第三章 鉱山街「グランゾ」
第138話 鉱山街「グランゾ」①
「…………ふふっ」
不意にこぼれ落ちる微笑み。
その日、ユーリィはとても上機嫌だった。
時刻は昼過ぎ。空はユーリィの心を表すかのような青天だ。
そこは鉱山街グランゾへと続く街道。
周囲には草原と林、遠くには雪のかかった山々が見える場所である。
昨日の内に「ラフィルの森」を越えたアッシュとユーリィは、鉱山街と王都を行きかう人や馬車によって踏み固められたその道を、一頭の馬に乗って進んでいた。
「ん? 随分とご機嫌だな、ユーリィ」
と、アッシュが腕の中にいる少女に問う。
一ヶ月間も友達――サーシャとアリシアと離れることになるので、もっと寂しがるかと思っていたのだが、意外にも出立時からユーリィはずっとご機嫌だった。
するとユーリィはポスンとアッシュの胸板に頭を預けて、青年の顔を見上げた。
「……凄く久しぶり。アッシュと二人で旅するの。それが嬉しい」
「……そっか。確かに二人で遠出すんのも久しぶりだよな」
言って、アッシュは口角を緩めた。
昔はこんな風に二人で旅をしながら、傭兵稼業に勤しんでいたものだ。
(だけど、最近はなあ……)
アッシュはふと渋面を浮かべた。
思い返すと、昔はきちんとユーリィの面倒を見ていたが、最近は何かとオトハに頼り切りであまりかまっていなかった。これはよくない傾向だ。
今回は久しぶりに『お父さん』らしくするチャンスかもしれない。
(うん、そうだな。少しは家族サービスしねえとな)
と、そんなことをアッシュが考えていたら、
「それにしてもこの子、毛並みが『ララザ』に似ている」
言って、ユーリィが馬の背を撫でた。
「ああ、何となく似てたからな。だからこいつを選んだんだよ」
アッシュも馬の背に目をやりそう返した。
ララザと言うのは、傭兵時代から騎士時代にかけてのアッシュの愛馬の名だ。
とても利口なのだが、何故か自分をロバだと思っている節があり、緊急時以外は走ることを嫌がる変わった馬だった。まあ、ユーリィにはとても懐いていたが。
その愛馬も今は友人に譲り渡し、牧場で平穏に暮らしている。
「うん。この子の名前は『ララザDX』にする」
「いやユーリィ。こいつにはちゃんと名前があるぞ。つうか『DX』って何だ?」
と、やり取りしている間もパカパカと馬は街道を進む。
時折、商隊らしき馬車ともすれ違い、二人はその都度、軽い挨拶をした。
そうして進む内に、徐々に景色も移っていく。
草原はすでに越え、街道には岩肌が所々見える。鉱山が近付いている証拠だ。
そして少しずつ、勾配が急になっていく道を進んでいき――……。
「……あ」
ユーリィが小さな声を上げた。
「おっ、見えてきたな。あれがそうか」
アッシュも声をもらす。
彼らの視線の先。そこには大きな鉱山があった。
そしてその麓には、半円型の外壁を持つ小さな街の姿が見える。
人口はおよそ二千人。銀及び《星導石》の発掘することを産業とする街。
アティス王国が有する鉱山街の一つ――グランゾ。
二日間の道程を経て。
ようやくアッシュ達は、目的地へと辿り着いたのだった。
◆
鎧機兵とは、人が搭乗する巨人兵器である。
全高は成人男性の二倍ほど。単位にして三・三セージル。
その姿は、背中から竜の如き尾を生やした巨大な類人猿のようであり、大きな胸部内に早馬のような姿勢で人間が乗ることで操ることが出来る。
腹部に内蔵した《星導石》により、星霊を不可視のエネルギー・恒力に変換して動力にする、世界で最も強力かつ有名な兵器。それが鎧機兵だった。
そして今、このアティス王国騎士学校の敷地内にあるグラウンドでは、二機の鎧機兵が相対し、決着がついたところだった――。
『う、うわあああああッ!』
