第157話 火のカーニバル④
(……と、意気込んだのはいいが、どうしたものか)
アッシュは内心で嘆息する。
正直、少々勘が鈍っていたのかもしれない。
あの《火妖星》相手に、片腕を失うのはあまりにも痛い戦力低下だ。
(確かに、片腕での戦術もあることにはあるが……)
しかし、どうしても両腕に比べれば、戦術の幅がかなり狭まる。
果たして、そんなものがあの怪物相手に通じるのか……。
(いや、やる前から尻込みなんぞすりゃあ、勝てるものも勝てねえか)
アッシュは表情を改めて《火妖星》を睨みつけた。
この戦いにはユーリィの命もかかっている。絶対に負ける訳にはいかない。
たとえ腕をもがれようが、最後には勝利を掴む。
それこそが《双金葬守》。
アッシュ=クラインの戦いだ。
(さて。まずはあの野郎からも腕を貰うとすっか)
そんなことを考えつつ、アッシュは《朱天》を前進させようとした――その時、
「……アッシュ」
不意に後方から声をかけられた。
言うまでもなく、後ろにいるユーリィの声だ。
「……どうした、ユーリィ?」
そう尋ねるアッシュの声は鋭い。
もしかして戦闘で怯えているのかもしれない。
普段のアッシュならそう気遣うだろう。
しかし、アッシュはユーリィの性格を知っていた。
ユーリィは戦場において『怯え』を決して表に出さない賢い娘だ。
それどころか、悲鳴さえ堪えるので、アッシュとしては複雑な思いなのだが、とにかく彼女が戦場でアッシュの邪魔をすることは絶対にない。
そんなユーリィが今、何を言おうとしている。
「……何か策があるのか?」
アッシュは内容を察して質問を変えた。
すると、ユーリィは彼の背中を掴んだまま、こくんと頷いた。
「一つ思いついた。聞いて欲しい」
「ああ、分かった。言ってみてくれ」
アッシュはそう答える。
ユーリィは再びこくんと頷き、
「うん。あのね――……」
そう切り出して、ユーリィは自分の考えを語り出した。
アッシュは油断なく《火妖星》を見据えたまま、耳を傾ける。
そして――数十秒後。
「……なるほど。そいつは面白れえな」
アッシュは感嘆の声を漏らした。
愛娘の考えに舌を巻く。
戦場でなければ「流石はうちの子」と抱きしめたいほどだ。
「……おし」
そしてアッシュは不敵に笑いつつ――。
「ユーリィ。そのアイディア、採用だ」
と、嬉しそうにユーリィに告げるのだった。
◆
「……さて。どう出るよ。アッシュ=クライン」
愛機の操縦席の中で、ガレック=オージスはぼそりと呟いた。
ほとんど期待もしていなかった小細工で片腕を奪えたのは僥倖ではあるが、だからといって油断していい相手ではない。
「アッシュ=クラインの瀬戸際の勝負強さは《七星》の中でも有名だかんな。まだまだ諦めてねえはず――って、お? おおおっ!? いきなりそれが来るのか!」
ガレックは驚愕と歓喜の混ざり合ったような表情を浮かべた。
思わず《火妖星》の操縦棍を握る手にも力が籠もる。
眼前の敵機――《朱天》の四本角の内、後ろ二本に鬼火が灯ったのだ。
その直後、《朱天》の機体がわずかに震えた。
そして漆黒の機体の至る場所から、わずかに発光する真紅の色が滲み出てくる。真紅の発光は瞬く間に《朱天》の全身を紅く染め上げた。
グウオオオオオオオオオオッ――!!
全恒力の開放に《朱天》の咆哮を上げ、両拳を胸元で合わせるように叩きつけた。
恒力値・七万四千ジン。
真紅の鬼とも呼ばれる《朱天》の最強の姿だ。
ガレックは興奮に満ちた表情を浮かべる。
『かかかっ! 短期決戦を選んだか! 随分と思い切ったじゃねえか、アッシュ=クラインよ! だがよ、そう簡単に俺の首は獲らせねえぞ!』
真紅の鬼は最強の機体だが、その莫大な恒力値ゆえに精々三分程しか持続しない。
その後は一気に恒力値は激減し、最悪、戦闘不能にまで陥るのだ。
当然、製作者たるアッシュも熟知している欠陥だ。
アッシュは片腕のハンデを、圧倒的なパワーで押し切るつもりなのだろう。
『そんじゃあ、戦闘再開と行こうか!』
ガレックはそう叫び、《飛刃》を放とうと愛機に右手を振りかぶらせたが、
『お、おうッ!?』
思わずその姿勢で目を瞠る。
一瞬で眼下にいた敵機の姿が消えたのだ。
そして、その代わりのように横の岩壁辺りから聞こえてくる衝撃音。
慌ててガレックは《火妖星》を振り向かせるが、そこにも《朱天》はいない。
『お、おい、どんな速度で――』
と、唖然とした声を上げる間もなく、今度は後方から聞こえる衝撃音。
これには《火妖星》は振り向くことさえ出来なかった。
何故なら、その直後に背後から強烈な衝撃を受けたからだ。
『ぐ、ぐおおおおッ!?』
ガレックは驚愕の声を上げ、《火妖星》はそのまま地面に押しつけられ、まるで巨人の手で擦りつけられるように地盤を削った。
揺れる操縦席の中でガレックは舌打ちする。
今、《火妖星》の背の上には《朱天》が乗っているはずだ。
(――あの野郎! 鎧機兵で三角跳びなんぞしやがったのか!?)
