第226話 幼馴染との再会②
そしてガハルドを先頭に、五人は謁見の間に向かった。
コツコツと白い大理石の廊下に足音が響く。
広い廊下では時々、赤い服を着た第一騎士団の騎士達もすれ違う。彼らは揃ってその場で立ち止まると、《業蛇》討伐の英雄達と第三騎士団長に対して敬礼をした。
その度に、サーシャ達は少し頬を引きつらせて敬礼を返したものだ。
「な、なんか気恥ずかしいよね」
と、サーシャがわずかに頬を染めて告げる。
「まあ、確かにそうよね」
サーシャの意見に、アリシアも首肯して同意する。
騎士になる前からああも注目を浴びては困惑してしまうのが、本音だった。
エドワード、ロックもその気持ちは同じらしく、気まずげに頬をかいていた。
「はっきり言ってあの時はこんな結果になる事まで予想もできていなかったしな」
と、歩きながら腕を組み、ロックが言う。
すると、そんな若き騎士候補生達に、
「……まったく。お前達ときたら」
先頭を進むガハルドが一旦足を止めて告げる。
「確かにお前達の成し遂げたことは素晴らしいことだ。しかし、自惚れるなよ。もしタチバナ殿とクライン殿がいなければ、お前達は『ドラン』で命を落としていた可能性が高かったのだからな」
と指摘され、騎士候補生達は顔を見合わせた。
そして四人は苦笑いを浮かべた後、リーダー格であり、ガハルドの娘でもあるアリシアが代表して口を開く。
「それは分かってるわよ。父さん」
一拍置いて、
「そもそもオトハさんがいなければ《業蛇》があそこまで弱体化することなんてなかったでしょうしね。私達はたまたまあの場に居合わせてチャンスを得ただけよ」
と、正直に告げる。ガハルドは娘を一瞥すると、
「……ふむ。分かっているのならばいいのだが……」
そう呟き、再び歩き出そうとする――が、その時、
「ところでエイシス団長」
ロックが、おもむろに声をかける。
ガハルドは若草色の髪の少年に目を向けた。
「ふむ。どうかしたかね。ハルト君」
「はい」願わくはいつかは義父と呼びたい男性に、ロックは尋ねる。
「そのタチバナ教官なのですが、結局今回の謁見にも来られなかったのですか?」
アリシアの言う通り、《業蛇》討伐の最大の功労者は彼らの教官である女性だ。
セラ大陸有数の大国・グレイシア皇国が誇る七戦士――《七星》の一人。オトハ=タチバナ。短い紫紺色の髪と、右目を覆うスカーフのような眼帯が特徴的な人物であり、サーシャにも匹敵するプロポーションと美貌を併せ持つ女傑である。
実際のところ、彼女こそが愛機・《鬼刃》を駆り、全盛時の《業蛇》を死の寸前にまで追い込んだのだ。
アリシア達は、そこまで追い込まれた《業蛇》と偶然遭遇するという幸運を得て討伐に成功したに過ぎなかった。本来ならば英雄と呼ばれるべきはオトハであった。
しかし、前回の勲章授与の時にもオトハの姿はなかった。
それに対し、ガハルドは非常に残念そうな表情を浮かべた。
「……うむ。どうも彼女はこういった公の場が苦手らしい。自分はあくまで傭兵として職務を果たしただけと言って、今回も丁重に辞退されたよ」
と、少し疲れた声で答える。
「あははっ、オトハさんらしいわよね」「ああ、違げえねえな」
アリシアとエドワードが、笑みを零しつつ感想を述べた。
いかにもオトハらしい対応に、サーシャとロックも苦笑するだけだった。
一方、ガハルドもまた苦笑いを浮かべて前を向き――。
「さて。お前達。無駄話はそこまでにして早く謁見の間へ――」
と、そこで言葉を止める。
カイゼル髭の騎士団長は、真直ぐ前を見据えていた。
「……父さん? どうしたの?」
急に黙り込んだ父に、アリシアが眉根を寄せた。
そして彼女も父が見据える先に目をやって――。
「…………」
思わず渋面を浮かべてしまった。
アリシア達の進む先。渡り廊下の中央に二人の人物が佇んでいた。
