第179話 復讐の鬼③
「……どうやら始まったようだな」
そこは校舎近くの倉庫の中。
門の影に隠れて、グラウンドの様子を窺っていたロックがそう呟く。
「やはりエイシスの推測通り、決闘をすることになったな」
ロックは倉庫の中に進み、そこにいるアリシアに話しかけた。
アリシアはこくんと頷き、
「ええ。あの派手好きで傲慢な男よ。負けっぱなしで気が済む訳がない。皆の前でサーシャを叩きのめそうと考えるに決まっているわ」
そこで小さく溜息をつき、
「けど、まさか《女神の誓約》まで持ち出すとは思わなかったけど」
「それは仕方がないさ。エイシス君」
と、アリシアの近くに立つ男性騎士が告げる。
「仮にも騎士を目指した者が、ああも《誓約》を軽んじるとは誰も思わないさ」
実に嘆かわしい、と男性騎士は嘆息した。
が、すぐに面持ちを改め、
「ともあれ、我々も急いで準備をしよう」
と、この場にいる後輩達に告げる。
今この場には男性騎士を除くと、アリシア、ロック、エドワードの三人を筆頭に、十名の騎士候補生達がいた。今回の作戦決行に名乗り出た十名だ。
なお彼の相方である女性騎士は、異常事態に備えて講堂にて待機している。
「しかしまあ、まだこんな物があったんだな……」
と、少し感慨深げに男性騎士が呟いた。
彼の視線の先には、鎧機兵の模擬戦で使用される多種多様の道具の山があった。
そしてその中でも彼が注目するのは――。
「手押しの移動式砲台か」
大きな車輪が付いた黒い砲身。鎧機兵がなかった時代からある代物だ。
現代でも需要はあるのだが、最近では鎧機兵が直接持ったり、四肢そのものを砲身にしたりする技術が確立され始めたため、若干廃れつつある兵器だった。
「はい。こいつをジラールに向けてぶっ放します」
と、物騒なことを宣うアリシア。
それから、わずかばかり苦笑を浮かべて。
「まあ、いつもなら鎧機兵で移動させるんですけど、ジラールに気付かれてはまずいですし、今回は人力で手押しになりますけどね」
「けッ。だからこそのこの人数じゃねえか。あの野郎にひと泡吹かせるためなら、こんなの労力でもねえよ」
と、意気込むのはエドワードだ。
彼はすでに砲身に触れていて、いつでも出られる体勢だった。
他の生徒達も半数が砲身に触れている。半分は手押し要員。半分は警戒要員だ。
「……よし」
この一団を率いる男性騎士は首肯した。
そして、改めて後輩達に告げる。
「では行くぞ。作戦開始だ」
◆
――ドゴンッッ!
強烈な鋼の拳が大地を穿つ。が、サーシャの駆る《ホルン》は大きく跳び退いて危機を回避していた。ジラールは忌々しげに舌打ちする。
『相変わらず逃げ足は速いな』
ガゴン、と拳を引き抜き、《四腕餓者》は《ホルン》を睨みつけた。
それに対し、《ホルン》は間合いを取りつつ、余裕の声で返す。
『あなたは相変わらず反応が鈍いのね』
『……本当にへらず口の多い女だな』
そうして二機は円を描くように動いて、互いを警戒した。
現時点で勝負は……《ホルン》がかなり押されていた。
理由としては、やはりリアナの存在だ。彼女が今も人質に取られているため、サーシャは《四腕餓者》の左側に攻撃が出来ないのだ。
迂闊に攻撃すればリアナは傷つけてしまう。
最悪の場合、彼女が盾代わりにされることも考えられる。
(……リアナ……)
ギリと歯を軋ませてサーシャは、ジラールの機体を凝視した。
この機体で『怖い』のは、あの四本腕だ。
眼前の鎧機兵は、アッシュの《朱天》と同じ闘士型のようで武器は持っていない。
これまでの攻撃は、すべて拳によるモノだった。
四本腕――リアナがいるため、実際は三本腕だが――のいずれかが、轟音を立てて襲い来る姿は本当に恐ろしい。威力もまた砲撃のようである。
だが、『怖い』からこそ、サーシャはあの腕を特に観察していた。
『行くぞ! サーシャ!』
ジラールが吠える。
同時に《四腕餓者》が地を蹴り、右上側の拳を繰り出した。剣の間合いに匹敵するリーチを持つ剛腕が風を切って《ホルン》に襲い掛かる!