戦闘再開早々に姿を消した《朱天》。
あの真紅の鬼は大空洞の岩壁を足場に見立てて次々と蹴りつけ、瞬時に《火妖星》の背後へと回り、奇襲を仕掛けたのだ。
身体能力の高い獣人族ならば、そういった攻撃方法もあると聞くが、超重量の鎧機兵で同じことをやる馬鹿は、ガレックも初めてお目にかかる。
(とにかくこの体勢はヤベえ! 追撃が来る! すぐに離脱しねえと……)
徐々に地を削る速度が落ちてくる《火妖星》。
ここは隙を窺い、蛇体で《朱天》をはね飛ばすしかない。
しかし、その行動はアッシュに完全に読まれていたのだろう。
ほぼ動きが止まった瞬間、《朱天》が《火妖星》の背から地面へと降り立った。
そして左手で《火妖星》の片腕を掴むと、力任せに半人半蛇の鎧機兵を岩壁にまで投げつけたのだ。
『う、うおッ!?』
大空洞の中層辺りの壁に仰向け状態で叩きつけられ、ガレックは呻いた。
――まさか、腕力だけで《火妖星》の巨体を放り投げるとは……。
しかし、そう考えている内にも、背後から強烈な衝撃波が追い打ちされた。
ビシビシビシッ――
と、岩壁に亀裂を走らせ、《火妖星》が、さらに深く押し込まれる。
この威力からすると《穿風》の極大版――《大穿風》の一撃か。
今のダメージで愛機の右肘が火花を上げ、おかしな方向へと曲がった。
「……ぐうゥ、おいおい、マジで容赦ねえな、あの小僧」
真紅の鬼の相も変わらない戦闘力に、ガレックは思わず舌を巻く。
あの状態の《朱天》は本当に化け物だ。
しかし、このまま一方的にやられては《九妖星》の名折れである。
ガレックは呼気を吐き、眼光を鋭くする。
続けて《火妖星》を岩壁から力尽くで離脱させると、大空洞の中心へと地響きと共に降り立たせた。半人半蛇の機体がゆらりと揺れる。
『かかかっ! まだだ! その程度じゃ俺は殺せねえぞ! アッシュ=クライン!』
そう気迫を上げ、ガレックは敵機の姿をすかさず探査した。
流石にまた不意打ちから猛攻を喰らうのは御免こうむる。
(……む)
そして目を細めるガレック。今度はすぐに《朱天》の姿を見つけた。
《火妖星》の位置から見て左前方。
そこに《朱天》は、拳を握りしめて待ち構えていた。
『お、おおお……』
その姿を前にして劣勢であるにも関わらず、ガレックは最高の笑みを見せる。
『うおおおおおおお――ッ!? お前、そいつをやる気かよっ!?』
ガレックには《朱天》の構えに見覚えがあった。
腰だめに位置する左拳。右足を前に、左足は後ろへと運んだ構え。
本来は右拳の技のため、今は反転こそしているが、紛れもなくあの技だ。
握りしめられた左拳は禍々しく感じるほど輝いている。
――《黄道法》の操作系闘技・《虚空》。
全恒力の七割を拳一つに集束させ、自壊寸前にまで圧縮させた破壊の剛拳であり、《朱天》の代名詞たる闘技でもある。
ガレックの知る限り、この拳を受けて生き延びた者はいない。
まさしく《朱天》が必殺と自負する技だ。
『かかかっ、かかかかかかかかかかかっ――!!』
自分を一時的とはいえ圧倒する敵が必殺の構えを取った。
本来ならば警戒すべき状況だが、ガレックの心の内にあるのは歓喜だ。
このギリギリの緊張感が堪らない。
『いいねえ……やっぱ戦闘の醍醐味は互いの必殺の刃をどう繰り出すかだよな』
そう嘯き、ガレックもまた愛機の左の爪に恒力を集束させていく。
その恒力は不可視ながらも徐々に形を紡ぎ始めた。
――《黄道法》の構築系闘技・《悪竜爪》。
一万ジン以上の恒力を用いて《火妖星》の爪に見えない手甲を作り出す闘技だ。
当然ながら、その手甲の爪は長く、そして剣よりも鋭い。
『かかかっ! さぁて、と。お互いに準備も出来たようだし……』
ガレックはそう言って、《火妖星》の巨体を《朱天》に緩やかに近付けさせた。
真紅の鬼を中央に、半人半蛇の鎧機兵は――徐々に加速していく。
そして操縦棍を握りしめ、ガレックは雄々しく声を上げた!
『いよいよ決着と行くか、アッシュ=クラインよ!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます