんか! ランドよ!」
と、横で座る黒い犬に話しかける。主人に声をかけられた黒犬は実に面倒くさそうに首を上げ、アギトを動かした。やはり鳴こうとはしない。
「む? 自分は初めて来たから懐かしいとは感じないだと? ふははッ! ノリが悪いぞランド。そこは合わせてくれ!」
と、豪快な笑い声が響く。
そこは、アティス王国の港湾区。
壮年の男と黒い犬は帆船を乗船し、この国に到着したばかりだった。
当然、他にも乗船客や荷降ろしする船員の姿もあり、彼らは犬に話しかける奇妙な男を訝しげ――と言うより不審者を見る眼差しで注目してた。
が、そんな視線は気にもせず、男は犬と『会話』を続ける。
「この国は俺にとって故郷のようなものなのだ。ああ、本当に懐かしいな。俺はこの国で若き日を過ごしたのだ」
どこまでもマイウェイに、自分のことを語り出す。
周囲の人間は流石に「こいつやべえ」と思ったのか、徐々に離れていった。
が、やはりそのことも気にしたりはしない。
「俺は元々アロンの出身でな。こことは別の国の孤児だった。幼き日は生き残るために色々と無茶ばかりしたものだ。だが、この国に流れついてからは幸運にも騎士学校に通う機会が出来てな。良き友人達にも恵まれた。ああ、どんどん思い出してきたぞ。我が懐かしき青春の日々よ!」
と、熱く語る男に黒い犬は欠伸で返した。
しかし、もはや愛犬の反応さえも気にしなくなったのか、男はテンションを一切抑えずに両の拳を天に突き上げた!
「おおおッ! 俺は帰ってきたぞ―――ッ!」
大海原に響く絶叫。
彼の周囲にはすでに人の姿はなかった。
そして男は満足げに腰に手を当て直し、ムフーと息を吐いた。
続けてニヤリと口角を崩し、
「ふふっ、では早速あいつの所にでも行ってみるか。家は……今の時間では不在かもな。あいつのことだ。恐らく騎士になっていると思うが……」
顎に手をやりぶつぶつと呟きながら歩き出した。ランドも立ち上がり、カチカチと爪を鳴らして主人についていく。
黒犬を従えた彼の背中はとても楽しそうだった。
◆
――ガハルド=エイシス。
アリシアの父であり、アティス王国において、治安維持を担う第三騎士団の団長を務める彼は優秀な人物で知られていた。
その性格は質実剛健にして思慮深謀。
国王からの信頼も厚く、胆力においても一流だ。その上、アティス王国では四家しかない侯爵家の当主の一人でもあり、血筋においても一級品だった。
――そう。彼は『巌』を体現したような人物であった。
しかし、今この時。
滅多に動じることがないガハルドが、第三騎士団の執務室にて愕然としていた。
「お、おい……」
ただただ、呆然と呟く。
その理由は、いきなり訪れてソファーに座り込んだ来客にあった。
カウボーイハットと登山服のような服を着込んだ、ガハルドと同年代らしき男。年齢的に考えればかなり落ち着きのない――はっきり言ってしまえば変人スタイルだ。傍らには異様に筋肉質な薄毛の黒い犬までいる。ペットまで連れたこんな風貌で仮にも騎士団の詰め所によく入れたものだと感心さえしてしまう。
ともあれ、この珍客はノックだけするとガハルドの返事も待たずにドアを開けた。
そして目を丸くするガハルドをよそに「ほう。なかなか上質なソファーだな」と言ってどすんっと座り込んだのだ。
「お前、もしかしてゴドーなのか……?」
「おおっ! すぐに気付いてくれるのか! 嬉しいぞガハルド」
ガハルドにゴドーと呼ばれた男が二カッと笑った。
「いやあ、久しぶりだな。お互い老けたものだ」
「あ、ああ、そうだな……じゃない! なんでお前がここにいるんだ!?」
ガハルドは執務席から立ち上がり、ソファーに座るゴドーに詰め寄った。
「お前、騎士学校の卒業式の時にいきなりいなくなって……俺とアランがあの日どれだけお前を探したと思っているんだ!」
「む? そうだったのか」
一方、ゴドーはガハルドの剣幕もどこ吹く風だ。
「卒業式か。懐かしい話だ。だがあの時、俺には俺の都合があったのだ。そうだな、あの日を逃せば俺の壮大なる冒険は始まらなかったであろう」
「何が壮大なる冒険だ! アホかお前!」
ガハルドはゴドーの胸倉を掴んで立ち上がらせた。
「昔から自由すぎる奴だったが、よりにもよって卒業式をエスケープするな! 結局、お前は卒業できなかったんだぞ!」
「ふむ。それは残念。しかし些細なことだな」
「些細じゃない!」
ガハルドはブンブンとゴドーの頭を揺らした。
その間、黒犬――ランドは大きな欠伸をしている。
それでも面倒見のいいガハルドは、
「お前、今何をしているんだ?」
旧友の身を案じて近況を尋ねてみると、
「うむ。俺はいま浪漫を追っている」
意味の分からない答えが返ってきた。
ガハルドは「はあ?」と困惑の声をこぼした。
「ろ、浪漫? お前、何を言って……?」
「うむ? 浪漫か? それは男の夢である!」
「誰が浪漫の説明をしろと言った! 頼むから会話をしてくれ!」
ガクガクと旧友の首を揺さぶる。
こうして。
ガハルドは何の前触れもなく二十七年ぶりに旧友との再会を果たしたのであった。
ただ、当人にとってそれが喜ばしいことなのかは極めて微妙ではあったが。
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