第三章 それぞれの日々
第167話 それぞれの日々①
ザザ、ザザザ……。
心地良いさざ波の音が響く中、第三騎士団団長ガハルド=エイシスは、二人の部下と共に港湾区にて訪れていた。
周囲には荷を運ぶ商人の姿が見える。
建国祭が迫っているため、普段以上に忙しそうな景観だ。
「エイシス団長。こちらです」
「……うむ」
ガハルドはちらりと周囲を一瞥しつつ、部下の声に応える。
三人は煉瓦造りの倉庫の角を曲がり、奥へと進む。
数人の商人や船員とすれ違いながら建ち並ぶ倉庫の間を通り、ガハルド達は目的地である建造物の前に辿り着いた。大きな鉄扉を持つ一際大きな倉庫である。
そこには二名の騎士が警備しており、ガハルドの姿を見るなり敬礼した。
「異常はないか?」
と、尋ねるガハルドに、騎士の一人が答える。
「はっ! 異常ありません!」
「そうか。任務御苦労。少し中に入るぞ」
「はっ! どうぞ!」
言って、見張りの騎士は、スライド式の鉄扉をゆっくりと開いた。
ガハルドは軽く礼を述べ、同伴の騎士達と一緒に内部に入る。
「……ほう」
ガハルドはぼそりと呟く。
そこは相当広い空間だった。
目の前には巨大な木箱がいくつも並び、黄色い制服を着た騎士達が十数人、帳簿を片手に荷を整理する作業員達に指示を出している。
これらの木箱は、すべて今回の建国祭用の展示品だ。
「あっ、これはエイシス団長!」
その時、ガハルドに気付いた騎士の一人が敬礼をした。
彼を皮切りに他の騎士達も気付き、一斉に敬礼する。
「ああ、私のことは気にせず作業を続けてくれ」
と、ガハルドは彼らを右手で制止して応えた。
それから一番近くの騎士の元に向かい、
「すまないが、『例の品』はどこにある?」
「あ、はい!」
と、問われた騎士は応え、手に持つ帳簿に目をやった。
「『例の品』は……現在、この倉庫の一番奥にある小部屋にて管理されています」
「……そうか。助かる」
ガハルドはその騎士に感謝を述べてから、同伴の騎士達と奥へと向かった。
積み重なった木箱で視界を遮られ、若干進みにくかったが、五分後には、ガハルド達は目的の部屋に辿り着いた。
その部屋のドアは開かれており、中には二名の騎士が見張りをしている。
ガハルドは部屋の中の騎士達に「入るぞ」と声をかけた。
「ッ! お疲れ様です。エイシス団長」
「お疲れ様です!」
警備の騎士達は揃って敬礼をする。
「ああ、お前たちこそ任務御苦労。しかし……」
ガハルドは騎士達の後ろに置かれた長方形の木箱に目をやった。
縦は一セージルほど。横は四セージルもある巨大な木箱だ。
「この中に例の物が……?」
「はい。ご覧になられますか?」
「ああ、頼む」
ガハルドにそう命じられ、騎士達は木箱の開封に取りかかった。
バールを使い、ガコンと上蓋を外した。
さらに騎士達は木箱の中の緩衝材の一部を外に取り出した。
「……どれ」
ガハルドはおもむろに木箱に近付き、中を覗き込んだ。
「……これが《悪竜の牙》、なのか」
目をすうっと細める。
そこにあったのは、白磁のような巨大な物体だった。
一見だけでは『牙』には見えない。
「……本物、なのか?」
思わず眉根を寄せるガハルド。
すると、同伴の騎士達も『牙』を覗き込んで呟く。
「伝承では、かの煉獄の魔獣は山よりも巨大だったとか。もしこの『牙』が本物ならば、これでもごく一部の欠片といった所ですか」
「……この大きさで欠片とは。固有種さえも真っ青のサイズですね」
と、もう一人の騎士も呻くように呟いた。
「ああ、確かにな」
そう言って、ガハルドは『牙』にそっと触れてみた。
伝承にある《夜の女神》の神敵。
たった一頭で世界を滅ぼそうとした、三つ首の魔竜の『牙』。
これが本当に本物なのかは、ガハルドにも分からない。
しかし、ただ異様な気配だけは、手の平を通じて伝わってきた。
まるで霊気のような、おぞましさが感じ取れる。
「……またとんでもない品が迷い込んだものだ」
ガハルドは手を離し、苦笑をこぼした。
他の騎士達も上司と似たような笑みを浮かべていた。
はっきり言って神話の信憑性は、お伽話と大差ないのが世間の常識だ。
伝説の《悪竜》など、実在したのかも疑わしい存在なのである。
「……お前達は《悪竜》の存在は信じる方か?」
ガハルドは周囲にいる四人の騎士に尋ねた。
「……それは」
四人の騎士達は互いに顔を見合わせて、
「私は信じる方ですね」「自分は少し疑っています」「右に同じく」
今の所、意見は一対二。ガハルド達は最後の一人に注目した。
その騎士は少し困惑したような顔をして答えた。
「私は……信じている方です。少なくとも神話の中で《夜の女神》が解き放ったと言われている星霊は実在していますし」
「……ああ、なるほど。確かにそうかもな」
ガハルドは首肯した。
「星霊がいるのだから《悪竜》が存在してもおかしくはないか」
そう呟き、ガハルドは再び《悪竜の牙》に目を落とした。
「……しかし、《悪竜の牙》か。これは客を呼び込むと思うか?」
その質問には、騎士達も答えられなかった。
無言のまま、困り果てた顔で立ち尽くしている。
この『牙』は言わば呪いの品のようなものだ。言葉にはしないが、恐らく呼び込むのは客ではなく、不運なのではないかと全員が思っていた。
そんな部下達の心情を見抜いたガハルドは、力なく肩を落とした。
確かに希少な品ではあるが、正直、手に余るモノだ。
「……はあ、やれやれだな」
と、思わず溜息まで零れてしまう。
何とも厄介すぎる逸品に、ただ苦笑を浮かべるガハルドだった。
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