共に上質な白い貴族服を着た二十代前半ほどの青年達。かなり大柄な体格が印象的な青年と、青白い顔をした痩せた青年の二人組だ。
ガハルドが沈黙したのは、彼らの存在に気付いたからだ。
そしてその二人は、アリシアとも顔見知りの人間であった。
「……最悪」
アリシアが小さく呟く。と、サーシャも少し強張った表情を浮かべた。
エイシス家と親しい彼女も彼らの事は知っていた。
「アリシア。あの人達って確か……」
「ええ。ガロンワーズ家の現当主とその弟よ」
「へ? え、お、おい。ガロンワーズ家って、あのガロンワーズか!?」
その呟きが聞こえたエドワードが驚愕の表情を浮かべた。
隣に立つロックも大きく目を見開いている。
ガロンワーズ家。それはこの国では最も有名な家名であった。
「ええ、そうよ。アティス王国最大の名家。ガロンワーズ公爵家の人間よ」
と、アリシアが睨みつけるような眼差しで青年達を見やる。
すると、二人はゆっくりとした足取りで、アリシア達に近付いてきた。
そしてガハルドの前で立ち止まると、大仰に頭を下げ、
「これはエイシス騎士団長殿。そして英雄の方々もご一緒ですか」
と、表面上は、にこやかな笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
彼の隣の青年も挨拶の言葉こそ出さなかったが、大仰な仕種で一礼していた。
「おお、これはザイン殿に、シャールズ殿ではありませんか」
対し、ガハルドも友好的な笑みで返した。
「こうしてお会いするのは久しぶりですな」
「ええ、そうですね」
と、答えるのは大柄な青年――ザインだ。
「このラスセーヌは広い。しかも、エイシス団長殿は頻繁に市街区にも行かねばならぬ多忙なお方。親睦を深めたくとも機会がなく残念でなりません」
そこでザインはアリシアの方を一瞥する。
「アリシアさまもお久しぶりです。それにしても、相変わらず貴方はお美しい」
「あら。ありがとうございます。ザインさま」
言って、ドレスの裾を少しだけたくし上げてアリシアは一礼する。内心は一切隠してにこやかな笑顔を作れるところは、彼女も侯爵令嬢だけのことはあった。
ザインは笑みを浮かべたまま、おもむろに頷くと、
「サーシャさまもお久しぶりです。そして英雄となられたお二方も」
続けて、顔見知りではあるサーシャと、面識こそないが、エドワードとロックの方にも丁寧な挨拶をしてくる。
「あ、は、はい。お久しぶりですザインさま。シャールズさま」
「お初にお目にかかります。ロック=ハルトと申します」
と、サーシャは裾をたくし上げ、軽く一礼。ロックは愚直な様子で頭を垂れた。
二人とも貴族だけあってしっかりとした作法だった。
が、最後の一人、エドワードだけは――。
「は、初めまして! エ、エド、エロワ、エドワード=オニキスっす!」
と、自分の名前さえ言い間違えそうになるほど、ガチガチに緊張していた。
なにせ相手は最高位の貴族。中級貴族程度である彼では顔を見ることさえ、本来ならばないはずの人間だった。これから更に上の王族に謁見すると言うのに情けない話だが、不意打ちではこの反応も仕方がないのかもしれない。
しかし、ザインは気を悪くした様子もなく、
「ふふ、確かにお二人とお会いするのは初めてでしたな。では改めてお初にお目にかかります。ガロンワーズ家の長男。ザイン=ガロンワーズと申します。以後お見知りおきを」
そう礼儀正しく名乗ってから、弟の方を目だけで一瞥する。
今まで沈黙していた弟は、少しだけ苦笑のようなモノを零して一歩前に出た。
「……ガロンワーズ家の次男。シャールズ=ガロンワーズです」
そして初めて声を発した。ロックとエドワードは少し面を喰らいながらも、「こちらこそお見知りおきを」とロックが代表して返した。