悲鳴と共に、その赤い鎧機兵はズズンと倒れ込む。
『おらッ! 次かかってこいやああああッ!』
と、威勢よく雄たけびを上げるのは、赤い機体をねじ伏せた緑色の鎧機兵――《アルゴス》に搭乗したエドワード=オニキスだった。
『くそッ! あんま調子のんなよエドワード! 交代だレックス!』
『お、おう……』
エドワードの同級生の一人、グレイ=シランが名乗りを上げると、レックスと呼ばれた赤い鎧機兵の操手が愛機を転がすように動かしてグラウンドから退避した。
そしてそれと入れ替わり、大剣を構えたグレイの鎧機兵は地響きを上げて《アルゴス》の前に立ち塞がった。
『――へっ! 次はグレイかよ。俺の相手じゃねえな!』
エドワードはふてぶてしくそう言い放つと、《アルゴス》を身構えさせた。
手に持つ槍の穂先が、グレイの機体の喉元に向けられる。
そして二機は互いに一礼すると、弾かれるように飛び出した。
縦に振り下ろされる大剣と、横に薙ぎ払われる槍。
――ガギンッッ!
グラウンドの中央で槍と大剣が火花を散らした。
「よし! やっちまえグレイ!」「オニキス、いい気になりすぎよ!」「最近ちょっと調子が良いからってなめてんじゃねえぞ! オニキス!」
と、周囲から次々と罵声が上がる。
この講習に参加している騎士候補生達。全員エドワードの同級生である。
彼らは二機を囲むように陣取っていた。
『うっせえよ! 文句は俺に勝ってから言え!』
と、エドワードが叫ぶ。
同時に《アルゴス》は槍を払って、グレイの機体を押しのけた。
ふらつくグレイの鎧機兵。周囲の罵声はより一層大きくなった。
「……随分と荒れてるわね、オニキスの奴」
その様子を、少し離れた場所で見学している者達がいた。
周囲の怒号にうんざりして退避したアリシアとサーシャ。そしてロックの三人だ。
「まあ、仕方がないだろエイシス。なにせ妹さんがいないんだ。エドも荒れるさ」
と、腕を組んだロックがフォローを入れる。
しかし、アリシアは苦笑を浮かべて。
「その気持ちは分かるわよ。けど、あれじゃあ、ただの八つ当たりよ」
「確かにそうだね。オニキスの態度に、みんなも殺気立っているし」
と、サーシャもアリシアに同意する。
二人の意見に、ロックは苦虫を噛み潰したような顔をして呟く。
「まあ、確かに、あれは八つ当たりだな……」
こればかりはフォローもできない。
やれやれと、ロックが嘆息した――その時。
「こら、お前達。何をさぼっているんだ」
唐突にそんな注意を受けた。
驚いた三人が声の方へ目をやると、そこには教官であるオトハが佇んでいた。
眼帯の美女は呆れたような眼差しで三人を順に見据えて――。
「お前達。誰でもいいからあの馬鹿の相手をしてやれ。模擬戦の順番が回らん」
淡々とした声でサーシャ達にそう告げる。
本来この時間は、生徒達の自主性による総当たり戦のはずだったのだが、やたらと挑発して暴れ回るエドワードのせいで完全に順番が停滞していた。今や勝ち抜き戦のようになってしまっている。
「ああ、それなら俺が出ます」
それに対し、名乗りを上げたのはロックだった。
友人として、エドワードの暴走っぷりをそろそろ止めようと思っていたのだ。
ふと、騒がしいグラウンドの方を見やれば、タイミングよく《アルゴス》と対峙していたグレイの機体も打ち倒されたところだった。
ロックはオトハに一礼をすると、騎士候補生達の円陣へと向かっていった。
後に残されたのは、女性陣三人だ。
「さあ、お前達も早く行け。授業をさぼるな。それと、いい加減本調子に戻れ」
教官としてオトハがそう告げる。と、
「……あのオトハさん」
不意にアリシアがおずおずと尋ねた。
「オトハさんは平気なんですか? その、アッシュさんがいなくて寂しくないんですか」