『――ふっ!』
サーシャは鋭く呼気を吐く。
そして砲弾のような拳をかい潜り、《ホルン》を前進させた。
ジラールは『チッ』と舌打ちし、今度は左下側の腕で前方を薙ぎ払った。その瞬間、右上側の腕は伸ばした状態で停止した。
サーシャは《ホルン》に急ブレーキをかけさせ、後方へと退避した。
剛腕が虚しく空を切る。
『チイィ! どこまで逃げる気だ!』
一向に当たらない攻撃に苛立つジラール。
それに対し、サーシャはとても冷静だった。
(やっぱりこの機体って……)
すうっと目を細めて、サーシャは情報を整理する。
眼前の機体の最大の特徴である前腕部が異様に長い四本腕。思わず気圧されるような異形ではあるが、奇妙な動きがある。
あの腕は一本が動いている間、何故か残りの腕が停止するのだ。
四本腕の構造でこんな欠陥があるとは考えにくい。
(多分、ジラールはこの機体に慣れていないんだ)
サーシャはそう推測した。
『うおおおおお――ッ!』
その時、ジラールが雄たけびを上げた。
四本腕の鎧機兵が大きく跳躍し、攻撃を繰り出す。
まずは右の拳の二連撃。《ホルン》は横に跳んで回避する。二つの拳がワンテンポ遅れて地面に穴を開けた。続けて、左の手刀を繰り出すが、それも空を切った。
《ホルン》は後方に間合いを取り直すと、すぐさま加速。《四腕餓者》の右腕を狙って上段斬りを放つが、それは手甲で受け止められた。
鍔迫り合いに入る二機。と、その直後、《四腕餓者》の左拳が《ホルン》の脇腹を狙って繰り出された。
(――クウッ!)
咄嗟にサーシャは鍔迫り合いを放棄し、右腕でガードする。
ガゴンッと轟音を立て、《ホルン》の右腕が軋む。サーシャは衝撃の向きに合わせて《ホルン》を跳躍させた。そして、ズザザッと地面を削って体勢を整え直す。
どうにか危機を凌ぎ、サーシャは大きく息を吐いた。
『はははッ! どうしたサーシャ! 息切れか!』
防御こそされたが、ようやく攻撃が当たったジラールはご機嫌だった。
愛機である《四腕餓者》が悠然をした様子で、ゆっくりと近付いてくる。
一方、サーシャは、今の攻防で確信していた。
(やっぱりあの腕、同時に動かせるのは最大でも二本までなんだ。残った二本は死に腕になる。これは作戦にとって都合がいいかも)
戦い始めて、そろそろ十分。
アリシア達の準備もすでに完了し、サーシャの合図を待っているはずだ。
(……よし!)
サーシャは作戦決行の覚悟を決めた。
グッと《ホルン》の操縦棍を握りしめる。と、愛機は主人の意志に応えた。
純白の鎧機兵は大きく剣を振りかぶると、渾身の力で投げつけたのだ。
風を切る長剣は《四腕餓者》の右肩に向かって襲い掛かる!
『う、うおッ!?』
予想外の奇襲にジラールは動揺したが、対応自体は早かった。
すぐさま右腕で長剣を弾き飛ばす――が、
――ズガンッッ!
その時、いきなり雷音が轟いた。
続けて大きく揺さぶられる《四腕餓者》。ジラールは唖然として目を剥いた。
雷音の直後、《ホルン》は凄まじい速さで跳躍し、愛機の左腕に取りついたのだ。
足を《四腕餓者》の肩と左腕に乗せ、前腕部にしがみつく白い機体。
一万六千ジンの恒力を誇る機体は、鎧機兵がしがみついても倒れることはない。
しかし、掴まれた左腕は、ギシギシと軋みを上げていた。
『――く、くそッ!』
ジラールは瞬時に察した。
サーシャの狙いはリアナだ。まずは人質を取り戻す算段なのだろう。
『やらせると思うのか!』
ジラールは愛機の二本の右腕を使って《ホルン》を引きはがそうとするが、
「ジラァ――――ルッ!!」
不意に轟く怒号。いきなり名を呼ばれたジラールは、ギョッとした。
反射的に、声がした方向に視線を向け、さらに驚愕する。
少し離れた場所。そこに、いつの間にか砲台が設置されていたからだ。
周囲には十名ほどの生徒達の姿もある。
「出所祝いだ! 受け取りな――ッ!!」
そう叫ぶのはエドワードだ。
そして宣言直後、彼は導火線に火を着け、砲弾を発射した。
轟音を上げて空気を裂く丸い砲弾――。
ジラールは青ざめ、反射的に《四腕餓者》の右手の一つを弾道上にかざした。
――ガゴンッッ!