対し、シャールは軽く会釈するだけで無言だったが、ザインの方は少年達の様子にふっと親愛の笑みを見せつつ、ガハルドへと視線を戻す。
「ところでエイシス騎士団長殿」
ザインはガハルドに尋ねる。
「この廊下を通られると言うことはこれから陛下にご拝謁を?」
「ええ、その通りです。ザイン殿」
ガハルドがそう答えると、ザインは心底残念そうな表情を浮かべた。
「やはりそうでしたか。折角親睦を深める機会かと思ったのですが、残念です」
と言って、ザインはアリシアに目をやる。そのどこか熱い眼差しにアリシアは、表面上は笑顔のまま、しかし内心では頬を引きつらせた。
そんな少女の様子に気付いたかは分からないが、ザインは深々と溜息をつき、
「さて。ここで皆さまを引き止めて陛下をお待たせしては申し訳ない。今回は縁がなかったということですね」
言って、ザインは廊下の壁際に寄り、ガハルド達に道を譲った。
ほぼ会話らしきものをしなかったシャールも兄に従い、壁際に寄る。
「それでは皆さま。次の機会にまたお会いできることを楽しみにしております」
ザインは恭しくそう告げると、弟を連れてその場を後にした。
ガハルド達はしばし彼らの後ろ姿を見送っていた。
そして豆粒のように小さくなるのを見届けると、
「……まったく。最悪の気分だわ」
アリシアが渋面を浮かべて、ポツリと愚痴を零した。
「これからルカに会うのを楽しみにしてたのに、あいつに会うなんて台無しだわ」
明らかに嫌悪感を抱いた台詞に、エドワードが眉根を寄せる。
「おいエイシス。無愛想な弟の方はともかく、兄貴の方は結構まともな人間だったじゃねえか。なんでお前そんなに嫌ってんだよ?」
と、率直に尋ねた。
するとアリシアはますます不機嫌な顔になった。が、何も答えようとはしない。
「……エイシス? どうかしたのか?」
と、今度はロックが訝しげな様子で尋ねる。一方、サーシャは事情を知っているのか、同情するような苦笑いを浮かべていた。
すると、エドワードとロックの問いに答えたのはガハルドだった。
「まあ、それはだな」そう切り出して苦笑を見せる。
「我がエイシス家はガロンワーズ家から――もっと正確に言えば、現当主であるザイン殿ご本人から縁談を持ちかけられているのだ」
「「え、縁談!?」」
少年達は目を丸くした。
「そそそ、それはエ、エイシス――ア、アリシアさんとザ、ザイン殿がですか!?」
と、珍しく狼狽して言葉をどもらせるロック。いかに老成した少年であっても、想いを寄せる少女に縁談話などあれば動揺もする。
しかし、アリシア自身はそんな少年の心情など気付きもしない。
「一年ぐらい前からね。一応うちも侯爵家だしね。まったく。しつこいのよ、あいつは。父さんには断ってもらっているのに今でも持ちかけてくるのよ」
そう言って、心底うんざりした様子で肩を落とすだけだった。
「今時政略結婚なんてくだらない風習だわ。サリア王妃さまだって市井の出だし、これからの時代は貴族であっても恋愛は自由でいいのよ」
と、最高位に次ぐ爵位を持つ侯爵令嬢は語る。かなり真剣にこの縁談を悩んだガハルドとしては、自由奔放すぎる愛娘の思考に溜息をつくばかりだった。
「そ、そうか。もう断っている縁談なのか」
一方、ロックは密かにホッと胸を撫で下ろす。
エドワードは流石にロックの心情に気付いたか、「はは、良かったじゃねえか」と小さな声で告げて、バンバンと友人の背中を叩いていた。
にわかに騒がしくなる渡り廊下。
が、いつもまでもこの場で立ち話している暇などない。
「それはともかくだ」
ガハルドは少年少女達を一瞥し、
「これ以上、陛下をお待たせする訳にはいかん。少し急ぐぞ」
そう言って、不機嫌になってしまった娘と、その友人達を促すのであった。
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