「……うん。だって、オトハさんも先生のこと……」
そんな事を尋ねてくる少女達に対し、オトハは腕を組んだ姿勢のまま苦笑した。
「あのな。私とクラインはお前達の年の頃からの付き合いなんだぞ。別れも何度も経験している。今さら一ヶ月会えない程度でいつまでも落ち込んだりはせんさ」
と、そこでオトハは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
「それに……あの時の衝撃に比べたら、大概のことはな……」
「「あの時の衝撃?」」
声を合わせて首を傾げるサーシャとアリシア。
すると、オトハは小さく嘆息した後、額に手を当てて語り出した。
「これも今さらなんだが、私はクラインのことが好きだ。それもずっと前からな」
「「…………は、はあ」」
少し惚気るような前置きに、再び声を合わせるサーシャ達。
そんな彼女達をよそに、オトハの話は続く。
「それでだ。私が十六、七の頃の話だ。あいつと初めて別れてから一年ぐらいか。偶然ある都市で再会したんだが、その時、何故かあいつは幼女を連れていたんだ」
「幼女って……ああ、ユーリィちゃんのことですか」
サーシャが頬に手を当てて、そう推測する。
状況的に見て、まず間違いないだろう。
「ああ、その通りだ。しかし、当時の私はそんなことは当然知らず、きっと依頼者から預かった子供なんだろうなと思って、クラインに『その子は何だ?』と聞いたんだ。するとあいつ、なんて答えたと思う?」
と、渋面を浮かべてオトハが尋ねてくる。
サーシャとアリシアは、互いの顔を見合わせた。
しかし、答えなど思いつかない。すると、オトハが先に答えを教えてくれた。
「『俺の娘だ』と答えたんだ」
「…………あー……」「……なるほど」
サーシャ達は納得した。いかにもアッシュが言いそうな台詞だ。
対し、オトハは渋面を浮かべたまま再び腕を組んだ。
「……惚れた男と久しぶりに会えば、いきなり『娘』が出来ていたんだぞ。お前達にこの衝撃がどれほどのものか想像できるか?」
そう問われて、サーシャ達は無言になった。
確かにそれは衝撃的だろう。特に当時のオトハは自分達と同じ年齢。多少潔癖なところもあったかもしれない。
「まあ、冷静に考えれば、実娘であるはずもないんだが……当時の私は、それはもう落ち込んだものだぞ。あれに比べれば、大概のことは気にしなくなるさ」
オトハは最後に嘆息して話を締めた。
そして教官の顔に戻ると、教え子達を叱咤する。
「さて。雑談はこれで終わりだ。お前達も早く戻れ」
「あっ、分かりました」「はい。戻ります」
そう応えて、サーシャ達は騎士候補生達の円陣へと駆け出した。
オトハは彼女達の向かう先に目をやった。
円陣の中央。そこでは今、《アルゴス》と《シアン》――ロックの愛機が、互いに持つ槍と斧槍で鍔迫り合いをしていた。
「……オニキスの奴め。軽装型の《アルゴス》で、重装型の《シアン》相手に力比べを挑んでどうするのだ」
やはりエドワードは、戦力の見極めがまだまだ甘い。
オトハはかぶりを振って、小さく嘆息した。
それから一人、蒼い空を見上げて――。
「……はあ……。クライン達はそろそろグランゾに着いたところか。くそう、私だって教官の仕事さえなければ一緒に……」
と、そんなことを呟く。
サーシャ達の前では強がったが、本音としてはやはり寂しい。
まるで一人だけ除け者にされたような気分である。
そしてオトハはキュッと唇を噛みしめてから、
「ううぅ……クライン~~」
誰にも気付かれないように、惚れた青年の名前を呼ぶのだった。
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