第166話 白亜の王城ラスセーヌ③
王城ラスセーヌの二階。大食堂にて。
アッシュとユーリィ。そしてライザーの三人は四角いテーブル席に着いていた。
時刻は二時過ぎ。
昼時からは少し外れているので食事をとる人間は少ないようだが、四角いテーブル席が規則正しく並べられた大食堂には、赤い制服を着た騎士達や、観光客らしき者達の姿があり、所々で談笑が交わされていた。
「ここのコーヒーって結構美味いんですよ」
と、ライザーが言う。
アッシュとユーリィが並び、ライザーが向かい側に座る彼らのテーブル席には今、二杯のコーヒーと一杯の紅茶。それからチョコレートケーキが一つ置かれていた。
コーヒーは、アッシュとライザー。
紅茶とケーキは、ユーリィが注文した品である。
もちろん、すべてライザーの奢りだ。
「ったく。安上がりに済ませやがったな、てめえ」
アッシュはふっと笑い、それからコーヒーを一口含んだ。
「けどまあ、確かに美味いな。今回はこれで勘弁してやるよ」
そう言って、今度は苦笑をこぼした。
ライザーは気まずげに笑い、ユーリィは黙々とケーキを切り取っている。
「ところでライザー」
アッシュはコツンとカップを置き、尋ねる。
「なんで今日は王城にいたんだ? お前の第三騎士団って治安維持が任務なんだろ。いつもなら街の見回りか、市街区にある詰め所にいるだろ?」
ざっと周囲を見渡しても、いるのは赤い騎士服の人間ばかり。
黄色い騎士服の人間はいない。王城の警護はライザーの担当任務ではないのだ。
「ええ、それなんですが」
ライザーはコーヒーを手にとって答える。
「実は少しめんどくさい……もとい、重要な任務がありまして」
「へえ~。あっ、もしかして聞いちゃまずいか?」
アッシュがそう尋ねる。ユーリィもケーキを切る手を止めてライザーに注目した。
するとライザーは一口コーヒーを飲んだ後、苦笑いして。
「いえいえ、守秘レベルじゃないですよ。まあ、簡単に言えば、建国祭に向けての警護の打ち合わせって所ですかね」
そう告げられ、アッシュとユーリィは何となく納得した。
どうやら建国祭に向けて騎士団も多忙らしい。
「師匠は建国祭の時に、この城で宝物の展示会を行うことは知っていますか?」
「ん? ああ、聞いたよ。毎年恒例らしいな」
ライザーの質問に、アッシュは記憶を探りながらそう返した。
先日、近所の老夫婦が教えてくれた話だ。
ライザーはこくんと頷き、
「知っているのなら話は早いですね。実は本来なら建国祭の時も王城の警護は第一騎士団だけでするんですよ。俺達は俺達で街中がごった煮になって大変ですからね」
「ああ、確かに警戒範囲を考えると大変だろうな」
と、アッシュが納得し、隣に座るユーリィも頷いた。
「……その日は騒動率が跳ね上がりそう」
「ははっ、実際、跳ね上がりますよ」
ライザーは苦笑した。
毎年建国祭の時は、国中の街や村、外国からは観光客も集まり、その人口は二倍以上に膨れ上がる。三騎士団にとっては年で一番忙しい期間だ。
去年のライザーも迷子の相手から喧嘩の仲裁まで、てんやわんやの日々だった。
「毎年賑やかなんですが、今年は特に陛下が意欲的でして。ちょっと豪勢な展示会を開くことになったそうです」
「へえ。あっ、なるほど。普段より豪華な宝物を展示するから、第一騎士団以外にも応援のお呼びがかかったってことか?」
と、アッシュがライザーの事情を先読みして尋ねる。
ライザーは再び苦笑を浮かべた。
「まあ、大体その通りです。ただ、警護を強化しているのは、ある特別な逸品を展示するためなんですが」
「……特別な逸品?」
ケーキを口に運んでユーリィが小首を傾げた。
ライザーは「ええ」と答える。
「かなりの訳ありな一品なんですよ。もうじき大々的に宣伝されるんですが、先に知りたいですか?」
ライザーはアッシュとユーリィに視線を向けて尋ねる。
アッシュとユーリィは互いの顔を見合わせ、
「そうだな。教えてくれんなら知っときてえな」
「うん。面白そう」
と、答える。ライザーは「分かりました」と言って、ふふっと笑った。
「かつて世界を焼き尽くそうとした三つ首の魔竜。《夜の女神》と七人の聖者によって討ち倒された煉獄の王――《悪竜》ディノ=バロウス」
「……はあ?」「……えっ?」
いきなり神話を口にする青年騎士に、アッシュとユーリィは眉根を寄せた。
一体何の話をするつもりなのだろうか。
「おいおい、何の話だよライザー?」
と、アッシュが率直に尋ねると、ライザーは「いやあ」と頭をかき、
「まあ、ちょっとした雰囲気作りですよ。実はですね」
そう前置きをして、青年騎士は苦笑いを浮かべながら告げた。
「凄く胡散臭い話なんですが、今度の建国祭。その《悪竜の牙》がこの王城で展示されるそうなんですよ」
◆
アティス王国・市街区の南西部。
時刻は深夜。人気のないやけに寂れた界隈にて。
足音を完全に殺し、一人の男がその場所を歩いていた。
年の頃は三十代。ごく一般的な服装のこれといった特徴のない男だ。
男は幾つかの角を曲がり、廃墟のような屋敷の中に入った。
室内には照明もなく、外見同様にボロボロだ。
男は無人の廊下をコツコツと歩く。
そうしてしばらく進むと、広いキッチンに出た。その部屋の中心の床には、鉄製の門が設置されている。貯蔵庫も兼ねる地下室の入り口だ。
男は専用の鍵を使い解錠すると、両手で地下室の扉を開いた。
続けて石造りの階段を降り、地下室の中へと入る。
そこは縦に横にと、かなり広い空間だった。
荷物がほとんどないのと、天井にランプが数個しかなく全体的に薄暗いことが、空間を広く見せているのかもしれない。
現在、そこには降りて来た男自身を含め、九人の男がいた。
壁に寄りかかって瞑目する者や、手持ち無沙汰の様子で椅子に座る者と様々だが、全員が一般人か観光客を思わせる恰好をした男達だ。
その中にはハン=ギシンの姿もあった。
「戻ってきたか」
この一団の首領であるハンが、降りて来た男に尋ねる。
「報告せよ。状況はどうだった?」
「――はっ!」
降りて来た男が答える。
「この国に我らの秘宝があるのは間違いありません。しかし、やはり隙がなく正面からの奪取は難しいかと思われます」
「……そうか」
ハンは眉根を寄せて嘆息した。
「ならば、やはり姫さまが仰られた男を利用するのがよさそうだな」
ハンはその場にいる別の男に目をやった。
「それも調べてあるな。件の男は今どこにいる?」
そう問われ、壁際に立っていた男は前に進み出た。
それからハンと、他の仲間達を順に一瞥し、
「――『ラフィルの森』の奥地」
ぼそりと呟く。
そして一拍置き、その男は皆に報告した。
「バルゴアス監獄に、件の男はいます」
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