砲弾は見事に着弾。続けて一気に吹き荒れる白い煙幕。
『え、煙幕だと!?』
いきなり視界がゼロになり、ジラールは動揺する。
そして、その直後のことだった。
ジラールのすぐ傍で雷音が轟いたのは。
しかも同時に凄まじい衝撃が機体を揺らす。ジラールは堪らず愛機を離脱させた。
とりあえず視界を覆う白煙を抜け、《四腕餓者》は体勢を整え直す。
それから、ジラールは衝撃を受けた部位を確認して――。
『な、なん、だと……』
思わず愕然とした。
愛機の四本腕。その内の左上側の腕が、肘辺りから引き千切られていたのだ。
これが誰の仕業なのかは考えるまでもない。
サーシャの《ホルン》によって、人質ごと奪われたのである。
『よ、よくも……』
ジラールは自分から十セージルほど離れた先を睨みつける。
そこには巨大な腕と少女を抱きかかえ、背を向ける白い機体がいた。
『よくもッ! よくもやってくれたなあああッ! サーシャアアアッ!!』
そして愛機を突進させる――が、
『おっと、待ちなクズ野郎』
『……ここからは我々が相手をしてやろう』
遠くで隙を窺っていた騎士達の鎧機兵が《四腕餓者》の前に立ち塞がった。
人質を取り戻した以上、彼らに静観する理由は無くなったからだ。
二人とも臨戦状態だ。それに加え、校舎に待機していた騎士や教官。さらにはエドワードやアリシアを筆頭に幾人かの生徒達も鎧機兵を召喚しようとしていた。
『この雑魚どもが! うっとしいんだよ!』
ジラールは苛立ちを吐き捨てる。
このままではまずい。赤毛の少年は心中で焦りを抱いた。
と、その時。
『――待って下さい』
凛とした少女の声が、グラウンドに響いた。
その声は校舎にまで届き、鎧機兵を召喚しようとしていた者達の手が止まる。
シン、とするグラウンド。
声の主――サーシャは言葉を続けた。
『お願いします。どうか手は出さないで下さい。これは私とジラールとの決闘。それも《女神の誓約》を用いた決闘なんです』
『……いや、お嬢ちゃんよ』
若い騎士が眉をしかめて告げる。
『気持ちは分かるが、こいつは騎士じゃねえ。ただの犯罪者だ』
『その通りだ、フラム君。《女神の誓約》のことならば気に病む必要はない。後は我々に任しておくんだ』
と、年配の騎士も優しい声で告げた。
しかし、サーシャは――《ホルン》は首を横に振った。
『確かにその男は犯罪者です。けど、私は騎士なんです。もしここで決闘を投げ出したりしたら、私まで《女神の誓約》を軽んじたことになります』
その台詞には、騎士達も言葉がなかった。
確かにそう言う見方もある。相手が犯罪者ならば、自分もルールを無視してもいいという話にはならない。それでは犯罪者と同じだ。
『お願いです。私は騎士であり続けたい。だから決闘を続けさせて下さい』
サーシャの真摯な願いに、騎士達は互いの顔を見合わせた。
その間、ジラールは沈黙している。
赤毛の少年は、静かに状況を窺っていた。
まさか、ここにきて誇りなどと言い出すとは……。
(ふん。相変わらず古臭い女だ)
と、《四腕餓者》の中でほくそ笑む。
馬鹿馬鹿しい腐敗したような思想だが、今は好都合だ。
このままいけば、ジラールにとって有利な状況になりそうだった。
そして、ほんの数瞬だけ沈黙が続いて――。
『……いいだろう』
『せ、先輩!? 本気っすか!?』
年配の騎士の決断に、若い騎士は驚愕の声を上げた。
『この子は若くして騎士の誇りの重さを知っているんだ』
年配の騎士は《ホルン》を一瞥して語る。
『先達者である俺達が踏みにじる訳にはいかんだろう。だがなフラム君』
そこで一拍置いて、年配の騎士は告げる。
『我々の任務は君の護衛だ。君が危ないと思ったら即座に助けに入る。たとえ君に恨まれてもな。それが条件だ。いいね?』
『はい。ご配慮ありがとうございます』
と、感謝するサーシャに、年配の騎士は愛機の中で苦笑を浮かべる。
『気にする必要はない。それと「これ」を使いたまえ』
そう言って、彼は愛機を動かした。
騎士の鎧機兵が、巨大な剣をズンと地面に突き立てる。
『流石に無手ではきついだろう。先輩からの餞別だ』
『助かります。本当にありがとうございます』
サーシャは再び感謝を述べるとリアナをその場に残して《ホルン》を前進させた。
ズシンズシン、と力強い足音が響く。
そして《ホルン》は二機の鎧機兵と入れ替わるように《四腕餓者》の前に立った。
その右手には、ガコンッと引き抜いた大剣が握られている。
『待たせたわね。ジラール』
『……ふん。随分と下らない茶番だったな』
ジラールは、サーシャの決断を鼻で笑う。
『あんな卑怯な不意打ちをしておいて、騎士の誇りとはよく言えたものだ』
『そうね。けど、あなたもリアナを利用したわ。だから、これでようやく一対一よ。本当の決闘になったわ』
『……ふん。またへらず口か。まぁいい。お前の騎士ごっこに付き合ってやるよ』
ジラールはニタリと笑って、愛機を身構えさせた。
騎士の誇りか何かは知らないが、この状況は実に都合がいい。
あのまま騎士達と戦闘すれば、校舎から援軍がなだれ込んでくるのは明白だった。
そうなれば多勢に無勢。流石に敗北は免れない。
先程までの彼は、この上ない窮地に立っていたのである。
(けど、結果はどうだ)
ジラールは目を細めて、卑しい笑みを深めた。
意図せずに再開された決闘。この戦いに勝利し、今度はサーシャを人質にすれば、彼はこの場から逃れることが出来る。
まるで運命が自分を危機から救おうとしているようだった。
やはり自分は女神に愛されているのだと、ジラールは確信する。
(さあ! サーシャ! 共に新天地に行こうか!)
自分の勝利を疑わず、ジラールはますます笑みを深める。
と、その時、サーシャの《ホルン》が身構えた。
大剣を両手で持ち、水平に構えたのだ。
『ふん。僕の《四腕餓者》に勝てると本気で思っているのか? 腕は一つ失ったが、恒力値の差は四倍以上だぞ。お前の骨董品とは馬力が違うんだ』
『……恒力値だけで勝敗が決まる訳じゃない。それよりもジラール。あなた――』
そこでサーシャは《ホルン》の中で、ふっと笑った。
『本当に私に勝てると思っているの?』
『……なんだと?』
と、ジラールが訝しげに眉根を寄せた瞬間だった。
いきなり雷音が轟き、《ホルン》は凄まじい加速をしたのだ。
突然のことにジラールは身動きできない。
そして機体に衝撃と火花が走る。ジラールは目を瞠った。
『ば、馬鹿なッ!?』
――ズズン、と。
《ホルン》の刺突によって《四腕餓者》の右腕の一本が斬り飛ばされる。
『これで残る腕は二本。普通の機体になったわね』
『き、貴様ッ!』
ジラールは激昂し、愛機を動かす。
《四腕餓者》が左拳を握りしめ、《ホルン》を殴りつけようとするが、
『――遅いわよ』
それよりもサーシャの方が早かった。《四腕餓者》の拳が動き出す前に反転。勢いを乗せて《ホルン》の尾を叩きつけた。
左側面を殴打され、《四腕餓者》は大きくよろめいた。
ジラールは愕然としながらも舌打ちする。
『く、くそッ!』
そしてたたらを踏みつつも、体勢を整え直そうとする《四腕餓者》。
しかし、サーシャはその隙を見逃さない。
――ゴウッッ!
大剣が轟音を立てて、大気を切り裂く!
正面から振り下ろされた刃は《四腕餓者》の左腕。そして左足を見事に両断した。
『…………えっ?』
大きく傾く《四腕餓者》。
瞬く間に四肢の大半を失い、ジラールは呆然としていた。
と、その時、ガシンと傾く機体を掴まれた。
言うまでもなく《ホルン》の両手によってだ。
純白の鎧機兵は両腕に力を込め、《四腕餓者》を頭上に持ち上げた。
ジラールは青ざめる。この体勢はかつての――。
『あなたが監獄にいる間、私は日々訓練を重ねてきたのよ。負ける訳ないでしょう』
と、サーシャが語る。
ジラールはますます青ざめた。
『ま、待て! 待ってくれサーシャ!』
『もうあなたと話すことはないわ。私の悪夢はこれでおしまい』
サーシャは頭上の《四腕餓者》を一瞥して告げる。
『あなたはこれからも自分にとって都合のいい妄想(ゆめ)の中で生きていなさい』
そして、《ホルン》は《四腕餓者》を頭部から地面に叩きつけた。
――ズズンッ、と。
地面が少し揺れた。同時にぐしゃりと大破して白煙を上げる《四腕餓者》。
グラウンドにしばしの間、静寂が訪れる。
そして――。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」」」
校舎から湧きあがる大歓声。
三度に渡るサーシャとジラールの因縁の対決。
その最後の一戦も、サーシャの勝利で終わった瞬間だった――。
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